夜をまとう魔術師

牛乳紅茶

28 望まぬ宴

トゥリカが戻った翌日の夜、ティルダの回復とトゥリカの帰還を祝う宴が大広間で盛大に執り行われることとなった。
トゥリカは一段高い位置に設けられた王族席につき、次々に挨拶にやってくる貴族院の重鎮たちや騎士団員たちに愛想笑いを振りまいていた。

「トゥリカ様」

名を呼ばれ顔を上げると、先刻までティルダと話しをしていたオルフが前に立っていた。

「ご無事で戻られてなによりです」
「ありがとう……」

片膝をつき、深く頭を垂れたオルフに、トゥリカは作り笑いを浮かべた。
オルフは立ち上がり、もう一度頭を下げたあと、トゥリカの隣の席に座るティルダの後ろへと移動する。
トゥリカはティルダのそばに控えるオルフをちらりと窺い再び前を向いた。
時折、二人の仲むつまじい話し声が聞こえてきたが、トゥリカの心は別のところにあった。
玉座の前に置かれた広い洋卓の上には豪勢な料理の数々が並べられている。それらを眺めても、食欲はそそられない。

(あのスープはもう二度と口に出来ないのね)

テオが作ってくれた食事を思い出しながら、トゥリカは目の前にある金色のスープを見つめた。
子供の頃からなじみの、宮廷料理人たちが作ってくれたものだ。とてもおいしいはずである。けれど、あたたかいスープを口にしてもトゥリカの心はどこか上の空であった。そうして並ぶ料理を眺めていたら、一瞬、視界の隅に動くものが映った。
気になって顔を向けると、左側に座っていたダグマルのそばにアヒムがやってきていた。
ダグマルは左手を口元にあてがい、ダグマルの耳元に唇を近づけている。いかにも内密な話しをしている風な二人の様子を見て、トゥリカは嫌な予感に駆られた。膝の上に置いていた両手を思わず固く握りしめる。
アヒムが後ろに一歩下がるのと同時、ダグマルが椅子から立ち上がった。

「皆の者!」

ダグマルがそう声高に言い、葡萄酒の注がれた洋盃を掲げる。
すると、大広間にいた者たちは皆一様にダグマルへと向き頭を下げた。
ダグマルは周囲に視線を巡らせるように頭を動かし、再び口を開く。

「私から一つ話しがあるのだが、聞いてもらえるだろうか」

ダグマルの厳かな声が大広間に響き渡った。
重臣や騎士、兵士たちがそれぞれに一礼しながら了承の声を返す。
これからなにが起きようとしているか? 異様な熱気を含み始めた空気を感じ、トゥリカの中の不安は大きくなっていく。

「ティルダが目覚め、トゥリカも戻った。ゲルトの占いによると魔術師の魔力は半減しているという。今が好機だ。忌まわしきあの魔術師を討つにはこの機を逃してはならない!」

ダグマルの言葉が終わるやいなや、広間に怒号のごとき雄叫びがこだました。
皆、前もって出陣の話しは聞かされていたのだろう。
王の宣言を待っていた、という勢いである。

「お父様っ!」

トゥリカは咄嗟に立ち上がると、ダグマルの腕を掴んだ。

「魔術師を討つとはどういうことですか? ティルダを眠らせたのは塔の魔術師ではありません。それに、私は連れ去られたわけではないわ」

トゥリカには温厚な父が自ら魔術師に戦を仕掛けるなど信じられず、そう訴えた。
しかし、振り向いた父は険しい表情を浮かべ首を横に振る。

「その話は何度も聞いた。――かわいそうに。お前はあの魔術師に惑わされているのだな。ティルダははっきりと証言したんだ。自分が塔の魔術師と名乗る人物に危害を加えられた、と」

まるで哀れんでいるようなまなざしを向けられ、トゥリカは愕然とした。

「違うわ。惑わされてなんていない。私は、過去お父様たちと彼の間になにがあったのか聞きました。約束を先に破ろうとしたのはお父様たちではありませんか。それなのに……討つだなんてあんまりだわ!」

「トゥリカ様。その件は私がさしでがましくもご助言いたしました結果です。陛下に罪はございません」

憤るトゥリカに制止の声をかけたのはアヒムだった。
トゥリカはダグマルからアヒムに視線を移し、どういうことか? と目で訴える。

「アヒム、よいのだ。お前が言ってくれなかったら、私は大切な我が子の未来を忌まわしい魔術師に差し出すところだった」

トゥリカの疑問に答えたのは今度はダグマルだ。

「トゥリカよ。事情を知ってしまったならわかるだろう? それともお前は血の繋がった妹を奴に捧げてもいいと言うのか? ティルダとオルフの仲を引き裂いてでも契約を守れと言うのだな?」

「違うわ。そういうことを言っているんじゃない。彼は力を諦めると言っていたの。なにも悪いことをしていないのに、どうして彼を罪に問う必要があるの? 私にはわかりません」

「私は魔術師の言葉を真に受けているお前の方が信じられん。お前はもっと聡明な子だと思っていたのだがな」

「信じることが愚かだとは思えません。彼は私の命を救ってくれたのでしょう? お父様たちだって、彼を信じたから私の命を託したのでしょう?」

「私とて悩まなかったわけではない。しかし、可愛い娘が結婚を望んでいると知ったら叶えてやりたくなるのだ。わかってはくれないか?」

「私だってお父様の娘よ!」

「当たり前ではないか。だからこそ魔術師を討つのだ。契約を反故にした以上、奴がどんな暴挙に出るかわからん。お前にだってもしものことがあるかもしれん。手を打つに越したことはないんだ」

「トゥリカ様。僭越ながら私からも申し上げさせていただきます。魔術師討伐は既にロワナ国だけの問題ではなくなってしまったのです。ですから、どうかご納得くださいませ」

「そうだトゥリカ。私は父として、この国の王として魔術師に罰を与えねばならない」

「どういうこと……?」

ダグマルとアヒムの言っていることが理解できず、トゥリカはいぶかしく眉を寄せた。
困惑するトゥリカをよそに、ダグマルはアヒムに目配せを送り、そのあと出入り口にあたる両開きの大扉の方を見た。つられてトゥリカも視線の先を扉へと動かす。
アヒムはそそくさと大扉の前へと移動し、深く頭を下げるとゆっくりと扉を開けた。

「大変お待たせしてしまって申し訳ない。どうぞ、お入りください」

扉の向こうには数にして九人の男たちが居並んでいた。
途端に大広間中の人々がどよめく。
トゥリカも同様に、男たちの中央に立っている背の高い青年――正確には青年が身につけている上衣の紋章――を見て、息を呑んだ。

その紋章はロワナ国の東に隣接するコルトヌーク王家のものだ。

「到着が遅れたこと心よりお詫び申し上げます」

青年は右手を胸に置き、優雅に一礼した。
朽ち葉色の髪がさらりと揺れる。
青年が次に顔を上げた時、深海を思わせる濃藍色の双眸がトゥリカに向けられた。
その視線の鋭さにトゥリカは一瞬だけ射竦められる。

「トゥリカ王女殿下。ティルダ王女殿下。お初にお目にかかります。フェリクス・マテウス・コルトヌークと申します」

フェリクスと名乗った青年は再び美しいお辞儀をした。
トゥリカはティルダが立ち上がる音で我に返ると、慌ててドレスの脇を軽くつまんで頭を下げた。

「塔の魔術師を討つため、微力ながらご助力させていただきたい所存です」

フェリクスの言葉にトゥリカはダグマルを仰ぎ見る。
冷戦状態であるコルトヌーク国と共同戦線をはるとはどういうことなのか。

「お父様、あの方は?」

トゥリカは答えを求めてダグマルを見つめた。すると、近くにいたオルフがそっと耳打ちしてくる。

「あの方はコルトヌーク国の二の王子殿下であらせられます」
「その二の王子がどうしてここに?」
「それは陛下からお話があるはずです」

オルフにそう教えてもらい、トゥリカは再びフェリクスへと視線を移した。
フェリクスは不自然なほど、トゥリカをじっと見つめていた。
なまじ整った顔をしているせいか、にこりともしない無表情に気味の悪さを感じ、トゥリカはそっとまつげを伏せた。

「フェリクス殿下。どうぞこちらへ」

ダグマルがそう言って、フェリクスをトゥリカの隣へ促した。
フェリクスが颯爽と足を踏み出すと、波が引くように人々が道を空ける。彼が引き連れてきたであろう従者たちは揃って壁際に並ぶ。全員が金糸で縁取りが施された純白の長いマントをまとっており、その下に重厚な鎧が見え隠れしていることから、彼らはフェリクスの親衛隊か何かなのだろう。

「失礼いたします」

トゥリカは、背後から聞こえた声に身体をこわばらせた。
ごく間近にフェリクスの気配は感じたが、妙な威圧感を覚え、彼の顔を見上げることは出来なかった。
しかし次の瞬間、

「この戦いが終わったのち、トゥリカはフェリクス殿下の正妃としてコルトヌーク国に嫁ぐことになる。これをもってロワナ国とコルトヌーク国は和平を結ぶ!」

ダグマルが声高に叫び、それに応えるかのようにわっと皆の声が部屋を震わせた。
トゥリカは愕然として、ダグマルとフェリクスとを交互に見上げた。
はたと目が合ったフェリクスが、そこで初めてにこりと頬笑んだ。

「夜をまとう魔術師」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く