夜をまとう魔術師

牛乳紅茶

15 一陣の風

道の角を右に行ったり左に行ったり、と随分長いことさまよい歩いている気がする。
トゥリカは不安になっていた。
少し前までは聞こえた人々のざわめきも今は聞こえず、建物の屋根で日光が遮られているせいで朝だというのに路地裏は薄暗い
最初こそいつかは都の外の風景が見える場所に出るはずだ、と思っていたのだが、いつまで経っても石造りの壁に囲まれた風景ばかりで変化は見られなかった。

(本当に東門に向かっているのかしら?)

前を歩く二人の男の背中を見たあと、後ろにぴったりとつくように歩く大柄な男を密かに振り仰ぐ。
ほんの刹那大柄な男と目が合い、トゥリカはすぐに前を向いた。

(――人の親切を疑ってはいけないわね)

自分の中に生まれた猜疑心を無理矢理に打ち消し、黙々と歩を進めることだけに専念する。
何度目かの曲がり角にさしかかったとき、狐目の男が振り返った。

「ここを右に曲がって、まっすぐ行けば東門に出るぜ」
「ありがとうございます」

トゥリカは男の言葉に、曲がり角へと駆け寄った。
しかし、道の先を覗いた瞬間、トゥリカの期待は裏切られることとなる。
なぜなら、道の先が壁にぶち当たっていたからだ。

「あ、あの……」
「おっかしいなぁ。昔はここから行けたはずだったんだが」

愕然としてその場に立ちすくんだトゥリカの肩に狐目の男の手が置かれた。
ぞわり、と反射的に全身が総毛立つ。


トゥリカは男の手を振り払い、男たちを睨みつけた。

「だ、騙したの?」

トゥリカがそう呟いても、男たちは黙ったままだ。
大男以外の二人は、その顔に下卑た笑いを浮かべている。
トゥリカは男たちの様子に恐怖し、後じさった。

「騙したとは心外だ」
「俺たちだって、行き止まりになってることを知らなかったんだから」

狐目の男と魚顔の男がじりじりとトゥリカに近づきながらそう言った。
そのにやついた顔を見れば、彼らが言っていることは嘘なのだとわかった。しかし、恐ろしさで喉が引きつりうまく声が出ない。

「なあに、ここから東門までまた案内してやるから安心しなよ。もちろん改めて案内料はいただくけどな」
「お嬢さん、随分と良い身なりをしてるんだから、それくらい簡単だろう? さる身分のお方ってか? 顔ぐらい見せたらどうだい?」

男たちが大口を開けて笑った。
トゥリカはベールの裾をぎゅっと両手で握って、身体に力を入れた。
このような輩に顔を見られ、万が一身分がばれてしまったら、父や母に今以上の迷惑をかけてしまう。自分の身もただでは済まないはずだ。

(どうしよう、どうしよう……。考えが甘かったんだわ。一人で塔に乗り込むなんて、想像よりもずっと難しい)

「その服も売ったら良い値がつきそうだなぁ」
「道案内の礼にちょうどいいんじゃないか?」

どんどんと迫ってくる男たちが心底恐ろしくて、トゥリカはその場にしゃがみ込んだ。

「ほらほら、さっさと脱いじまえよ」
「なんなら俺たちが手伝ってやろうか?」
「いやっ!」

狐目の男が手を伸ばしてくるのが垣間見え、トゥリカは腕を振って払いのける。その拍子に爪の先が男の肌を引っ掻いた。
瞬時に男の目がぎらつく。

「このっ!」

怒声が聞こえた直後、トゥリカは頭頂部に走った痛みに喉の奥で声にならない悲鳴を上げた。
狐目がトゥリカの髪を掴んで力一杯引き上げたのだ。
まるで頭皮そのものがギシギシと軋む音を立てているようで、トゥリカは男の手をどうにかはずそうと抵抗した。しかし、その全ては徒労とおわる。
男が乱暴に腕を振り、トゥリカは首にかかる負荷と焼けるような痛みで反射的に視界を滲ませた。

「男三人で女の子を囲むなんてみっともないね」

不意に頭上から声が降ってきた。
男たちは一斉に顔を上げ、トゥリカの髪を掴む力もわずかに緩んだ。
トゥリカはその隙に尻餅をつくような格好であとじさる。それから、恐る恐る視線を上げた。すると、いくつかある窓の内の一つが開いていて、そこから青年が顔を出していた。青みがかった黒髪が風にさらさらとそよいでいる。

青年の顔を見たトゥリカはあっと呟いた。
そこには、憎きあのテオがいたのだ。

「なんだてめぇっ! 関係ねえ奴はすっこんでろ!」
「見学したいんだったら金払えよっ! それともそんなとこから助けにでもくるつもりか? 出来るもんならやってみろ! ああっ?」

狐目と魚顔が交互に罵声を上げ、拳を振り上げた。
トゥリカは男たちの仕草にまで過敏に反応して、頭を抱えて膝の間に顔を埋めた。

(怖い……)

しかし、次の瞬間。
トゥリカの予想外の出来事が起こる。

「うぐっ!」
「ぐあっ!」

すぐ近くで蛙が潰されたような声が聞こえた。
トゥリカが薄めを開けて見ると、自分のつま先のすぐ近くに白目をむいたすさまじい形相をした男の顔が二つあった。

「ひっ!」

驚きと恐怖で咄嗟に足を引っ込める。

「出来るもんならやってみろって言ったのはそっちでしょ」

涼の節に吹く爽やかな風を思わせる声に、トゥリカはおもむろに顔を上げた。
はた、と目が合ったのは若草色の双眸。
どうやら頭上高くにあった窓から飛び降りて、男二人を踏みつけたようだ。
トゥリカは呆然としてしまったが、前方にいた大男の影がゆらりと動くの見て、短く息を呑んだ。

「あっ!」
「大丈夫だよ」

テオが笑顔を見せ、余裕たっぷりな様子で大男の方を向いた。

「覚悟しろよ」

それまで声を発さなかった大男が低く唸り、背中に担いでいたと思われる大剣を手にした。

「その台詞そっくりそのままお返しするよ」

テオは宮殿で会ったときと同じ軽い口調で、腰に下げていた大男のそれよりも少し小振りな剣を引き抜いた。
刀身が緩い弧を描いた片刃の剣だ。
見る限り、とても大男の剣に敵うとは思えなかった。

「お前たちが、いったい誰に手を出そうとしたのか思い知ってもらわなくちゃね」

トゥリカの位置からではテオの表情は見えなかったが、剣の切っ先を向けられた大男の顔は突然引きつり、だんだんと青ざめていった。

「くそぉっ!」

大男はそう吐き捨て大剣を振り上げて突っ込んでくる。

「あーあ、隙だらけ。やる気なくすなあ」

テオはふてぶてしい態度で頭を掻いた直後、軽く腰を落とし大男の一刀をすんでのところでかわす。
黒いローブの裾が翻る。
次の瞬間、素早い動きで大男の胸元に潜り込み、剣の柄で大男のみぞおちに一撃を食らわせた。

「ぐっ!」

トゥリカがあっと思った時には、もう大男は地面に突っ伏していた。

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