夜をまとう魔術師

牛乳紅茶

13 契約

トゥリカが都に到着した時と同じ頃、王宮では侍女が寝台に王女の姿がないことを発見し騒然となっていた。
宮殿内の至る所でたくさんの兵士たちが右へ左へと行き交っている。
繰り返し叫ばれる第一王女の名は、ここ元老院議員が集まる会議室にも届いていた。
ダグマルは無意識に震える指先を握りしめ、居並んだ議員たちを一瞥したあと長卓を挟んだ向こう側に立つ少女を見た。
トゥリカの姿が消えていることに最初に気づいた侍女リタである。この場に揃っている重鎮たちに圧倒されているのか、その姿はどことなく心細そうに見えた。

「どういう状況だったのか改めて聞かせてもらおう」

ダグマルがそう告げると、リタは今にも消え入りそうな声で返事をし背筋を正した。

「トゥリカ様のお部屋に昼食を運んだときのことです。準備を整えたあと、トゥリカ様にお声をかけたのですがお返事がなく……。いつもでしたらすぐに起きてこられるので、おかしいと思いました。それで……その……」
「どうした? 続けなさい」

口ごもったリタに、ダグマルの斜向かいに腰を下ろしていたアヒムが声をかけた。
リタはかすかに身体を震わせながら何度も頷き話を続ける。

「ですから……その……。ティルダ様のこともあったばかりでしたので、心配になり失礼ながら帳を開けさせていただきました。けれど――」
「そこにトゥリカ様はいらっしゃらなかったんだな?」
「は、はい。寝台の上には手紙が残されているだけでした……」

アヒムの問いに答えたあと、リタは口元を両手で押さえてうつむいてしまった。

「話しは以上か?」
「はい……」
「ならば、お前はもう下がりなさい。手紙のことは私から陛下にお話しする」

アヒムの言葉に従って一礼して部屋を出て行こうとするリタが身体を小さく丸めて嗚咽をこぼし始めたのを見て、ダグマルは目を細めた。
きっとトゥリカの身を案じて気が気ではないのだろう。
リタがトゥリカ付きの侍女になったのは丁度今のトゥリカくらいの歳の頃だったはずだ。それから約十年、彼女はこれまで懸命にトゥリカに尽くしてきてくれた。会議や公務ばかりでなかなか傍にいられなかった実の父親である自分よりも強い信頼関係を築いてきたのかもしれない。

「リタ、感謝する。少し休みなさい。疲れただろう」
「ありがとうございます」

ダグマルはねぎらいの言葉をかけたあと、近くにいた衛兵の一人にリタについて行ってやるように命じた。

「陛下、こちらが残されていた手紙です」

リタが部屋を出て行ったあと、アヒムが懐から一通の封書を取り出した。
ダグマルは封書を受け取り、素早く内容に目を通す。

「これはどういうことだ……」

手紙を読み終えたダグマルは愕然として呟いた。
獣皮紙に記されている文面はにわかには信じられないものだった。

「今すぐ宮殿内を捜索している兵に伝えろ。中ではなく外を探せと」
「そ、それは、いったい……」

ダグマルは手紙を叩き付けるように卓に置き、その手で額を覆った。

「トゥリカは魔術師に会うため、自ら宮殿を抜け出したようだ」

大きくため息を吐きそう言った瞬間、アヒムだけでなくその場にいる議員たち全員からどよめきが上がる。

「都はもちろん、王宮と都を繋ぐ道、塔の森周辺にも兵を向かわせろ。一刻も早くトゥリカを見つけるんだ!」

動揺する面々を一喝するかのごとく声を張り、ダグマルはどんと卓を叩いた。
途端に議員たちは慌てて席を立ち衛兵たちを引き連れて部屋を飛び出していった。ただ一人、アヒムだけはトゥリカの残していった手紙を睨みつけるように見つめていた。

「これは本当にトゥリカ様の置いていったものでしょうか?」

アヒムがそう言って小首を傾げたのを見て、ダグマルは眉根を寄せた。

「なぜそう思う? 私には間違いなくトゥリカの筆跡に見えるが」
「トゥリカ様がご自分の意思でお書きになったものと決めるには尚早かと思いまして」
「別の誰かがトゥリカに無理矢理書かせたと考えているのか?」
「はい。王宮から塔まで馬をとばしても約半日はかかります。女性の足で歩いて行くなど到底不可能だということは考えればすぐにわかるはず。トゥリカ様がそのような無謀なことをするとは思えません。――大変申し上げにくいのですが契約反故の件で、あの魔術師には動機がありますし、人一人連れ去ることなど造作もないことではないでしょうか?」

空いた片手で灰褐色の髪を撫でつけながらアヒムが手紙を卓の上に戻した。
こちらの返事を待つようにじっと見つめてくるアヒムの視線から逃れるように、ダグマルは両手で頭を抱え込んだ。

「確かに最初にティルダの結婚を決め契約を破ったのは私だ……。しかし、娘を二人も奪われ、代償だから仕方ないと納得など出来るものか!」

髪を掻きむしる勢いで拳を握りしめダグマルは叫んだ。
と、そのときだ。

「なんだ。契約を破ったっていう自覚はあったんだ」

その場にそぐわない随分と朗々とした男の声が聞こえてきた。

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