時忘れの森
第三十九話
以前来たときの記憶を頼りに獣道を進み、途中から森の奥へと足を踏み入れたグレティアだったが、歩いても歩いてもシャルヴァと会った屋敷にはたどり着かなかった。
来たときは空に昇り始めたばかりだった太陽もすっかり天辺までやってきている。
「迷っちゃったかな……?」
周りを見回しても同じような景色が続くばかりだ。
しかし、初めて来たときのような恐怖心はまったく抱かなかった。
ここはシャルヴァが自ら創りだした森だ。
彼の望むことをして、望まぬことはしない。だからきっと危険はない。
グレティアはそこまで思って、むっと眉を寄せた。
「つまり、私が屋敷にたどり着くことを望んでないことってことなのね」
無性に腹が立ち、ぐ、と奥歯を噛みしめた。
グレティアは腹の底に力を入れると大きく息を吸い込んだ。
「シャルヴァっ!! そっちがそのつもりなら私だって絶対出て行かないんだからねっ!! ここで餓死してやる!! いいわね。覚悟しときなさいよ!!」
グレティアの声が森中に響き渡る。
そのあまりの大声に驚いたのだろう、どこかで鳥が羽ばたいていった。
グレティアはシャルヴァがなにかしらの動きを見せてくるかとしばらく様子を窺ったが、森の中は静まりかえっており、時折聞こえる鳥のさえずり以外なにも変化は現れなかった。
「どうせどっかから見てるくせに……」
グレティアはむっとしたまま呟くと、その場にすとんと腰を下ろした。
こうなったら持久戦でもなんでもやる覚悟だ。
「お腹すいたな。こんなことになるなら着替えじゃなくて食糧を持ってくるべきだったわ」
グレティアは大きく伸びをすると、まだ青い色を充分に残す空を振り仰いだ。
◆
シャルヴァは、グレティアが森に一歩踏み込んだときからその存在に気がついていた。
まぶたの裏に浮かべた森の景色の中にグレティアの姿を見たときは正直心が弾んだ。しかし、会ってしまえば彼女を諦めようとしていた決意が揺らいでしまう。
いつまでも屋敷に辿り着けなければグレティアも疲れて帰るだろう、と森の力を利用して目くらましの術をかけたのだが、グレティアは帰るどころか怒鳴り散らしてその場に座り込んでしまった。
それから約数刻ほど。一歩も動かないグレティアの姿に、シャルヴァはとうとう根負けした。
「なにを考えてるんだ、あの女は……」
目蓋を上げ、立ち上がると苦々しく呟いた。
放っておけば本当に一生あの場に座り込み、宣言通り餓死しかねない勢いである。
シャルヴァは軽く舌を打ち、近くの椅子に無造作にかけておいた外套を羽織った。
術は解いた。勘の良いグレティアならばすぐに気がつくはずだ。
程なくして訪れるだろう客人を迎えるべく、シャルヴァは自室をあとにした。
来たときは空に昇り始めたばかりだった太陽もすっかり天辺までやってきている。
「迷っちゃったかな……?」
周りを見回しても同じような景色が続くばかりだ。
しかし、初めて来たときのような恐怖心はまったく抱かなかった。
ここはシャルヴァが自ら創りだした森だ。
彼の望むことをして、望まぬことはしない。だからきっと危険はない。
グレティアはそこまで思って、むっと眉を寄せた。
「つまり、私が屋敷にたどり着くことを望んでないことってことなのね」
無性に腹が立ち、ぐ、と奥歯を噛みしめた。
グレティアは腹の底に力を入れると大きく息を吸い込んだ。
「シャルヴァっ!! そっちがそのつもりなら私だって絶対出て行かないんだからねっ!! ここで餓死してやる!! いいわね。覚悟しときなさいよ!!」
グレティアの声が森中に響き渡る。
そのあまりの大声に驚いたのだろう、どこかで鳥が羽ばたいていった。
グレティアはシャルヴァがなにかしらの動きを見せてくるかとしばらく様子を窺ったが、森の中は静まりかえっており、時折聞こえる鳥のさえずり以外なにも変化は現れなかった。
「どうせどっかから見てるくせに……」
グレティアはむっとしたまま呟くと、その場にすとんと腰を下ろした。
こうなったら持久戦でもなんでもやる覚悟だ。
「お腹すいたな。こんなことになるなら着替えじゃなくて食糧を持ってくるべきだったわ」
グレティアは大きく伸びをすると、まだ青い色を充分に残す空を振り仰いだ。
◆
シャルヴァは、グレティアが森に一歩踏み込んだときからその存在に気がついていた。
まぶたの裏に浮かべた森の景色の中にグレティアの姿を見たときは正直心が弾んだ。しかし、会ってしまえば彼女を諦めようとしていた決意が揺らいでしまう。
いつまでも屋敷に辿り着けなければグレティアも疲れて帰るだろう、と森の力を利用して目くらましの術をかけたのだが、グレティアは帰るどころか怒鳴り散らしてその場に座り込んでしまった。
それから約数刻ほど。一歩も動かないグレティアの姿に、シャルヴァはとうとう根負けした。
「なにを考えてるんだ、あの女は……」
目蓋を上げ、立ち上がると苦々しく呟いた。
放っておけば本当に一生あの場に座り込み、宣言通り餓死しかねない勢いである。
シャルヴァは軽く舌を打ち、近くの椅子に無造作にかけておいた外套を羽織った。
術は解いた。勘の良いグレティアならばすぐに気がつくはずだ。
程なくして訪れるだろう客人を迎えるべく、シャルヴァは自室をあとにした。
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