悪役令嬢を目指します!

木崎優

第十一話 【キミに対してはそこまで嘘ついてないんだけどなぁ】

 語る話題も、提供できる知識も尽きかけてきた頃、私はふと抱いた疑問を聞いてみた。
 長椅子の上に寝そべる彼は少しの間考えるように黙った後、ゆっくりと口を開く。


「一番最初の災厄が大樹だったのは知ってるよね」
「うん」
「最初の勇者が大樹を切り倒した。だけど大樹はその残滓とも言える何か――キミたちが魔力と呼ぶものを世界に広げたんだよ」


 はてと首をかしげる。魔法と表現するのは魔族たちだけなのに、どうして私たち人間がそう呼んでいるような言い方をするのだろう。
 聞いたら答えてくれるのかもしれないけど、今は災厄についてに集中しよう。この人は変なところで嘘をつくから、真剣に聞いていないとすぐ騙される。


「世界に広がった魔力が蛙に集まったのが二体目の災厄。そしてその状況に危機感を抱いた女神が、ボクたちを作った。魔力を分散し、別々の個体に宿すことで世界に蔓延る魔力を減らそうと、そう思ったんだろうね」


 この人たちが生き物すら寄り付かない環境で生まれたことは聞いている。たとえば、目の前にいる彼は火山にある溶岩地帯で生まれた。
 魔力はその場に合った魔力が集まりやすい。女神様はそれに目をつけたのだろう。


「だけど、魔力にも意思がある。それは生き物に比べると脆弱で単純なものだけどね。生き物に後から寄っていかなくても、胎にいる間に宿れることを、そして新しく作れることを魔力は覚えた」


 魔力は人の、生き物の内にも宿っている。いや、この場合は潜んでいると表現する方が正しいのかもしれない。だって私たちはそれを使う術を知らないのだから。
 生き物が生まれると世界の魔力は少し減る。それは生き物が大なり小なり世界に蔓延する魔力の一部を持って生まれてくるからだ。
 結局消費されてはいないのだから、どちらかといえば蓄えている、に近いのかもしれない。彼の口振りからしても、そんな気がする。


「災厄に至れない生き物に宿る気は魔力にはなかったんだろうね。――そこからは、女神と魔力の追いかけっこだよ。女神は世界の魔力を減らそうと躍起になり、魔力は女神の手から逃れようとあちこちに宿った」
「勝敗は?」
「今の現状を見ればわかるでしょ? まだ続けてる最中だよ。まあ、魔力は日々増えているから、そのうち女神が負けるんじゃないかな」


 皮肉な笑みを浮かべる彼に、私はどう答えたらいいものか頭を悩ませる。女神が負けるのは、イコール世界の終わりではないだろうか。私が死んだ後の話になるのだろうけど、せっかくこの地に産まれたのだから、世界の行く末が破滅しかないというのは、なんだか悲しいものがある。


「……あれ? そういえば結局災厄って何?」
「今のでわかんないの?」


 馬鹿にしたように笑われて思わず拗ねたように口を尖らせると、彼の口から噛み殺したような笑い声が漏れた。一発頭でも叩いてやろうかと思ってしまうが、それをしたら待っているのは私の死だ。さすがにまだ死にたくはない。


「災厄としての意思と力をより強く持った魔力が宿った個体が、災厄に至れるんだよ。蛙は後から宿って巨大化したものだったけど、今では最初からそれが多い魔力に寄りつくようになってるみたいだからね。……その方が効率がいいと思ったのかどうかは知らないけど」
「じゃあ生まれたばかりはまだ災厄じゃないの?」
「災厄に最も近いから、災厄じゃないとは言えないと思うけど……まあそうなんじゃないかな。ボクも実際に災厄を見たのは二回しかないから、はっきりとはわからないけどね」
「じゃあ、お姉ちゃんが災厄になることもあるの?」


 災厄としての意思とかはよくわからないけど、女神の理から外れて生まれたものは魔力が多い。だからもしかして、と不安になった私の頭に手が置かれた。


「彼女にはもう魔力はないよ。それに、もしも災厄だったらもっと小さいうちに――十にも満たないうちに力を発揮するはずだから、彼女は災厄じゃない」


 髪の間を通る指になんとも言えない微妙な気持ちになりながら、私は最後に抱いた疑問を投げかける。


「災厄は何がしたいのかな」


 ゆっくりと口が開かれ――








「戻りたいんです」


 記憶にある言葉と、目の前にいる子の口から出た言葉が重なる。
 寝台の上に二人で腰かけ、勇者です、災厄です、と互いに挨拶を交わしたのはほんの数分前。本当はもっと早く話をしたかったのに、陛下とかルシアンとかがいたからここまで遅くなってしまった。


「かつての姿に――大樹に、僕は、僕の中にある意識はそう言っています」


 倒されたときに世界に広がってしまった自身の欠片を集めようと、災厄は魔力を呼び寄せる。そのついでに生命力も奪ってしまうのは、大樹がそういった能力を持っていたせいだろう。傍迷惑すぎる。


「……アンリ殿下」


 必死な形相のアンリ殿下にどう声をかけたものか悩んでしまう。
 ライアーから話を聞いたときに抱いた感想を言ってしまっていいのだろうか。いやでも、言わないと駄目な気がする。


「人は木にはなれません」


 どれだけ魔力を蓄えようと、欠片を集めようと、人は人以外の何かにはなれない。
 何しろ千一夜物語を語ったリリアにライアーは生き物を変化させる魔法はないと言ったぐらいだ。


「人以外の生き物でも、木にはなれませんよ」
「……そう、ですよね」


 力が抜けたように疲れた笑みを浮かべるアンリ殿下に胸が苦しくなる。ある程度の知識があれば、そんなことはありえないとわかってしまうものだ。
 無理だとわかっていながら、内に宿る力を制御できず、木になるために魔力と生命力を他者から吸い上げる。やるせなくもなるだろう。


「僕はどうすればいいんでしょう」


 アンリ殿下の瞳が悲しそうに伏せられる。私もどうすればいいのかわからない。
 勇者が近くにいれば災厄の魔力を吸収する力は発揮されない。だけど、四六時中一緒にいられるわけではない。
 それでも王城にいる間はアンリ殿下の側にいようとは思っている。その間に妙案が浮かんでくるといいけど、難しそうだ。


「魔王……先代の災厄との交渉が一週間後にあります。場合によっては彼に聞いてみるのもいいかもしれません」
「ですが、兄さまたちが……」
「魔王は人が太刀打ちできるような相手ではありません。最終的には交渉という形になる、といいなと思っています」


 アンリ殿下の瞳が不安で揺れる。私ですら言いながら不安になってしまった。
 魔王は気紛れで自分勝手だから、何をしでかすかわからない。気が向いたからと単身乗り込んできてもおかしくない人だ。


「いや、でも、それ以外でも色々相談に乗ってくれると思いますよ。多分」
「……あの、不安しかないんですけど、魔王ってどういう人なんですか?」
「災厄の意思を自分の意思で押さえつけられるような人です」


 しかもたった六歳で。そのうえ、世界に対して戦争を仕掛けるような人だ。六歳で。


「僕は、多分これまでの災厄の中でも一番弱いです。……そんな僕にその人が気にかけてくれるでしょうか?」


 アンリ殿下の災厄としての力はそこまで強くはない。体調不良程度で済んでいたのがその証拠だ。
 王様が亡くなってしまったのは、アンリ殿下がこれ以上は駄目だと逃げても追いかけたせいだろう。親としての愛情に目覚めたせいで死んでしまうとは、これもこれでやるせない話だ。


「大丈夫ですよ。魔王はあなたととてもよく似た境遇の人ですから」


 だから私はアンリ殿下が災厄だと気づけた。


 本来産まれるはずのない女神の理から外れた存在で、周囲にいる者が体調不良を訴え、もっとも長く過ごしていた相手が死ぬ。
 そして、母親が彼を産んだときに命を落とした――そんなところまで、アンリ殿下と魔王は似ている。




 それからほんの少しだけ話して、私の部屋を警護している騎士にアンリ殿下が催眠魔法をかけて、アンリ殿下の部屋で一緒に寝た翌日――私はクロエとフィーネに会った。
 何故か勇者と聖女になっていた二人に。




 人払いを済ませた部屋にクロエと二人きりで過ごし、その次にフィーネと二人で過ごした。
 二人とも私とリリアのことを気にかけてくれていた。


 何故かフィーネの中でリリアが聖人君子のようになっていることを除けば、本当にありがたい話だ。
 いや、本当にどうしてそんなことになっているのかわからないのだけど、フィーネはリリアが世界をよくしようと思っていたと思っている。
 でもリリアにそんな高尚すぎる考えはなかった。


「あの子から聖女を奪うことになっちゃったけど、許してくれるかな?」


 そう言ってしゅんと肩を落とす姿に、非常に申し訳なくもなった。リリアは聖女の地位はどうでもいいと思っている。ただ一番都合がよく、なれそうだったのがそれだっただけだ。


「許さないはずがないでしょう? 自分のためを思ってしてくれてることぐらい、わかってるわ」
「そっか……ありがとう、リリアは優しいね」
「……優しくなんてないわよ」


 苦し紛れにそう言ってしまったのは、罪悪感とか色々なことで胸がいっぱいになってしまったせいだろう。


「優しいよ。……だって、言いつけを破った私を許してくれたんだから」


 だけどその次に告げられた言葉で私は罪悪感に押しつぶされた。
 リリアは許したわけではない。むしろ許せなかったせいで復讐の炎で自身を焼いたぐらいだ。
 そうなる未来を知ったから誤魔化して、目を背けただけにすぎない。


「って、あら、もしかして……思い出したの? たしか忘れてたわよね」
「うん。全部思い出したよ。私たちがどうやって生きてきたか、どうして村が襲われたのか……全部」


 そう言って困ったように笑うフィーネは、髪の色も長さも違うのにリリアの記憶の中にある姿そっくりだった。


 恨んでいたし、許せなかったけど、リリアはフィーネが大好きで大切だった。リリアが望んだのは魔族のゆるやかな死と、姉と笑い合える未来。
 そのどちらも叶わないかもしれないけど、せめて目の前にいる彼女が心の底から笑えるような世界になればいい――そう思った。

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