悪役令嬢を目指します!

木崎優

第三十四話 最後の確認

 意味のわからない、意味があったのかすらもわからないペルシェ様とヴィクス様の決闘は、第二夫人という選択肢や、完璧な妻でなくてもいいのでは、と考えるきっかけを与えてくれた。


 だから私は誕生日の贈り物を選びなおして、この二週間の間もこの日のために頑張った。
 クロエとモイラから他国の情報や、ルシアンがどう思われているのか、十歳から十五歳までの間に何をしていたのか、そんなことを聞いていた。


 アドリーヌとモイラから貴族の女性とは何をして、何をしないのか、一般常識を教えてもらった。モイラに師事を乞うのは癪だったが、背に腹は代えられない。「誰かに教えるのって初めてなのでわくわくしますね」と言われたときには後悔しかけたが、教えてくれたのは普通のことだった。リューゲと違って嘘はない、と思いたい。


 マドレーヌからは不屈の精神を学ばせてもらった。パルテレミー様からどれほど邪険に扱われようと折れないのはすごい。後は一般的な恋愛感覚とかも教えてもらった。興奮しすぎてついていけなくなったときには聞き流したけど。


 そして苦手意識を克服するためにディートリヒにも協力を頼んだ。「馬鹿だろ」とか言われたけど。


 リリアと教皇について思い出さないように男女のあれこれから必死で目を逸らしてきたが、このままだとルシアンは自分のことよりも私を優先する。
 私のどこがそんなにいいのかとかもわからないし、好かれるようなことをした覚えもないが、護衛を私に回し、敵意のある国を訪問するほど私を想ってくれている。


 だからこのままでは駄目だと一念発起したわけで、とりあえず教皇と似た目をしているディートリヒと会話することを選んだ。フィーネが協力してくれたので、フィーネとディートリヒ、それから何故かサミュエルを交えて何度か対談の場を設けた。


 リリアの記憶を思い出すたびに逃げそうになったし、実際に何度か逃げ出したけど、それでも今このときに逃げ出さないだけの度胸は身についた。


「私はレティシア以外を愛する気はないよ」
「でも、私が頼りないと思ったから護衛を付けたのよね」


 そして、クラリスからは嫌味の言い方を学んだ。


「実際に頼りないのは私もわかっているわ。それでも相談ぐらいはしてくれてもよかったのではないかしら。それならルシアンにも護衛を付けることで納得したわよ」


 ルシアンが私に護衛を付けた理由はモイラが教えてくれた。
 サミュエルが貴族側に入学したことや、ローデンヴァルト国の動向、前年度で私を陥れようとした存在がいたこと、それからアドロフ国から来た留学生――色々なことがきな臭くて、不安になったのだろうと。


「私を守るなとは言わないわ。だけど、私が頼りないせいでルシアンの負担が増えるのなら、第二夫人を娶って負担を減らしてほしいのよ」
「……君以外を迎える方が負担だよ」
「私を支えるために第二夫人を志願してくれる者もいるのよ。愛を捧げる必要のない相手だっているわ」


 アドリーヌはルシアンの寵を求めていないと言っていた。私とルシアンを見ていたら、そんな気になれるはずがないとか。
 聖女である母に恩義があり、私を放っておくとろくなことにならなさそうだから、求めるなら命尽きるまで仕えるとも言ってくれた。


「しかし……」
「必ず娶れと言っているわけではないわ。私が頼りなくて、相談もできないような相手だと思うのなら、相談できる相手を別に作ってと言っているだけよ。……相談されたところで利になるようなことなんて言えないと思うけど、ルシアンが私に色々なことを話してほしいと思うように、私もルシアンから色々なことを聞きたいの」


 逃げて目を逸らして、全力で避けていたのに何を言っているんだと、自分でもわかっている。
 だけど負担になるんじゃないかとか、どうすれば相応しくなれるかとかを一人で考えていてもろくなことにならないと、リリアの記憶が教えてくれた。
 リリアは片割れであるフィーネに打ち明けることもできず、ただ一人でずっと行き場のない思いを抱えていた。


「私は小心者だし、すぐ逃げるけど、か弱くはないわ」


 どうして護衛を付けていたことを秘していたのかはクロエが推測してくれた。
 第三者から悪意を向けられていると伝えるのは心苦しかったのだろう、と。何事もなければそれでよし、無駄に怯えさせる必要はないと思ったのではないかと語っていた。


「知らない誰かが私を狙っていたとしても、どうでもいいわ」


 敵意や悪意なんてものはリリアで慣れている。
 それに私は、知らない人から敵意を向けられたとしても気にしない。そんなことで怯えるほど、私は軟弱にはできていない。
 近しい人に敵意を向けられるのは苦手だけど、幸い私の周りには優しい人が多い。どうしようもない私を見守って、支えようとしてくれてる人がいる。


「それよりも好きな人の負担になる方が嫌よ」


 フィーネは好きな人がいるなんて素敵だと言ってくれた。
 リリアの代わりに幸せになって、と心の底から祝福してくれた。


 たとえ悪意を持たない性格だとしても、自分の魔力を取り込んだ相手を、それなのに何も達成できなかった妹を愛してくれている。


 幸せになってと言われたが、リリアも私も、愛してくれた人がいたというだけで十分幸せだ。


「だから――」


 ――第二夫人を娶りたくないのなら、一人で抱えこまないで。


 私は自分のことを棚に上げるのが大得意だ。今回もまた、これまでの一切合切を棚に上げようとしたのだが、台詞を言い切る前に、ルシアンに抱きしめられた。
 変な声が出そうになるのを必死に抑える。突然の接触はやめてほしい。


「私のことが、好き?」
「そこ!?」


 もっと他にも色々あったと思うんだけど、というか、何言ってるんだとか、これまでの自分を省みろと説教されるぐらいの覚悟はあった。
 叱られるのは苦手だけど、叱られないといけないことだから頑張って逃げないようにしようと決意していたのに、一瞬で吹き飛んでしまった。


「え、ええ、そうね。好きよ」
「愛してる?」
「そうなんじゃ、ないかしら」


 誰かを愛するというのがどういう感覚なのかわからないから、確信して言うことはできないけど、多分そうなんじゃないのかな。どうなんだろう。


 愛が執着だとすると、少し違うような気もする。ルースレスのように部屋に閉じ込めようとも思わないし、家族のことを考えたら駆け落ちしようとも思わない。
 愛するというのはどういうことか、そのうち誰かに聞いてみよう。


「わかった。レティシアが負担に思われていると思わないように頑張るよ」
「頑張るのはちょっと違うような」
「これまで以上にレティシアの教育に力を入れる」
「それ頑張ってるの私じゃ――」
「もう二度と第二夫人を娶れと言わせないようにする」


 私のことをきつく抱きしめていたルシアンが少し離れて、頬に手を添えた。間近にある顔に、思わずちょっとした質問を投げかけてしまう。


「嗜虐趣味とか拷問趣味はないわよね?」


 ルシアンの顔が凍りついた。


「……誰かにそんなことを言われたの?」
「ちょっと、その、気になっただけというか、特殊な趣味があったらちょっと無理かなって思っただけで、言われたわけではないわ」


 被虐趣味を盛り込んでなくてよかった。目の笑っていないルシアンは純粋に怖いので、ヴィクス様の名前を吐いてしまっていたかもしれない。


「そう? ならいいけど」
「それで――」
「ないよ」


 質問の答えは、と聞こうとしたのだが言う前に否定された。


 ルシアンは優しいからそんなことはないと思ってはいるけど、つい念には念を入れてしまった。
 教皇も結婚するまではリリアに優しかった。聖女の座を譲った女の子とリリアが対立しているときには、リリアの味方についてくれて、労わりの言葉もかけてくれた。
 リリアは教皇に恋愛感情、とまでは言わないが好意を抱いていた。だから利害の一致ではあっても、結婚の申し出を受けて――結果はあの通りだ。


 違うとわかっていても確認してしまうのは、教皇の豹変ぶりが忘れられないせいだろう。
 治癒できれば魔女ではないという異端審問があるのに、治癒魔法で治るリリアをずっと魔女と呼んでいた。あれは間違いなく嗜虐趣味かつ拷問趣味だったのだと思う。


 教皇について考えるのはここまでにしておこう。あまり深く思い出すと、精神衛生上よろしくない。
 それに、ものすごく不満そうなルシアンの機嫌をどうにかしないといけない。


「私も特殊な趣味はないから安心してちょうだい」


 何故だか深い溜息が返ってきた。






 それからは、前以上にルシアンが側にいるようになった。隙あらば髪や手に触れてくるので油断できない。
 贈った魔道具で何枚も私の絵姿を撮るから、絵姿恐怖症になりかけたりとかはあったけど、順風満帆、平穏な毎日を送っていた。












 ――そして、命の月水の週、王様が息を引き取った。

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