悪役令嬢を目指します!

木崎優

第二十六話 極悪非道魔族の要望



 ルシアンの弟のアンリ殿下と遊び、日記を一冊借りて帰ってきた私は着替えることなく寝台に転がった。まさか子どもの相手がこれほど疲れるとは。
 膝に乗せて本を読んだりしていただけなのに。読んでいた本の内容が悪かったのかもしれない。経済学とか読み聞かせるようなものじゃない。


 寝台の上でぐったりとしていたのだが、侍女の一人が寝室の前でおろおろとしているのが目に入り、ゆっくりと体を起こした。帰ってきて早々寝転がっていたらはしたないと思われてしまう。


「お茶を淹れてくれるかしら?」
「はい。ただいま」


 仕方ない。長椅子に体を預けるだけに留めておこう。それに貸してもらった日記も読まないといけない。
 次はいつ行くかとかは決めなかった。予定がどうなるかまだわからないらしい。都合のよい日がわかり次第連絡すると言われたので、それを待つことになった。






 だけど何故か日記を携えたルシアンが我が家に訪れた。連絡するとは一体なんだったのか。


「私が行くのだと思っていたけど、違ったのかしら」


 侍女に淹れてもらったお茶を飲みながら、抱いた疑問をそのままぶつけることにした。


「アンリが次はいつ来るのか気にしてたからだよ。弟の相手ばかりさせては申し訳ないからね」
「あら、私はそれでも構わないわよ」


 疲れはしたけど、楽しくなかったわけではない。無邪気な子どもというものはいいものだ。


「そう? じゃあ機会があればお願いしようかな。それで日記だけど……今読む?」
「あら、いいの?」


 この間は話をしたいと言っていたのに、どういう心変わりだろう。私が首をかしげていると「うん、いいよ。一緒に読みたいから」と言って、日記を私に渡すと、そのまま横に座った。


「ほら、捲って」


 促されるまま表紙を捲り、書かれている文章に目を通す。時折解説が入ったり、ちょっとした雑談をしたりしながら日記を読み進めているのだが、一つの日記を二人で読んでいるせいで、距離が近い。
 触れるか触れないかのギリギリの距離に、近すぎないかと思いルシアンを見ると、平然とした顔をして日記に視線を落としていた。


「どうしたの?」


 そして私が見ていることに気づくと顔を上げて、緩く微笑む。これは私が少し意識してしまっているだけで、普通の距離なのだろうか。


「いえ、その……少し近くないかな、と思って」
「このぐらいじゃないと読めないから……嫌なら離れるよ」




 たしかに私が持っているものを読むのだから、近くなるのは仕方ない。でも心持ちルシアンの方に日記を寄せることにしよう。




 休みの間に私が読んだ日記は四冊だけど、城に呼ばれることは一度もなかった。毎回ルシアンが日記を持ってきて、一緒に読むというのを繰り返していた。




 そうしてのんびりと過ごしている間に長期休暇も残り一日となった。明日には学園に向かうため、今日はゆっくりと休もうと――そう思っていたのに。


「……なんであなたがいるのかしら」


 微睡んでいたら刺すような光で起こされた。寝台の横にたたずむ人影を見て叫び声を上げなかった自分を褒めたい。


「見つからん」


 ありとあらゆる過程をすっ飛ばした発言に、思わずこめかみを押さえた。
 部屋に浮かぶ光球によって照らし出された無表情、私を見下ろす冷たい眼差し。百年経っても変わらない極悪非道魔族が、どうしてか夜中に私の部屋にいる。


「何が見つからないの?」
「フィーネだ」
「……探してたの?」


 よかった。会話してくれる気はあるらしい。人の話は聞かないし、そもそも話をする気すらない奴だったが、一応ある程度成長していたようだ。
 だからといって、真夜中に突然訪問するのはいかがなものかと問い詰めることはできない。こいつの沸点はだいぶ低い。


「当たり前だろう」
「……見つけたらどうするつもり?」
「人間はすぐ死ぬ」


 リリアの記憶を総動員してルースレスの言い分を推理しないといけない。下手なことを言えばこの部屋が一瞬で凍り付く。ライアーにフィーネを殺されたからそのお返し、ぐらいの感覚であっさりと殺される。こいつはそういう魔族だ。


 ルースレスはフィーネに命を救われ、お返しに守ると誓い、屋敷に囲い込んだ。たしかそのときにも「人間はすぐ死ぬ」と言っていた。
 つまり、今回もそうするということなのだろう。


「彼女はあなたのことを覚えてないと思うわよ。それでも?」
「くだらんことを」
「性格だって変わってるかもしれないわよ」
「どうでもいい」
「……守るなって言われたらどうするの?」
「誓ったからな」


 何がなんでも守るつもりなのか。
 レティシアの体に入る予定だったのがフィーネだと女神が言っていたから、フィーネが別の体で生まれ変わっている可能性は高い。まさかフィーネの魂だけ隔離してる、ということはないはずだ。




「それで、私にどうしろと言うの?」
「探せ」
「見つけられないかもしれないわよ」
「それでもだ」


 ルースレスがフィーネを見つけられるとは思えない。色とか魔力と、色々違っていたとしても、リリアをフィーネと誤認するような奴だ。
 いや、でも実際にはフィーネに気づいて、リリアは屋敷でぽいっと捨てられた。
 それを踏まえると生まれ変わったフィーネに気づく可能性も――ないな。


「見つけられなかったらどうするのかしら」
「見つけろ」


 見つけられなかったら命はないと思え、ということか。


「わかったわ。百年以内には見つけられるんじゃないかしら」
「そうか」


 私の返答に満足したのか、頷くとさっさと姿を消した。
 色々鈍い阿呆で助かった。




 しかし、魔族が出入り自由とは困った環境だ。
 魔族の転移魔法はその膨大な魔力にあかせた無茶苦茶なもので、一度行ったことのある場所ならどこでも好きに行ける。行ったことがなくても地形を理解していれば行けるというとんでも仕様だ。
 リリアが王城に出入りしていたときに街中や貴族の家など色々なところに連れ回していたので、あいつらに行けないところはほとんどない。
 学園に張られているような障壁があれば別だが、あれは魔王製なので王都に張り巡らせることはできない。


 さすがに防衛とか色々な面で不安になるので、どうにかしたい案件の一つだ。


 とりあえず、明日は早いので今日はもう寝よう。












「王都に障壁、ですか?」


 学園に着いた私は、すぐさまクロエの部屋にお邪魔した。そしてルースレスが夜中にふらっと立ち寄ったことや、魔族がどこにでも行けるのをどうにかできないかと相談した。


「……彼らを阻害するほどのものは無理かと」
「まあ、そうよね」
「それで、その……フィーネさんについてはどうするおつもりで?」
「百年の猶予を貰ったから……あいつが我慢できなくなるまでは探してる振りだけするつもりよ」


 百年とは言ったが、多分その半分ぐらいで痺れを切らして催促しに来るだろう。もしかしたらもっと短いかもしれないけど、ライアーも追っているようだし私にばかりかまけてはいられないはずだ。


「フィーネさんのことは放っておくように私から言いましょうか?」
「どうせ聞かないわよ」
「……そうですか。正直、彼が何かに執着するのが想像できないんですよね」
「あら、そうなの?」
「氷属性の魔力が多いと感情の振れ幅が狭くなりますので」


 それは初耳だ。たしかリューゲは四大属性は体に影響を及ぼす、としか言ってなかったような。


「ご存じありませんでしたか。他にも、闇属性は他者の関心を引き寄せ、雷は反射速度、火は気配に敏感になり、土は身体能力が上がります。水はわかりませんけど……闇以外は本人に影響を及ぼすので、何かしら向上するはずです」
「感情の抑制は向上と言えるのかしら」
「戦いの場において恐怖を感じないというのは利点ですよ」


 あの嘘つき、こんなところでも嘘をついていたのか。


「それで、風は?」
「レティシアの得意属性は風なのでご存じかと思ったのですが、知りませんでしたか?」
「耳がよくなると聞いているけど、合ってるかしら」
「はい、大丈夫ですよ。風属性の魔力は音を拾ってきます。その範囲は本人の持つ魔力次第ですので、人間の魔力なら少し耳がよくなる程度にしかなりませんから」


 さすがに私の得意属性については嘘をついていなかったか。
 教えることには厳しかったから、授業内容に嘘を混ぜているとは思わなかった。


 でもよくよく考えてみたら、ルシアンが持つ属性は探知能力が強化されるとか言っていた。その時点で以前聞いた内容と違うと気づくべきだったか。


「……ねえ、一つ聞いてもいいかしら」
「はい、お好きなだけ聞いてください」
「光属性と闇属性の魔力ってどちらかしか持てないって本当?」
「……ああ、なるほど。あれの言うことは真に受けてはいけませんよ。もしも本当にどちらかしか持てないのなら、授業で光の魔法を発動できない人が出てるはずですよね」


 授業中に使う魔法は四大属性と氷と雷と、光だ。そしてこれまで、光の魔法を発動できずに困っている人は見たことがない。
 闇属性の代わりである無属性は、催眠魔法などが含まれているので授業では教えないことになっているらしい。


 そうやって色々なことを解説してくれたクロエは、最後に小さな溜息を零した。


「……レティシアは疑うことを覚えた方がいいと思いますよ」
「結構疑ってると思うわよ」


 相手の言ったことを鵜呑みするほど、私は純粋ではない。

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