悪役令嬢を目指します!

木崎優

第二十三話 魔女の提案

 クラリスを連れて戻ったルシアンは、私を見てから視線を周囲に巡らせました。求める人物が忽然と姿を消したことに驚いていらっしゃるのでしょう。
 彼女は彼を釣るための餌にすぎません。呼び出した後は、さっさと立ち去っていただくに限ります。


 勇者さまは平穏と、彼女――リリアの魂を持つレティシアの幸せを望んでいます。勇者さまの願いは私の願い。勇者さまが本気でレティシアの幸せを願っているのなら、私もそうするだけのお話です。


「……クラリス様、本日はよろしくお願いいたします」


 ルシアンがレティシアの名を出すよりも早く、クラリスに声をかけることにしました。レティシアがこの場にいたことを知る人物は最小限に収めたいですからね。


「どうしてあなたが?」
「クラリス様をお助けできる妙案を持ってきたのが私だからです」


 お助けできるとは限りませんが、そう言っておいた方が信憑性は高まります。それに方法がその二つしかないと思っていただけた方が、話が進めやすくなります。


「ルシアン殿下、これからお話するのはどなたの耳にも入れたくないお話ですので……どなたも立ち入れない場所はございませんか?」


 ルシアンに遊戯棟の一室が与えられているのは知っています。そしてルシアンは私の言った通り、そのお部屋に案内してくださいました。


 王族に与えられた部屋に聞き耳を立てる方はいらっしゃらないとは思いますが、念には念を入れてこっそりと結界も張っておきましょう。教会の手の者はどこにいるかわかりませんもの。


「……それで、妙案とは?」


 椅子に座ったクラリスは世間話をすることなく、本題を切り出してきました。こういうときは少し世間話をして場を和ませるべきだと思うのですが、よほど焦っていらっしゃるのでしょう。お気持ちはわかりませんが、心中お察しいたします。


「案は二つございます。一つは、クラリス様が死ぬほどの怪我を負っていただいて、サミュエル様に治療させるというものです」
「意味がわからないのだけど、それをすることでどうなるというの?」
「治癒魔法は受け入れる心と、与える心がなければ成り立ちません。サミュエル様の治癒魔法はクラリス様には効かないでしょう。愛する者を自らの手で救えない絶望を抱くかと思います。もしかしたら女神の奇跡が失われたとすら思ってしまうかもしれませんね」


 クラリスが眉をひそめ、ルシアンは押し黙っています。話の真偽を考えていらっしゃるのでしょう。単刀直入に聞かれたので単刀直入に返したのですが、もう少しじんわりと話すべきだったかもしれません。


「治癒魔法を奇跡と崇めている方からすると、それは足元の地面が崩れ落ちるほどの衝撃でしょう。ですので、クラリス様に構っている暇などなくなるかと……ただこの案はあまりお勧めしたくないですね」


 自棄になったサミュエルが問題行動を起こすかもしれない諸刃の剣です。勇者さまは国が荒れることを望んでいませんので、こちらの案は話すだけの代物です。


「死ぬほどの傷を負った私はどうなるの?」
「下手するとそのまま命を落としてしまうかもしれませんね。そうならないよう尽力いたしますが、絶対とは言い切れませので」


 アンペール候の子どもはクラリスしかいないので、死ぬ危険があるとわかれば選ばないでしょう。万が一、どうしてもこちらがいいとおっしゃった場合は私が治療いたしますが、そのことは今は黙っておきましょう。


「もう一つの案を聞かせてちょうだい」
「はい。クラリス様がサミュエル様を受け入れることです」


 あら、面白い。クラリスの顔がすごく歪みました。サミュエルを心の底から嫌っているのがよくわかります。私も自分を脅すような方と添い遂げようとは思いませんので、選びたくない気持ちもわかります。でもこちらを選んでもらわないと困ります。


「サミュエル様は性格に難はございますが、それ以外には問題のない方です。能力もあり、人脈も持ち合わせております」


 レティシアがいたら冗談じゃないと口を出していそうですね。帰らせて正解でした。クラリスは良くも悪くも貴族としての矜持を大切にしている方ですので、サミュエル様がもたらす利を説明すれば理解してくださるでしょう。


「アンペール領に婿に来たいとおっしゃる方は少ないとお聞きしました。地震が多く、勤めたい貴族も少ないので領主自ら動かないといけないことも多いそうですね。サミュエル様でしたら治癒魔法も使えますし、民のために全力で働いてくださるのではないでしょうか」
「教会の教えに染まった方が貴族として生活できるはずがないでしょう」
「はい。そこはクラリス様が調教なさればよろしいかと思います。難のある性格も矯正してしまえば、心の底から慕ってくださる可愛らしい夫が完成するとは思いませんか?」


 サミュエル様の愛の強さ次第ですが、教会を私物化しようと思えるぐらい愛しているのなら、よほどのことでない限りは従ってくれると思います。


 クラリスがサミュエルを受け入れるのが一番平和な納め方ですので、こちらを選んでいただきたいですね。


「あの方を調教できると、本気で思っているの?」
「もしも駄目でしたら、そのときにまた考えましょう」


 数年後なら勇者さまを国外に出すこともできるでしょうし、他の国で平和に生きていただけます。場合によってはサミュエルを殺してしまえば済むことです。そのときには教会を継ぐ世継ぎも増えていると思うので、そちらの保護も進めることにしましょう。


「……どうして君はそんな話を持ってきたのかな?」


 ここまで黙って聞いていたルシアンが口を出してきました。私を疑っていらっしゃるのでしょうか。心外ですね。


「私が心より敬愛しているお方のためですよ。あの方はこの国が荒れることを望んでおりません」
「父上と教皇に報告するのを止めたのもそのため?」
「はい。上に立つ者がこのことを知れば教会と国の間に亀裂が入るかもしれないでしょう? サミュエル様のお話を聞いてしまった方が親に話すかもしれませんが、大事にさえならなければどうとでもやりようはございますので」
「アドロフ国所属の君がこの国で何ができると言うのかな?」
「協力してくださる方というものは、どこにでもいらっしゃるものですもの」


 私が魔女だということはできれば明かしたくはありません。勇者さまと親しくするためには、市井出身の貴族の娘でいるのが一番です。


 そういえば、後一つ、釘を刺しておかないといけませんね。 


「先ほどの治癒魔法については他言しないでくださいね。もしもどなたかに報告するのなら、数十年後にお願いします」


 ちゃんと釘を刺しておかないと、ルシアンは王に報告してしまいそうですからね。魔女と明かさず脅すのならどうするのが一番でしょうか。


「もしも報告された場合は、あなた方の一番大切にしているものを奪いますので……覚悟してくださいね」


 やはりここは伝統ある脅し方が一番ですよね。レティシアは幸せにしないといけないそうですが、ライアーでも幸せにしてくれるんじゃないですかね。勇者さまはレティシアを人間に任せたいそうですが、最終的に幸せだと思えるのならどちらでもいいと私は思っています。


 クラリスの大切なものは領地だと思うので、人の住めない土地にしてしまいましょう。


「あら、そんなに睨まないでくださいな。あなた方がお話しなければ今まで通り、平和に平穏に生きていけますよ」


 勇者さまが命を賭してまで守った世界ですもの。私も無闇に壊したいとは思っておりません。平和であるに越したことはございません。


「クラリス様、どちらの方法を選ぶかはあなたの自由です。……ですが、悠長に考えている時間はございませんので、そのことだけはお忘れなく」






 クラリスが退出し、私とルシアンだけが部屋に残りました。ルシアンと二人で話すことがあると言ったら快く受け入れてくれました。あまりよい顔はしていませんでしたけど。


「私に話とは?」
「レティシア様についてです」


 あら嫌ですね。レティシア様の名前を出しただけで怖い顔をされなくてもよろしいのに。先ほどの脅しのせいでしょうか。


「私が今回協力することにしたのは、レティシア様の心の安息のために必要だと判断したからですので……あまり警戒しないでいただきたいですね」
「どうして君がレティシアのことを気にするのかな?」
「私の敬愛するお方が気にされているからですよ」
「……どうして?」
「聖女の子ですから……これだけで十分でしょう?」


 聖女そのものだからこそ気にしているのですが、聖女の子であることも間違いないので嘘ではないでしょう。嘘でも問題はありませんけど。
 聖女の子というだけで大抵のことは説明がつくので、とても便利です。聖女は崇拝されて敬愛される、とても素晴らしい存在だそうですよ。リリアを知っている方が聞いたら、どうしてそうなったと頭を抱えること間違いなしです。
 実際頭を抱えていた方もいらっしゃいましたね。料理をいくら教えても上達しないあいつが、と苦悶の表情を浮かべていました。
 私に言葉を教えてくれた方が珍しく口調を崩していたので、とても印象に残っています。


「……聖女の子、か」
「はい。今の教皇は茶色い髪に青い目をしていますからね。教会を出た聖女に心酔している方は多いですよ。……だからこそ、サミュエル様に従う者も多いのですけど」


 黒い髪に青い瞳、聖女の血と色を持っているというだけで教会の信徒は付き従います。とんでもない話ですが、事実そうなのですから困ったものです。
 リリアに似ているレティシアがその気になれば、信徒を手中に収めることも可能でしょう。不思議なことにどなたもそういうお話をされていないようですけど。


「聖女の血にどれほどの価値があるのか、レティシア様に説明されてはいかが?」
「それは……」
「私の敬愛する方はレティシア様があなたと結ばれることを望んでおります。唯一不可欠の存在価値をレティシア様に教えれば、なんの憂いもなくあなたのお側にいてくださるのではないでしょうか」
「私は聖女の子だからとか、そういう理由でレティシアを選んだわけではないよ」
「悠長に構えていては、手元から離れていってしまうかもしれませんよ?」


 まあ、そんなつもりはないのでしょうけど。
 どうせ逃がすつもりはないのなら、利用できるものは利用してしまえばよろしいのに。甘いのか甘くないのか、我が孫ながら不思議です。


 私としては早急に片をつけて勇者さまの憂いを失くしたいのですが、レティシアに無理強いして勇者さまにばれたら怒られてしまいます。だからルシアンには頑張っていただきたいところです。


「どうせ結果が同じなら、選んだと思わせる――君がクラリスにしたのはそういうことだよね」
「あら、そんなことはございませんよ」


 教皇や王に報告されたら、サミュエルはさっさと教皇になっていたことでしょう。クラリスに逃げる道なんて最初からありません。国や民を無視すれば別ですけど。
 逃げ道がないのならさっさと諦めればいいのに、下手に悩むからレティシアもどうにかしようと考えてしまいます。勇者さまのためにレティシアの憂いを晴らすのが私の仕事です。


「利点があるのは本当ですもの。良いところに目を向けてはいかが? とお話しただけです」
「私も同じだよ。悠長に構えているのではなく、良いところを見てもらいたいと思っているんだ」
「義務感からではお嫌ですか」
「心から望んでほしいと思うのは、当たり前のことだろう」
「まあ、初々しい。愛とは素晴らしいものですね」


 本当に、反吐が出そうなほど素敵な心構えです。

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