悪役令嬢を目指します!

木崎優

第五話 伯爵家の交流会

 そして次の日には伯爵家主催の交流会に駆り出された。これまでにも何度か学生主催の会合が行われていたらしい。存在すら知らなかった私は一度も参加したことがなかったけど、ルシアン様だけでなくクラリスたちもたまに参加していたとか。
 そして今年からは私も参加することになった。




「付き合いは大切だからね」


 優しく微笑むルシアン様に頷いてしまったせいだ。




 主催者はドラノア家のご令嬢で、布産業についてはあまり話さない方がいいとかの注意点をいくつか教えてもらった。


「レティシア様にお越しいただけて光栄です」


 上品に笑うドラノア家のご令嬢に挨拶を済ませると、ルシアン様が令息令嬢に囲まれていた。ルシアン様は腐っても王子様だ。いや、腐ってないので普通に王子様だ。
 他の人が放っておくはずのない人物なわけで、こうしてちょっと目を離した隙にルシアン様の周りに人だかりができているのは、不思議なことではない。
 そう、何も不思議ではないし、いたって当たり前の光景だ。


 まいった、いや本気でまいった。私は一体どうすればいいんだ。


 こうした集まりに参加するのは誕生祝以来で、何をどうすればいいのかわからない。しかも他家主催の誕生祝ではお父様とお母様に連れられて挨拶をするか、壁の花を楽しんでいた。


 並んでいるお菓子に舌鼓でも打っていればいいのだろうか。そこかしこで会話に花を咲かせている人たちのように過ごせればいいのだろうけど、私の交友関係は狭いので会話を楽しめるような相手はこの場にいない。


 かといって、人ごみをかきわけてルシアン様に話しかける度胸なんてあるはずがない。


 会話できる相手を作る場だというのは理解している。理解しているけど、行動できると思えない。


 とりあえずお菓子でも食べていようと机に近づくと、普通に話しかけられた。先ほどまでの私の葛藤はなんだったのかと聞きたくなるぐらい、普通に話しかけられた。


 話しかけてきたのは今回の主催者であるご令嬢の弟――つまり、ドラノア家のご令息だった。


 彼はドラノア家の三男だそうで、紹介してくれた彼の友人も三男以降の男子が多かった。


 あらあらそうなんですのうふふ、とルシアン様に初めて会ったときのように聞き役に徹すること十数分。気づいたら周りに人が増えていた。
 私がこういった催しに参加するとは思っていなかったようで、集まってきた人たちはすごく驚いていた。私は珍獣か。


 あらあらそうなんですのうふふ、で済まされなくなってきた。こちらに回答を求めはじめている。ルシアン様との仲はどうなのかとか、お父様と教会の関係はどうなのかとか、どこの商会を使っているのかとか、領地の管理はどうなっているのかとか、目が回りそうだ。
 すべて「私からは何も言えません」で貫き通している。ルシアン様との仲はともかく、家のことなんて私には答えられない。


「そんなところに集まって、他の方の迷惑も考えてくれませんか」


 空気が凍りつきそうな冷ややかな声に、人々の顔が凍りついた。


「さっさと散ってください」


 決定的な一言に、蜘蛛の子を散らすように去っていく。そして不機嫌な顔をした宰相子息、じゃなくて、パルテレミー様が現れた。


「あなたは何をしているんですか」
「私が聞きたい」


 どうしてこうなった。


「目当てのものを取ったらすぐに離れてください」
「……話しかけられたんだもの。私のせいじゃないわ」


 パルテレミー様が深い溜息を落として、机の上に並ぶお菓子や飲み物に視線を巡らせた。


「どれが欲しいんですか」
「喉が潤えばなんでもいいわ」
「では飲みやすいものがいいですね」


 淡い青色のジュースを二つ取り、片方を私に差し出してきた。ジュースとパルテレミー様を交互に眺めていたら、眉間に皺が刻まれた。


「早く受け取ってください」
「あ、はい」


 急かされて思わずグラスを受け取ると、パルテレミー様は用は済んだとばかりに踵を返そうとした。


「ちょ、ちょっと待って」
「……なんですか」
「マドレーヌは? マドレーヌはいないの?」


 パルテレミー様がいるところにはマドレーヌがいるはずだ。だけど、姿が見えない。


「明日来ます」
「マドレーヌなのに、一緒に来てないの?」
「それぞれの予定がありますので」


 パルテレミー様の顔が早くどこか行きたいと語っていたが、逃がすわけにはいかない。
 ちらちらとこちらを見て、話しかける機会をうかがっている人たちがいる。パルテレミー様がいなくなった瞬間、囲まれる。


「それでは私はこれで――」
「一緒にいてくださらない?」


 パルテレミー様の眉間の皺が深くなった。


「私を人避けに使うつもりですか」
「察しがよくて助かるわ」
「まったく、あなたは……私が何をしたのかわかっているんですか」


 嫌味なパルテレミー様らしい刺々しい口調に、なんだか安心する。やはり目が合うと微笑むパルテレミー様はパルテレミー様らしくなかった。
 そしてあのらしくないパルテレミー様を作り出したのは、愛愛煩い猿魔族のせいだ。


「私もクロエも気にしてないわ。だからパルテレミー様も気にしなくていいわ」
「……そうですか。ええ、そうでしょうね。そういうことでしたら、あちらで話しましょう。ここで長居しては他の方の邪魔になるので」


 パルテレミー様の後を追って人気の少ない場所に移動する。視線を送っていた人たちはさすがに諦めたのか、他の人と話しはじめていた。


「殿下は?」
「多分あの辺りにいるんじゃないかしら」


 人だかりを指差すと、合点がいったようでパルテレミー様の口から「ああ」という言葉が漏れた。


「殿下もあまりこういった場に顔を出さない方ですからね。あなたほど珍しい、というほどではありませんが」
「私が顔を出すのってそんなにおかしなことかしら」
「誕生祝以外で人前に出たことがありましたか?」


 そう言われると何も言い返せない。
 屋敷に招いてのお茶会をクラリスたちとしてはいたが、どこかの屋敷に遊びに行くことはなかった。しかも去年なんてほとんど部屋に引きこもっていた。


「……あなたは、ずいぶんと気さくになりましたね。殿下のおかげですか?」
「私にも色々思うところがあったのよ」


 大根役者とか棒演技とかリリアの記憶とか、色々ありすぎてちょっとよくわからなくなった。
 こうして人の多い場所に来ているのはルシアン様のおかげだけど、気さくになったのだとしたらそれは、クロエとリリアの記憶のおかげだろう。


「……あなたには申し訳ないことをしたと思っています」
「だから、気にしなくていいわ。パルテレミー様のせいじゃないもの」
「行動を起こしたのは私です。それが誰のせいだとしても」


 ――ん?


「……以前あなたに聞こうとしていたことを思い出しました」
「なんだか、聞かれたくない気がしてきたわ」
「あれはパルテレミーの者が好きじゃないと言っていたので、おそらく私の今の状態もあれからの嫌がらせなのでしょう」
「美味しいお菓子とかないかしら」
「それでしたら新作の焼き菓子を試してみてはいかがですか?」


 ドラノア家のお菓子はどれも美味しいらしい。布産業でずいぶんと儲かっているのか、腕のいい調理師を数人抱えているんだとか。
 普通に話を逸らしてくれたことに胸を撫で下ろしながら、その新作の焼き菓子とやらを取りに行くことにした。


「取りすぎないようにはしてくださいね」
「私、そこまで食いしん坊じゃないわ」


 飴細工と焼き菓子をお皿に乗せて、話していた場所に戻った。


 ――うっかり戻ってしまった。


「さて、それでは話の続きをしましょうか」
「……私が話せるようなことなんて、何もないわよ」
「あなたの従者についてお聞きするだけです」


 それこそ話せることは何もない。魔族について話すとしても、何から話せばいいのかわからない。魔族という存在を知らない人に、どう説明しろと言うんだ。


「私は何も知らないわ」
「ではどうして私のせいではないと?」
「それはほら、言葉の綾よ。パルテレミー様のせいじゃなくて、陽気のせい、みたいな」
「寒くなりはじめていたはずですが」
「じゃあ寒さのせいよ」


 どちらも引かない押し問答に、先に折れたのはパルテレミー様の方だった。額に手を当てて、深すぎる溜息と共に諦めてくれた。


「……話したくないのでしたら、無理には聞きません」
「だいぶ無理に聞き出そうとしていたように思えたけど」
「わけのわからない状況に置かれていますからね。焦りもします」


 その点については同情する。パルテレミーが気にくわないという理由で巻き込まれて、しかも放置されているのだから、何か知っていそうな私に詰め寄るのも仕方のない話だ。
 だけど私から話せるようなことは何もない。せめてクロエと話し合ってから決めたい。


「この眼鏡を処分しようか悩んでいます」
「え?」


 唐突だ。あまりにも唐突すぎて、ちょっと意味がわからない。


「これのせいでろくでもない目に合ったので」
「え、ええ、そうなの。まあ、それなら、仕方ないんじゃないかしら」


 パルテレミー様から眼鏡がなくなったら私はどうすればいいのだろう。パルテレミー様といえば眼鏡、みたいに思っていた。いや、どうするも何もすることなんてないのだけど。


「……あなたはどちらがいいと思いますか?」
「パルテレミー様のお好きになさればいいのでは」
「……まあ、そうですよね」


 パルテレミー様から眼鏡がなくなったら眼鏡っぽくない。間違えた、パルテレミー様っぽくないと思わないこともないが、ろくでもない目に合っているのならさっさと処分するべきだとも思う。
 そんな重大な決断を私に聞かないでほしい。


「これを作るのは結構大変でしたので、少し勿体なくも思うんですよ」
「それならしまっておいてはどう? 何も処分することはないでしょう」


 パルテレミー様はそれから黙り込んだ。刻まれた眉間の皺が悩んでいることを物語っていたので、私も何も言うことなく持ってきた焼き菓子を口に運んだ。
 しっとりとした生地とほどよい甘みにほのぼのとした気持ちになっていると、ようやく解放されたのかルシアン様がやって来た。


「申し訳ない、一人にするつもりはなかったのに……」
「お気になさらないでください」


 さすがにあれだけ囲まれていたら簡単には抜け出せなくて当然だ。ルシアン様が気にするようなことでもないし、私も気にしていない。
 どうしたものかと困っていたが、幸い私には人避けが来てくれた。


「パルテレミー様が人避けになってくださいましたので、私のほうは問題ありませんでした」
「そうか……シモン、迷惑をかけた」
「いえ」


 さてルシアン様が戻ってきたけど、この後はどうするのだろう。付き合いのために来たはずなのに、私はパルテレミー様にも他の人にも黙秘し続けていただけだ。
 参加したという事実が大切だということにして、もう帰りたい。


「それじゃあ、ここからは私と回ろう」


 帰してはくれないらしい。


「はい、わかりました」


 いや、まあ、そうだよね。わかってるわかってる。参加した事実だけでいいのなら、そもそも挨拶が済んだところで帰っていたはずだ。


「……殿下」


 仕方ない仕方ない、頑張れ自分と心の中で鼓舞していたらパルテレミー様がルシアン様の前に進み出た。


「彼女には刺激が強すぎるのでは? 少しずつ慣らしていったほうが」


 なんだか動物の飼い方みたいだ。


「……そうなの?」


 顔を覗き込みながら真意を問われ、私は思わず首を横に振ってしまった。


「いえ、大丈夫です」


 ルシアン様が私のためにしてくれていることなのだから、できる限り頑張るべきだとは思うし、できれば応えてあげたいとも思っている。
 人付き合いは苦手なのでちょっと、と言っていてはいつまで経っても成長できない。


 ルシアン様が紹介してくれた人を記憶に蓄積させながら、ただひたすら笑うことに専念する。表情筋が死にそうだ。




 令嬢主催の茶会に参加したり、勉強を教わったり、家同士の繋がりについて解説してもらったりして、気付いたら一週間が経っていた。

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