悪役令嬢を目指します!

木崎優

第六十話 (災厄が生まれなくなるまで、何度でも)

 合宿は急遽取りやめとなったが、学園都市には戻らなかった。というのも、皆私物を実家に送り返しているせいだ。
 だから早めの休みがはじまった。


 王都に戻る人は王都行きの馬車に乗り、領地に帰る人はそれぞれ別の馬車に乗る。まあつまり、王都に帰る馬車にはクロエと王子様と隣国の王子と騎士様と宰相子息と焼き菓子ちゃんと女騎士様が乗ることになる。クラリスは自領に向かうので別行動だ。


 さすがに総勢八名をいっしょくたに馬車に押し込むことはできないので、四人ずつで分かれることになったのだが、この組み分けで一悶着が起きた。
 最初は普通に男女で分けようとしていたのだが、困ったことに隣国の王子と王子様は壮絶に仲が悪い。同じ馬車で二、三日も行動したら人死にが出るんじゃないかというぐらい仲が悪い。


 だけど急遽帰ることになったから、馬車の数を増やすこともできない。さすがに危ない魔物がいるかもしれない村でもう一日過ごすことはできない、というのが教師談だ。魔物の仕業ではないと知っている芸術の教師も、至極真面目な顔で頷いていた。爆ぜればいいのに。


 だからなんとか言いくるめようと、隣国の王子と王子様を説得していた。


 だけど王子様は引き下がらない。隣国の王子も引き下がらない。


 王子様の言い分は、問題が起きたら困るという理由で男女で分けるなら、婚約者同士で組めばいいのではというものだった。
 隣国の王子の言い分は、婚約者同士でも問題が起きたらどうするという、至極真っ当なものだった。


 少しだけ教師が王子様の言い分に揺れて、宰相子息と焼き菓子ちゃんと王子様と私ではどうかと提案した。これは多分、私が焼き菓子ちゃんと友人だからという優しさだったのだろう。
 だが王子様はそこでも折れなかった。騎士様ではないと駄目だと言い張った。


 そこでまたもや隣国の王子が喧嘩を吹っかける。我儘はいい加減にしろという、まともな喧嘩の売り方だった。


 国民感情としては王子様の意向に従いたいが、隣国の王子の言い分がまともすぎてどちらにも頷けないという、日和見教師陣に意見を述べたのは女騎士様だった。


 騎士様と女騎士様はどちらも剣技に長けている。それをわざわざ婚約者で分けるなど馬鹿馬鹿しい。護衛を乗せる余裕がないのなら、武術に優れている者は個別に分けるべきだ。とりあえず自分はクロエと手合わせしてみたいので、クロエと一緒の馬車がいい。


 ――という、まともそうに見えてまともじゃない第三勢力が現れた。


 突然標的にされたクロエは、ふざけるな巻き込むなとばかりに目を見開いた。そして自分はレティシア様と一緒じゃないと心細いですと、弱弱しく訴えながら私を巻き込んだ。ならば私もと、友人である焼き菓子ちゃんが一緒じゃないと嫌だと言って、焼き菓子ちゃんを巻き込んだ。焼き菓子ちゃんは私の言葉に感極まって号泣した。


 こうして女性陣がぴーちくぱーちく騒いだ結果、男女で分かれることになった。




 ちなみに、女騎士様の言った護衛云々に関してだが、護衛は馬車一台につき一人用意されていた。護衛がいないと言われてものすごく意気消沈していた。




 移動中の休憩で女騎士様からの追及をクロエが躱そうと難儀していた以外は、実に平和な道中だった。途中町にある宿に泊まったりしたが、そこでもなんの問題も起きず、出発前の騒動はなんだったのかと言いたくなるぐらい、平穏無事に王都に到着した。


 男性陣の乗った馬車はとても空気が悪かったらしいが、誰も死んでいなかった。


 そして本来の予定よりも早く帰り着いた我が家で、リューゲが暇を貰ったことを聞いた。


「急用ができたとかで国に戻った」
「……いつ戻るかは言ってました?」
「当分は戻ってこれないと言っていたが、いつとは言っていなかったな」


 お父様はそれ以上何も言うことなく書類と睨めっこする作業に戻った。


 荷物は部屋に置いてあるので、間違いなく一度は屋敷に戻ってきている。それなのに、ほんの数日の間で消えた。
 魔王か、あるいは極悪非道魔族か、そのどちらかが関わっているのだろう。芸術の教師について知っていたことを私に追及されたくないとか、そんな可愛らしい理由ではないはずだ。


 だからきっと、戻ってくる気はないのだろう。


 ぼけっとソファに座って、新しく私付きになった侍女が淹れてくれたお茶を飲む。
 新しい侍女の名前はリーナで、三年前からここで働いていたらしい。


「これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いいたします。お嬢様」


 深々と腰を折るリーナを早々に下がらせる。私付きとはいっても、完全な専属ではないので続き部屋には入らないらしい。続き部屋は綺麗さっぱり掃除されていて、リューゲの私物は何一つ残されていない。
 そもそも、リューゲに私物があったかどうかすら定かではない。リューゲは私の寝室にすら気安く入ってくるが、私はリューゲの部屋に入ったことがない。


「挨拶ぐらいしていけばいいのに」


 ぽつりと呟いた声に応える者は、当然ながら誰もいない。




 その夜、微睡みの中で歌を聴いた。小さく、それでもしっかりと耳にはいるその歌は、この国にかけられ続けた魔法を白紙に戻すための歌だった。






 一日で何かが劇的に様変わりするわけではない。普通に起きて、普通に朝食を食べて、普通に自室で本を読む。学園に行く前と何も変わらない。ただ、茶々を入れてくる相手がいなくなって、少し静かになったぐらいだ。


「お嬢様、ご学友という方がいらっしゃってますが……」


 歯切れの悪い声に首をかしげる。ご学友とわざわざ言うということは、少なくとも焼き菓子ちゃんやクラリスではない。一体誰が来たのだろうかと、通すように命じたら現れたのはまさかの隣国の王子とクロエだった。


「リーナ、ここはもういいから他の仕事をしてきてちょうだい」


 さすがにこの組み合わせは魔族関連としか思えない。第三者を交えていたら話せないだろうと、人払いをする。リーナはお茶を用意して、楚々と下がっていった。


「珍しい組み合わせね」
「さすがに彼女一人じゃ公爵家にお邪魔できないだろ? 俺はただの付き添い」


 どうやって隣国の王子を連れ出したのかは少し気になる。交渉していたときに連絡先でも交換したのだろうか。でもこの世界に携帯電話のような便利なものはない。


「私は元々貴族街には出入りしていましたので、貴族街にあるディートリヒ王子の仮住まいにお邪魔しました」
「何もされなかった? 大丈夫?」
「俺をなんだと思ってるんだよ」


 隣国の王子も色々思うところがあったのか、いつもの遊び人風ではなく森の中で少しだけ見た粗野な振る舞いをしている。ぶっすりとした顔で不満そうに口を尖らせている姿は、年相応の男の子に見えてくるから不思議なものだ。


「それで、今日はどんな用件かしら」
「協議の結果を報告しようと思い参りました。一先ず、ローデンヴァルト王への報告は経過観察とし、この国が変わっていくのをそのまま見せることにしました。それならば、一過性のものだったと説明もしやすいかと思うので」
「……説明するの俺なんだけど」
「国のあり方が変われば、ローデンヴァルトからの干渉も減ると思います。女神の教えを軽んじる国に聖女の子を置いておけないというのがあちらの主張ですから」
「一つ聞いてもいいかしら」


 聖女の子、聖女の子と言われ続けているが、ずっと不思議だったことがある。
 聖女の子は何も私一人ではない。


「お兄様はローデンヴァルトから何も言われてないの?」
「それについては私よりも彼の方が詳しいかと」


 クロエの視線を受け、隣国の王子が不機嫌そうな顔のまま口を開いた。


「結局そこも色なんだよ。あんたのお兄さんは茶色い髪に緑の目だろ? 聖女の血が薄いってことで目にも止まってない。それにあんたは聖女様によく似てるからな」
「……それでよく、お母様がお父様に嫁ぐことに頷いたわね」


 お父様の手記にはローデンヴァルトからどうこう言われたとかは書いていなかった。反対の声は上がっていたようだが、国内だけに留まっていた。


「昔はローデンヴァルトはミストラルの属国と言っていいぐらいの友好国だったんだよ。女神に遣わされた初代王が作った国だったからな。だから国内で起きてることにも口出しなかったはずだ」


 だけど王様が王妃様を娶ったことで、女神様を軽んじていると判断した。それでも王妃様を娶っただけならまだ許せた。だが銀の髪を持つ子を王位継承権に添えたままなのが、何よりも腹立たしく、許せない行いだった。


 そう語る隣国の王子はとても淡々としていた。


「だからあなたも殿下を嫌ってるの?」
「いや、個人的にいけ好かないだけだ」


 王子様のことを思い出したのか、隣国の王子の眉間に皺ができている。隣国の王子と王子様の確執はどうして生まれたのだろう。
 食堂で初めて二人が並んでいるのを見たときから、仲が悪かった。王子様が諸外国を回っているときに、とんでもないことが起きたのだろうか。


「喧嘩もほどほどにしなさいよ。教師を困らせるものじゃないわ」
「嫌がらせの首謀者だと噂されてた奴が言う台詞かよ」


 ぐうの音も出ない。


「ディートリヒ王子、彼女はその件には関与していません」
「はいはい。どうせあのよくわかんない奴らが絡んでるんだろ」


 隣国の王子からしてみたら本気でわけがわからないだろう。私に呼び出されたと思えば空から人が降ってきて、私に麻痺で転がされて、周りが氷で覆われ気絶した。
 私だったら一から十まで説明しろと詰め寄っている。


「ねえクロエ、彼らについてどう説明したの?」
「あれは人非ざる存在で、人が敵うような相手ではないと。そしてはるか昔から生きているのに短絡的で、容赦がないのでむやみやたらと近づかない方がいいとも言いましたね」


 よくそれで納得したものだ。隣国の王子にとって、魔族は家族の仇だ。
 いや、もしかしたら納得はしていないのかもしれない。敵わないとわかっていても、せめて一矢報いたいぐらいは思っているかもしれない。
 隣国の王子の顔色をうかがってみたが、ずっと不機嫌顔なので判断つかなかった。


「……王の命に背くことにはなるが、そう言われたら黙っておくしかないだろ。誰だって自分の命は惜しいからな」
「ん、うん、まあそうね」


 私に見られていることに気付いたのか、隣国の王子はふてくされたように言った。命が惜しい、それは納得できる理由だった。だけどどうしても違和感が残る。


「――あまり長居しては家人に迷惑がかかるでしょう。今日は報告に来ただけですので、雑談などはまた学園に戻られた後にでもいたしましょう」


 カップに入っていた最後の一滴まで飲み干したクロエが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。そして部屋の中をぐるりと見回した。


「彼はもういないようですね」
「ええ、急用ができたそうよ」


 彼という単語に訝しがる隣国の王子を引き連れて、クロエは屋敷を立ち去った。




 夕食を終え、寝台に入り眠りにつくと――久しぶりな夢を見た。
 白い空間に浮いている、一人の女性。後期に入ってから姿を見せることのなかった女神様。


『あなたに感謝を』


 雑音のまじった声で短い感謝の言葉を告げられる。とりあえず、女神様には言いたいことがある。


「長時間眠らせないでちょうだい」


 眠りの呪いと思われるのはもうごめんだ。今回は誤魔化してくれる人もいない。女神様は一拍置いた後、静かに頷いた。


『世界の時間は短く早く、ふと気が付けば過ぎ去っているのです。ですがそれを望むのでしたら、時の流れを意識いたしましょう』
「それで、今回はどんな用なの?」
『私の眠りはもう近くまで来ているのです。眠りにつく前にあなたに感謝を伝えようと、そう思ったのですよ』
「女神様が心配していたことはもう済んだ……ということでよろしいの? 説明してくれると助かるのだけど」
『加護を与えし最初の者が作り上げたものが氷に閉ざされる瞬間を、私は視たのです。あの者は最期に子を想い、私はその望みを叶えると約束したのです。ですからその先は来てはいけないものでした』


 女神様の話し方はとても回りくどい。加護を与えし、ということは勇者のことを差しているのだろう。それの最初は、初代勇者。その人が作り上げたものは私が住んでいる国。
 解読できないわけではないし、女神様からすればありのままを語っているだけにすぎないのだろう。


「――感謝しているのなら、もう少しわかりやすく話してくださるかしら」


 だけどこの長い口上を聞いていたら、またもや眠りすぎそうだ。朝までに起きたいから、短縮できるところは短縮してほしい。
 女神様は目を閉じて、しばらくの間沈黙した。体感で五分ぐらい過ぎそうなとき、ようやく目を開けた。


『それではあなたに倣った言葉を使いましょう。私は勇者を喚び出した後眠りにつきました。その夢の中で、未来を視たのです。国が氷で覆われ、初代勇者が案じた者たちの命が閉ざされる未来を――ですが、望みを叶えると私は初代勇者に誓ったのです。誓いを守るためには未来を覆さなければいけません』
「それで私に助けを求めたの?」
『それは正しくもあり、間違いでもあります。私が最初に呼びかけたのは、国を凍りつかせるヒトガタ、魔族と密接な関係にある者でした。あなたがクロエと呼ぶ、勇者の魂を持つ者を、私はこの世界に呼び寄せたのです。彼の魔族を制御できさえすれば未来は回避できると――ですが、勇者だったときの記憶を見た彼女はこの世界を、私を拒絶しました。未来を回避しようと動いてはくれましたが、それでは駄目なのです。氷に閉ざされる未来を確実に避けるためには、彼の魔族を動かさなければいけません』


 つまり、私があの残虐卑劣魔族を呼びだしたことによって未来は変わったと、女神様は判断したということか。
 その程度のことで回避できるのなら、夢を見せる前にちょっと名前を呼んでと頼めばいいのに、ずいぶんと回りくどいことをしている。


『人は捻くれた行いをします。私の意向を無視し、幾度も間違いを犯しました。ですから直接頼んだとしても、叶えてはくれないかもしれない――そう思ったのですよ』


 さすがに名前を呼ぶだけなら聞いたと思う。もう少し人を信用してほしいものだ。
 後普通に、声に出さなくてもこちらの考えを汲み取られている。夢の世界だからか、あるいは女神様だからなのか。


『私は失敗から学びます。勇者の記憶を取り戻した彼女は私を拒絶しました。なのであなたには、私が見た過去を見せたのです。私と約束したあなたの心は憎しみと愛情と憐憫で彩られ、私のお願いを聞いてくれるかわかりませんでした』


 ですが、とこちらの心中などお構いなしに女神様は話を続けていく。


『あなたは彼の魔族を動かしました。憂いは晴れ、残るは私との約束です。だからあなたに記憶を見せましょう。私と約束したあなたの記憶を。そして私との約束を果たしてください』


 何を、と聞くことはできなかった。


『あなたの魂は無理に魔力を取りこんだため、変質してしまいました。あなたの元いた世界では、長くは生きられません。そのためあなたの魂は私の元へと渡りました。だからあなたに記憶を見せましょう』


 ――約束が果たされるまで、何度生まれ変わろうと、そう約束したのだから。

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