悪役令嬢を目指します!

木崎優

第二十六話 【変なことしてないといいけど】

 それから数日の間、毎日のようにサミュエルはやってきた。夜になれば帰るけど、昼になればサミュエルを連れたお兄様が私の部屋に現れる。そんな日々を過ごし、悠々と屋敷にこもっていた私のもとにサミュエル以外の客が来た。


 長期休暇前にも顔を合わせた騎士様が不機嫌な顔を張りつけて、何故か私に会いに来た。


「……最近教皇のご子息が日参されていると聞きましたが、本当ですか」


 リューゲがいるからかかしこまった口調の騎士様はソファに腰をおろすなり私を糾弾してきた。実際のところはわからないけど、騎士様の表情や口振りが威圧的だったので、私は糾弾されている気分になった。


「ええ、そうですわね。従姉弟同士の交流も大事だとお兄様がおっしゃるのでお会いしていますわ」
「殿下はこちらに足を運ばれていないそうですが……」
「忙しいのではないかしら。ご多忙な方ですもの」


 そういえば王子様はどうしているのだろう。ヒロインに会いに貴族街から抜け出しているのかもしれない。自由奔放な王子様が城にこもって愛する女性のことを想っているだけの姿は想像できない。


「殿下のことでしたらあなたのほうが詳しいのではなくて? 殿下の護衛でしょう」
「城にいる間は俺ではなくアドルフが護衛の任についております」


 誰だ。


「まあ、そうですのね。殿下のおそばを片時も離れていなかったので、学園内だけの護衛だということを忘れておりましたわ」


 騎士様の顔が不快そうに歪んだ。これは私の嫌味が癇に障ったからか、あるいは王子様を守れないのが悲しいからなのか――どちらもありそうだ。


「それで、本日はどのようなご用件でいらっしゃったの? 私も多忙な身ですので、手短に済ませてくださるかしら」
「……殿下が間もなく十六になるのでどのような贈り物を用意しているか確認しに参りました」


 そういえば王子様は星の月の生まれだった。盛大に祝うのが十歳の誕生祝だけなので忘れていた。


「その顔は忘れていたな……やはり俺が来て正解だったか……」


 深い溜息と共に独り言のように呟くと、呆れかえった目で私を見てきた。忘れていたことは申し訳ないとは思うけど、私にだって言い分はある。
 何しろ誕生日を祝うのは十歳のときだけで、それ以外は特にこれといったことはしない。だから王子様からの贈り物にも驚いたし、王子様の誕生日も忘れていた。
 祝いもしないものを六年も覚えていろというのは、無理があると思う。


「自分の婚約者の誕生日ぐらい覚えてください」


 ――ということを訴えたら、よりいっそう呆れた目で見られた。


「あなたのことだからろくでもない物を用意していると思い来てみれば……まさか用意すらしていなかったとは……。いいですか、殿下の誕生日に間に合うように贈り物を用意するのがあなたの務めです」


 一応王子様から貰ったのでお返しすることは構わないが、問題は相手が王子様だということだ。
 何しろ王子様は一国の王子。欲しいと思ったものはいくらでも得られる立場にいる。そんな相手に何を贈れと言うのか。
 正直な話、私は王子様の好みすら知らない。唯一わかっているのは王妃様が大好きだということぐらいだ。贈り物の目星すらつかない私はとりあえず断ることにした。


「毎年祝っていなかったのですから、今年だけ特別に何かするのはおかしいと思いますわ」
「今年だからこそ、ですよ」


 本気で言っているのか、と探るように言われた。そして騎士様は壁に掛けられている時計を見てから、慌ただしく立ち上がった。


「私は鍛錬があるので失礼しますが、殿下への贈り物はまともな物を用意するようにお願いします」


 言い終えるとさっさと帰ってしまった。来るのも急なら帰るのも急だ。忙しい合間を縫って来たのだと思えば少しはマシに――思えるはずがない。やはりどこまでも失礼な騎士様だ。


「ねえ、リューゲ。今年って何かあるのかしら」
「さあ? ボクは人間の文化には疎いから知らないよ」


 嘘だ。教会の教えにすら精通しているリューゲが知らないはずがない。だけど教える気がないということはわかった。ならば何を言ったところで教えてはくれないだろう。




 よくわからなかったので頭の隅に追いやり、サミュエルとの交流に勤しんでいた私に騎士様の言っていたことの意味を教えてくれたのは、帰ってきたお母様だった。


「ルシアン殿下への贈り物は決めたのかしら」


 さも当たり前のことように聞かれて、私は夕食を喉につまらせかけた。よくわからなかったので放置しましたとは言えない。
 水で食べ物を流しこんだ私は、にこにこと笑っているお母様に曖昧な笑みを返した。


「まあ、まだ決まっていないのね。十六のお祝いをするのは婚約者の役目なのだから、ちゃんと用意しないと駄目よ」


 悪戯をした子どもを諭すように言われ、私はただ頷くことしかできなかった。
 よくわからないが、十六というのは大事な年らしい。そしてよくわからないが、婚約者は祝わないといけないらしい。駄目だ、わからないことだらけだ。


「あら……もしかして知らないのかしら。十六は大人になる年だから、今後も一緒にいましょうと祝い合うものなのよ」
「でも、成人の儀は二十なのに、どうして十六でも祝いますの?」


 誕生日を祝うのは十と二十だと覚えていた私は、首を傾げながらお母様に問いかけた。お母様は虚を突かれたような表情で、視線を虚空に漂わせる。


「そういえば、そうね……どうしてだったかしら……」


 ぼんやりとした声色に助け船を出したのは、静かに食事していたお父様だった。


「昔は十六で成人だったから、そのときの名残りだろう」
「十六で相手のいない者もいるから、無理に何かあげなくてもいいんだよ」


 お父様は重々しく、お兄様は穏やかに言った。お父様の言葉の内容は重々しく言うようなことではないと思うけど、お父様はいつでも重々しい人だ。
 まあ、それは駄目よとお兄様を諭すお母様の声を聞きながら、私はどうしたものかと頭を悩ませる。
 婚約はいつかなくなる。それなのに一緒にいようと贈り物をするのは、違う気がする。
 だけど今は婚約している身だ。それにヒロインと取り合っているという噂が流れている現状、王子様に贈り物をすることで私は真剣に王子様を想っていて、それが理由でヒロインに嫌がらせをしていると周囲に見せることができるかもしれない。
 そうは思うのだけど、そういう意味合いのものなら私ではなくヒロインがあげるべきだとも考えてしまう。私から貰ったところで王子様は喜ばないだろうし、喜ばれない贈り物はただひたすらに邪魔なだけだ。
 好みも何も知らないけど、私と王子様の付き合いは十年にも渡る。長年の知人に贈り物をするのだから喜んでもらいたい。だけど――何をあげれば喜んでくれるのかわからない。




 悩みに悩んだ私は――とりあえずリューゲに相談することにした。




「あげるかあげないか、それが問題なのよね。あげるにしても何を贈ればいいのかもわからないし、だけど贈らないのもそれはそれとして婚約者としてどうかと思うし、どうすればいいかしら」
「悩むぐらいなら適当に何かあげればいいじゃないの。そのへんに落ちてる石ころとかでも贈ったことになるでしょ」


 相談した結果、ものすごく適当なことを言われた。リューゲは王子様に対して辛辣だ――いや、違うな。人間全般に辛辣だ。特に私に対して。
 まあ、でも、相談した甲斐はあった。悩んだところでどうしようもないことがわかった。なるようになれと私はまた王子様に対する贈り物問題を放棄した。


 実際、私が悩んだところで結果は変わらなかった。
 お母様に贈り物を買いに行きましょうと誘われた私は、お母様とのお出かけという甘美な響きにすぐに飛びついたのだから。


 お母様と一緒に出かけたことはほとんどない。精々が家族で出かけるぐらいで、ふたりきりはこれが初めてかもしれない。お買い物は屋敷に来る商人に頼めば終わるし、私はよく謹慎を食らって引きこもっていた。


 嬉しいな、嬉しいな、と大はしゃぎの私をお母様は暖かい目で見守ってくれている。ちなみにリューゲはいない。お母様の侍女もいるので、成人男性が混ざるのは視界的に邪魔かなと思って置いてきた。


 置いてくるときにおかしなことしないでよねと不安そうに言われたが、安心してほしい。お母様の前での私は借りてきた猫のように大人しくなる。
 そう言って胸を張る私にリューゲは、猫は気性が荒い生き物だから大人しい猫なんていないと教えてくれた。猫を飼っているという話を聞いたことがないのはそのせいだったのか。
 衝撃的な事実を知った私は、リューゲのなんでもいいけど大人しくしてるんだよという念押しを聞き流した。


 コスモスといい、猫のことといい、私が思っているよりもこの世界の生態系は私の知識にあるものとは違うのかもしれない。馬車を引いている馬もどことなく知識にある馬とは違うような、そうでもないような――実物を見たことのない私には判断つかなかった。
 そのうち植物図鑑や動物図鑑をじっくりと読み直そうと決めたあたりで、馬車が止まった。どうやら到着したようだ。


 お母様が懇意にしている宝石商の店に入った私は、店内のきらびやかさに圧倒された。右を見ても左を見ても宝石が飾られている。天井に埋められた光石の光で、ものすごく輝いて見えた。
 店主とお母様が話しているのを横目に宝石をひとつひとつ眺めていく。きらきらと輝いている宝石たちはどれも綺麗だった。どれがいいものなのかとかまったくわからないぐらい、どれも綺麗だ。私の審美眼は曇っている。


「気に入ったものはあったかしら」
「どれも素敵で目移りしてしまいますわ」


 青くてきらきらしててガラス玉よりも綺麗だな、という貧相な感想しか抱けない私では選びようがない。王子様の好きな色も好きな宝石も知らない。交換日記で書いていたかもしれないけど、覚えていない。
 王妃様の目と同じ色だからヒロインに惹かれたといういきさつを持つ王子様だから、青色の宝石なら喜んでくれるかもしれない。しかし、私の目も青い。私の目の色の宝石を贈ったと思われるかもしれない。
 王子様はそこそこ優しいのでそれでも使ってくれるかもしれないが、結ばれた後のヒロインの心情を思うと私を連想しそうな宝石は避けるのが無難だろう。
 青い宝石は濃かったり薄かったりと数種類あるので、この中から王妃様の目の色に近いものを選べばいいのかもしれないけど、ひとつ問題がある。王妃様の目の色なんて覚えていないことだ。銀髪で青い目で、妖精のようだったというふわっとしたことしか覚えていない私の記憶力では、王妃様と同じ色をした宝石を選ぶことはできなかった。


「実用的なものがいいかしら、それとも装飾品……レティシアはどちらがいいと思う?」
「え? えーと、それでは実用的なもので」


 適当に答えるとお母様は私を店内の奥へと案内した。そこには大きめのガラスケースが置かれており、中に入っているのはきらきらした宝石、ではなく華美な装飾が施された物たちが並んでいた


「宝石を選んで加工していては間に合わないわ。この中から選びなさい」


 よかった、私の目が曇っていても問題なさそうだ。私は万年筆や使い道のわからない細長い箱などを順々に見ていく。そして、これしかないというものに巡り合った。
 それは花の彫刻と青い小さな宝石で飾られた、王妃様の色だとすぐにわかる銀色の万年筆だった。実用的とは思えないほど高級感あふれる代物だが、これなら王子様も喜んでくれるだろう。




 王子様への贈り物という難題を乗り越えた私は、開放感に浸りながら眠りに落ち――久しぶりの夢を見た。

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