悪役令嬢を目指します!
第十四話 『一番大切なことは何か――それを教えてあげよう』
ゆっくりとした教師の語り口調を聞き流しながら、私は放課後どうするかを考えていた。
今日の魔法学ではヒロインにこれといったアプローチはかけていない。というのも、ヒロインは一番最後に来て一番最初に帰るから話しかける隙がなかったからだ。休憩時間中はクラリスにいちゃもんをつけられるのを嫌ってか、完全に姿をくらませていた。
なので、ヒロインよりも先に王子様に話をつけよう。そう考えたのだが、これといっていい文句が思いつかない。
勉強が苦手なヒロインがついてこれるように、というのはどうにも悪役らしくない。悪役らしい理由でヒロインの勉強を応援する方法は何かないだろうか――お昼からずっと考えているのに、いまだに結論が出ない。
「ローデンヴァルト国は鉱山が多く、光石などの資源に恵まれ――」
それにしても、この教師の喋り方はどうにかならないのだろうか。歴史と地理を兼用で教えている老いた教師は、のんびりとした雰囲気で話している。地理はまだマシだが、歴史は眠くてしかたなかった。
百年ほど前に全土を巻き込む争いが起きて、それ以前について記されていた歴史書がすべてなくなったとかで、しっかりと歴史書が残されているのが九十年分しかない。なので九十年間についてを重点的に教わっているけど、この国の歴史だけでなく、遠く離れた国の歴史まで学ばされる。自分が見たことも行ったこともない国の何代目の王様が何したとか聞かされても、興味がわくはずがない。
なくなった歴史についても多少教わるのだが、そちらはそちらでどこの神話かファンタジー小説かといった具合だ。とりあえずなんでもかんでも女神様が出てくる。これはこれで頭に入らない。
それにしても、百年ぐらい前は魔王が出たりゲームの舞台になったり、聖女が出たり歴史書がなくなったりと大忙しだ。前者二つについては学ばないけど。
というか、歴史書がなくなった争いは魔王を差しているのではないだろうか。魔王がいるような状況で国同士で争う余裕があるとは思えない。
一作目のゲームでは魔王がいなくなってから十年ほど経っていた。それでも魔族や魔物が村々を襲っていたらしいから争うどころではないだろう。
失われた歴史について書かれている本はあるにはあったが、色々と混沌としていた。明確に残されているのは聖女が現れたということと、何やら大きな戦いがあったということだけ。あとは憶測だったり、推測だったり、妄想だったりと本によって様々だった。
聖女についても明確なことはわかっていない。出自ははっきりせず、髪の色からして黒髪が珍しくない国の生まれなのではないかと言われている程度だ。当てはまる国は二つあるけど、どちらも海に面した国で大陸ど真ん中にある我が国からは離れすぎている。今ですら馬車で半年はかかる道のりだ。百年前だともっとかかるかもしれない。それなのにわざわざ来たとは思えないとかなんとかではっきりしていない。
わかっているのは、大規模な癒しを行ったことと、聖女本人が女神様が遣わしたと宣言したことだけ。なので、聖女はどこの国にも生れ落ちていない天からの使者なのではないかと謳う人もいる。
聖女について学んでいたはずなのに、女神様は傷つく人々を見て悲しみ聖女を遣わした――という風に、何故か女神様の話になっていく奇天烈さだ。
聖女というワードや年代的に一作目の主人公なのではないかと推測したことはある。攫われた妹を助けるために癒しの力を発現したというのはとても主人公らしい。
だけどそれはありえないと、自分で否定した。一作目の主人公は目は青かったが、髪が黒ではなく白だった。
「――だからあんな夢を見たのかな」
荒唐無稽な夢が頭をよぎる。聖女と主人公を結びつけようとしたからあんな夢を見た、というのはありえそうだ。
「――それでは、この話の続きは休憩時間の後にしましょう」
休憩時間を告げる鐘の音に逃避していた思考を戻す。方法が思いつかなさすぎて完全に明後日の方向に思考が飛んでいた。
気を取り直して、とりあえず王子様と話そう。方法については、その後考えよう。
「ルシアン殿下、お聞きしたいことがございます」
「ん? 何かな?」
他国について話していた王子様と騎士様の間に割りこむ。騎士様が一瞬むっとした表情になったが、すぐに一歩下がって私に場を譲ってくれた。
「将来王妃になられる方にはどのような教養が必要だと思いますか?」
「王妃に……?」
訝しげな表情をされた。それもそうだろう。完全に今の授業とは関係のない話だ。
とりあえず全科目教えるのは無理だろうから的を絞ろうと思い、単刀直入に本人に聞くことにしたけど失敗だったかもしれない。
「……まあ、他の国との会談に参加したりもするから、それなりの教養は必要だと思うよ」
さすが真面目な王子様。素直に答えてくれた。
しかし、他国との会談か。そんな腹の探り合いのような場は、私のような小心者では耐えられそうにない。やはり王妃にだけはなりたくない。
「ええ、それはわかっておりますわ。もし時間がないとしたら、優先されるのはどのような科目だと思いますか?」
「……率直に聞くけど、それは君が王妃になりたいとかっていう話ではないよね?」
「そのようなこと、まったく、これっぽちも思っておりませんのでご安心くださいませ」
むしろ王妃にならないために奮闘しているぐらいだ。
王子様は眉間に寄っていた皺をほどき、傍らに立つ騎士様にちらりと視線をやってから朗らかな笑みを浮かべた。
「母上は他国の情勢を知るために歴史を深いところまで調べていたよ。それから――ああ、そうだ。話題作りのために色々な料理や食材に手を出してもいたね。後は貴族同士のやりとりにも気を配っていたし、そうそう、君も覚えているだろうけど城の花の選別なども母上がおこなっていたかな。城に招いた人の目を楽しませるためだといって――」
王子様の変なスイッチを押してしまったようで、休憩時間が終わるまで王妃様賛美を聞かされた。
やはり私に王妃は無理だと再確認するだけで、糸口は掴めなかった。
ならばしかたない。実力行使だ。
「一緒に来てくださるかしら」
聞いておきながら有無を言わせず王子様を引っ張る。教室を出る間際に、出しっぱなしになっている教科書を片づけたりするように騎士様に命じていた。
手を引かれながら大人しく私についてきた王子様だけど、さすがに階段を降りたりしたら気になってきたのかそわそわとした様子で質問を投げかけてきた。
「それで、どこに行くの?」
「下級クラスですわ」
なんで、という王子様の疑問を黙殺して下級クラスの扉を勢いよく開ける。
「平民はいるかしら」
ぐるりと教室内を見回したがヒロインの姿が見当たらない。下級クラスの面々は突然やってきた王子様を見て固まっている。
「え、あの、クロエさんは、もうお帰りに――」
扉の一番近くにいた男の子がおどおどしながら教えてくれた。この子には見覚えがある。確かクラリスが私の誕生祝でカップを割ったときにも教えてくれた子だ。
気弱なんだか度胸があるのかよくわからないが、いい事を教えてくれた。この世界には「さん」という敬称があることがこれでわかった。
いや、そうじゃない。
「授業が終わってすぐに出たのかしら」
「は、はい。今日は芸術が最終授業でしたので、ここには立ち寄らずに帰りました」
しまった。そういえばそうだった。どうりで教室にいる人が少ないはずだ。
移動教室が最終授業の場合は教室に寄ってから帰ってもいいし、そのまま戻ってもいいことになっている。ホームルームという概念はない。
「そう。ならいいわ」
そう言って、私は扉を閉めた。
「それで、何がしたかったのか教えてくれるかな」
扉が完全に閉まり切ってから、王子様は胡乱な目を私に向けてきた。
ここまで様子見を続けていた王子様の追求は凄まじかった。誤魔化そうとしたり嘘を言おうとしたらすぐに看破され、逃してもくれず、私は勉強が苦手なヒロインに勉強を教えてあげようと思ったということを白状させられた。
――そこに悪役らしさはなかった。
今日の魔法学ではヒロインにこれといったアプローチはかけていない。というのも、ヒロインは一番最後に来て一番最初に帰るから話しかける隙がなかったからだ。休憩時間中はクラリスにいちゃもんをつけられるのを嫌ってか、完全に姿をくらませていた。
なので、ヒロインよりも先に王子様に話をつけよう。そう考えたのだが、これといっていい文句が思いつかない。
勉強が苦手なヒロインがついてこれるように、というのはどうにも悪役らしくない。悪役らしい理由でヒロインの勉強を応援する方法は何かないだろうか――お昼からずっと考えているのに、いまだに結論が出ない。
「ローデンヴァルト国は鉱山が多く、光石などの資源に恵まれ――」
それにしても、この教師の喋り方はどうにかならないのだろうか。歴史と地理を兼用で教えている老いた教師は、のんびりとした雰囲気で話している。地理はまだマシだが、歴史は眠くてしかたなかった。
百年ほど前に全土を巻き込む争いが起きて、それ以前について記されていた歴史書がすべてなくなったとかで、しっかりと歴史書が残されているのが九十年分しかない。なので九十年間についてを重点的に教わっているけど、この国の歴史だけでなく、遠く離れた国の歴史まで学ばされる。自分が見たことも行ったこともない国の何代目の王様が何したとか聞かされても、興味がわくはずがない。
なくなった歴史についても多少教わるのだが、そちらはそちらでどこの神話かファンタジー小説かといった具合だ。とりあえずなんでもかんでも女神様が出てくる。これはこれで頭に入らない。
それにしても、百年ぐらい前は魔王が出たりゲームの舞台になったり、聖女が出たり歴史書がなくなったりと大忙しだ。前者二つについては学ばないけど。
というか、歴史書がなくなった争いは魔王を差しているのではないだろうか。魔王がいるような状況で国同士で争う余裕があるとは思えない。
一作目のゲームでは魔王がいなくなってから十年ほど経っていた。それでも魔族や魔物が村々を襲っていたらしいから争うどころではないだろう。
失われた歴史について書かれている本はあるにはあったが、色々と混沌としていた。明確に残されているのは聖女が現れたということと、何やら大きな戦いがあったということだけ。あとは憶測だったり、推測だったり、妄想だったりと本によって様々だった。
聖女についても明確なことはわかっていない。出自ははっきりせず、髪の色からして黒髪が珍しくない国の生まれなのではないかと言われている程度だ。当てはまる国は二つあるけど、どちらも海に面した国で大陸ど真ん中にある我が国からは離れすぎている。今ですら馬車で半年はかかる道のりだ。百年前だともっとかかるかもしれない。それなのにわざわざ来たとは思えないとかなんとかではっきりしていない。
わかっているのは、大規模な癒しを行ったことと、聖女本人が女神様が遣わしたと宣言したことだけ。なので、聖女はどこの国にも生れ落ちていない天からの使者なのではないかと謳う人もいる。
聖女について学んでいたはずなのに、女神様は傷つく人々を見て悲しみ聖女を遣わした――という風に、何故か女神様の話になっていく奇天烈さだ。
聖女というワードや年代的に一作目の主人公なのではないかと推測したことはある。攫われた妹を助けるために癒しの力を発現したというのはとても主人公らしい。
だけどそれはありえないと、自分で否定した。一作目の主人公は目は青かったが、髪が黒ではなく白だった。
「――だからあんな夢を見たのかな」
荒唐無稽な夢が頭をよぎる。聖女と主人公を結びつけようとしたからあんな夢を見た、というのはありえそうだ。
「――それでは、この話の続きは休憩時間の後にしましょう」
休憩時間を告げる鐘の音に逃避していた思考を戻す。方法が思いつかなさすぎて完全に明後日の方向に思考が飛んでいた。
気を取り直して、とりあえず王子様と話そう。方法については、その後考えよう。
「ルシアン殿下、お聞きしたいことがございます」
「ん? 何かな?」
他国について話していた王子様と騎士様の間に割りこむ。騎士様が一瞬むっとした表情になったが、すぐに一歩下がって私に場を譲ってくれた。
「将来王妃になられる方にはどのような教養が必要だと思いますか?」
「王妃に……?」
訝しげな表情をされた。それもそうだろう。完全に今の授業とは関係のない話だ。
とりあえず全科目教えるのは無理だろうから的を絞ろうと思い、単刀直入に本人に聞くことにしたけど失敗だったかもしれない。
「……まあ、他の国との会談に参加したりもするから、それなりの教養は必要だと思うよ」
さすが真面目な王子様。素直に答えてくれた。
しかし、他国との会談か。そんな腹の探り合いのような場は、私のような小心者では耐えられそうにない。やはり王妃にだけはなりたくない。
「ええ、それはわかっておりますわ。もし時間がないとしたら、優先されるのはどのような科目だと思いますか?」
「……率直に聞くけど、それは君が王妃になりたいとかっていう話ではないよね?」
「そのようなこと、まったく、これっぽちも思っておりませんのでご安心くださいませ」
むしろ王妃にならないために奮闘しているぐらいだ。
王子様は眉間に寄っていた皺をほどき、傍らに立つ騎士様にちらりと視線をやってから朗らかな笑みを浮かべた。
「母上は他国の情勢を知るために歴史を深いところまで調べていたよ。それから――ああ、そうだ。話題作りのために色々な料理や食材に手を出してもいたね。後は貴族同士のやりとりにも気を配っていたし、そうそう、君も覚えているだろうけど城の花の選別なども母上がおこなっていたかな。城に招いた人の目を楽しませるためだといって――」
王子様の変なスイッチを押してしまったようで、休憩時間が終わるまで王妃様賛美を聞かされた。
やはり私に王妃は無理だと再確認するだけで、糸口は掴めなかった。
ならばしかたない。実力行使だ。
「一緒に来てくださるかしら」
聞いておきながら有無を言わせず王子様を引っ張る。教室を出る間際に、出しっぱなしになっている教科書を片づけたりするように騎士様に命じていた。
手を引かれながら大人しく私についてきた王子様だけど、さすがに階段を降りたりしたら気になってきたのかそわそわとした様子で質問を投げかけてきた。
「それで、どこに行くの?」
「下級クラスですわ」
なんで、という王子様の疑問を黙殺して下級クラスの扉を勢いよく開ける。
「平民はいるかしら」
ぐるりと教室内を見回したがヒロインの姿が見当たらない。下級クラスの面々は突然やってきた王子様を見て固まっている。
「え、あの、クロエさんは、もうお帰りに――」
扉の一番近くにいた男の子がおどおどしながら教えてくれた。この子には見覚えがある。確かクラリスが私の誕生祝でカップを割ったときにも教えてくれた子だ。
気弱なんだか度胸があるのかよくわからないが、いい事を教えてくれた。この世界には「さん」という敬称があることがこれでわかった。
いや、そうじゃない。
「授業が終わってすぐに出たのかしら」
「は、はい。今日は芸術が最終授業でしたので、ここには立ち寄らずに帰りました」
しまった。そういえばそうだった。どうりで教室にいる人が少ないはずだ。
移動教室が最終授業の場合は教室に寄ってから帰ってもいいし、そのまま戻ってもいいことになっている。ホームルームという概念はない。
「そう。ならいいわ」
そう言って、私は扉を閉めた。
「それで、何がしたかったのか教えてくれるかな」
扉が完全に閉まり切ってから、王子様は胡乱な目を私に向けてきた。
ここまで様子見を続けていた王子様の追求は凄まじかった。誤魔化そうとしたり嘘を言おうとしたらすぐに看破され、逃してもくれず、私は勉強が苦手なヒロインに勉強を教えてあげようと思ったということを白状させられた。
――そこに悪役らしさはなかった。
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