悪役令嬢を目指します!

木崎優

第三話 【――ありえない】



 考えていてもしかたないので、私は学園の散策をすることにした。どこかで偶然ヒロインに会えれば御の字だ。もしも会えたら後をつけて部屋を突きとめよう。


 とはいっても、学び舎に入れるわけではないので散策する場所は主に男子寮と女子寮の間にある建物に限られる。購買、食堂、図書室その他色々入っている建物は遊戯棟と呼ばれているらしい。
 私は渡された冊子に載っていた地図を見ながら、その多目的棟に向かった。


 真面目に部屋にこもって勉強している生徒は少ないのか、遊戯棟は賑わっていた。そこそこの広さがあるので狭苦しいという感じではないが、同じ服装に身を包んだ人たちがここまで集まると圧倒される。はるか昔の、前世の記憶では当たり前だったはずの光景なのに、物心ついた頃から引きこもっていた今の私には刺激が強い。ただでさえ人の顔を覚えるのが得意ではないというのに、これでは誰が誰だかわからなくなりそうだ。


「とりあえずは図書室よね」


 背後に控えるリューゲに目的地を伝える。そこまでお腹は空いていないから食堂には用がないし、購買も初日から買わないといけないものはない。遊戯室なんかは人で溢れかえっていそうだから絶対行きたくない。


 結果、慣れすぎている本に囲まれた空間を選んだ。




 
 図書室に入ってすぐのところにいた司書さんに名前を告げて、本棚をひとつひとつ確認する。家の書庫にはなかった本が山ほどある。どれを読もうかと悩んでいたら、見慣れすぎた人が図書室の一角で本を読んでいるのを見つけた。
 椅子に腰かけ、本を捲る姿はさすがに絵になっている。気付かれる前に踵を返そうとしたが、どうやら手遅れだったようだ。
 不意に上げられた顔が私に気づくと、綻んだ。


「学力試験があるのに勉強しなくていいの?」


 立ち上がり私に近づいてくると、開口一番失礼なことを言ってきた。読書の続きを楽しんでほしい。


「殿下こそ――ああ、優秀な殿下には勉強など必要ないということかしら」
「今は歴史書を読んで勉強していたところだよ。それに、殿下じゃないよね」
「……どうにも慣れなくて、ルシアン殿下」


 机の上に置き去りにされた分厚い本は歴史書だったのか。歴史は私がもっとも苦手としている分野だ。正直、この教科だけは自信がない。ほかの学問は満点が取れるのかと聞かれたら首を振るしかないが、歴史よりはいいはずだ。


「君は何を読みに来たのかな?」
「これといって目当てのものはありませんわ。面白いものがないかと見にきただけですもの」
「そう。じゃあ、歴史について教えてあげようか? たしか、君が一番苦手な科目だったよね」


 何故知っている。これまで私の勉強について教えたことはないはずだ。教えたのは屋敷に勤める人たちか、あるいは家族か――そのどちらもありえそうなのが怖い。


 ちらりとリューゲに視線を送るとにこやかな笑みのまま頷かれた。これは教えてもらえということだろう。私の教育係も兼任しているリューゲは、下手な点数を取ることを許してはくれないだろう。
 リューゲに学力試験があることを教えなかったことが裏目に出たか。もしもここで王子様の申し出を断ったら、試験があることを教えなかったことを問い詰められ、寝ることすら許さない地獄の勉強が行われそうだ。




「それでは、お言葉に甘えさせていただきますわ」


 リューゲの勉強よりは王子様に習うほうがまだ楽だと考え、渋々と王子様が座っていた椅子の隣に腰を下ろす。間に歴史書を置いて、王子様の解説がはじまった。
 図書室でお喋りしていてもいいのか少し不安になったが、司書さんが何も言ってこないあたり問題ないのだろう。王子様相手だから文句が言えないだけかもしれないけど。




 だいぶ時間が経ち、歴史書の最後の一頁を閉じる。最後の頁には隣国と結ばれた条約について書かれていた。どうやらこの歴史書は最近発行されたもののようだ。
 隣国との戦争が行われていたのは今から十五年前。五年に渡る戦争はとっくの昔に終わっている。だが、条約が結ばれたのはつい最近のことだった。十年近く何をやっていたのかと言うと、色々な擦り合わせやら、教会が間に入ってきたり、我が国の王様が隣国の姫を妃に迎えるのを断ったりとかの――ろくでもない理由のせいだ。


 やはりこの国の王族はおかしいと思う。




「もう遅いし、よかったら一緒に食事でもどうかな」
「あら、で――ルシアン殿下とご一緒だなんて、緊張してしまいますわ」


 歴史書を本棚に戻しながら図書室を出ようとして、後ろを歩いていたはずのリューゲが少し離れた場所で足を止めているのに気づいた。


「どうしたの?」


 私が後ろを振り返り、王子様が図書室を出た瞬間、大きな音がした。
 驚いて入口のほうを見ると、王子様が床に倒れ、そのそばに慌てふためく―ーヒロインがいた。


「ご、ごめんなさい!」


 顔を真っ青にさせたヒロインが深々と腰を折って、頭を下げている。
  ――もちろん、その足は宙に浮いていた。



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