悪役令嬢を目指します!
第二話 『ああ、ああ、なんと素晴らしいことだろう!』
ありえない。
何度も頭の中で繰り返した言葉が、私の視界を真っ白に染めていく。
どうして、どうして、どうして――――。
頭の中で何度もその言葉を繰り返す。
記憶違いはなかったはずだ。なのに、私の覚えているとおりのことが起きていない。
おかしい、ありえない。
信じられない光景を振り払おうとするが、目に焼きついてしまったものを消すことはできなかった。
転ぶことも、遅刻することもなく、浮いていた。
何かが、おかしい。これをおかしいと思わずして何をおかしいと思えばいいのか。
「……何をしてるの」
不意に声をかけられた。
いまだに聞き慣れない声に、硬くなった首をゆっくりと動かす。もしも私がブリキで作られていたらギギギという不快な音がしていただろう。幸い私の首は肉と皮で構成されているので、変な音が出ることはない。
「……王子様」
銀髪に紫の目、ゲームよりもたくましくなった王子様がそこにいた。
ヒロインもおかしければ王子様までおかしくなっている。
どうしてこうなった。
「遅刻するよ」
「はい、そうですね……えぇ、遅刻……」
遅刻。そう、ヒロインは遅刻するはずだった。遅い時間にやってきた王子様と出会い、恋に落ちる。
出会った瞬間にというわけではないが、出会いがなければ恋ははじまらない。
出会いがはじまっていないのなら、王子様とヒロインの恋は一体どうなる。
「……どうしよう」
「よくわからないけど、急ごうか」
ぐいと手を引っ張られ、無理矢理歩かされる。
「……どんな失敗をしたのか知らないけど、気にすることないよ」
「そう、でしょうか」
「だって、まだ学園に到着すらしてないんだから。ここから頑張ればいいんじゃないかな」
そう、か。
最初の一歩目でつまずいてしまったが、学園生活は三年間もある。その間に王子様とヒロインの仲が進展すればいい。それに、王子様とヒロインは同じクラスになる。
出会いが少し変わっただけで、何も問題はないはずだ。
攻略対象も王子様以外にもいるのだから、ここからどうとでも挽回できる。
「あら、そういえばどうしてルシアン殿下がこんなところにいらっしゃいますの?」
「……騒ぎにならないように遅く行くって言ったよね」
「ええ、覚えておりますけど……」
私は少し早めに出た。
それなのにどうして王子様がここにいるのか――理由はひとつしかない。
私が途方に暮れている間に、時間が経過しすぎたということだ。
「……遅刻してしまいますわ!」
「だから急いでるんだよ……」
入学式には間に合った。王子様とは講堂に入る前に別れ、私はひとりで空いていた椅子に座っている。
人心地ついたところで、入学式がはじまった。
学園長の話やら、教師の紹介やら、学園での注意事項などを聞き続ける。
学園での注意事項は、身分の差がないということや、食堂の利用時間、寮の門限などだった。
聖女が作った学園だからか、身分差に言及した規則が盛りこまれている。それでもきっと、従者を連れてこないという規則同様形骸化していると思う。貴族しかいない学園で、身分を気にするなというのはあまりにも無理がある。
これといったことは何もなく、入学式が終わった。この後は寮に向かうだけで、学舎に足を踏み入れるのは明日からになっている。講堂から出る際に分厚い冊子を手渡され、寮についたら読むようにと言われた。
寮は男子寮と女子寮に別れていて、食堂や図書室などが入っている大きな建物が間に建てられている。女子寮は向かって左側、入口で待っていた寮母と思わしき人が部屋の場所と一緒に鍵を渡してくれた。
全員分の部屋を覚えているのだとしたら、驚異的な記憶力だ。
「遅かったね」
扉を開けて真っ先に言われる。椅子に座ってくつろいでいるリューゲを見ると、もはやどちらが部屋の主かわからなくなりそうだ。
「予定どおりなのに文句を言われても困るわ」
一直線に寮に来たのだから、これ以上早くしようがない。寄り道して来なかっただけでもありがたく思ってほしいものだ。
私は貰った冊子を机の上に広げて、リューゲにお茶の用意を頼んだ。
冊子には、明日についてのことや入学式で言われた規則についてなどが書かれていた。明日は新入生一斉での学力試験が行われる。この試験の結果や爵位、魔力によってクラスが決まるので真面目に取り組むようにとの一文も添えられていた。
王族や公爵家の者はよっぽどの――学力試験最下位とか、魔力が少なすぎるとか――でない限りは上級クラスに割り振られると学園に来る前に教えられたので、これといって心配していない。
それよりも重要なのは、この学力試験が宰相子息との最初のイベントだということだ。
攻略対象は皆王族だったり、公爵家だったりするので上級クラスに所属する。平民のヒロインは本来下級クラスになるのだが、魔力の高さと学力試験二位という結果から上級クラスで学ぶことになった。
順位が張り出されることはないが、自分が何位だったのかは教えてもらえる。そして、三位という結果に宰相子息は誰が自分の上にいるのかを推理しはじめ、平民でありながら上級クラスにいるヒロインに目をつける――直接的な接触はないし、この段階でイベントが起きるわけでもない。ただ、宰相子息ルートが進んだ時に宰相子息自身の口からそう伝えられるだけだ。
だからといってのうのうと構えていることはできない。朝のことや軟弱じゃなくなった王子様のことを考えると、どこで何が起きるかわからない。
入学試験に遅刻しなかったから、学力試験に遅刻するとかがあってもおかしくない。
「リューゲ、ある人の部屋を教えて欲しいんだけど、わかるかしら」
「わかるわけないでしょ」
じっとりとした目つきで睨まれた。リューゲならこう、魔族的な不思議魔法でわかるかと思ったのに残念だ。
何度も頭の中で繰り返した言葉が、私の視界を真っ白に染めていく。
どうして、どうして、どうして――――。
頭の中で何度もその言葉を繰り返す。
記憶違いはなかったはずだ。なのに、私の覚えているとおりのことが起きていない。
おかしい、ありえない。
信じられない光景を振り払おうとするが、目に焼きついてしまったものを消すことはできなかった。
転ぶことも、遅刻することもなく、浮いていた。
何かが、おかしい。これをおかしいと思わずして何をおかしいと思えばいいのか。
「……何をしてるの」
不意に声をかけられた。
いまだに聞き慣れない声に、硬くなった首をゆっくりと動かす。もしも私がブリキで作られていたらギギギという不快な音がしていただろう。幸い私の首は肉と皮で構成されているので、変な音が出ることはない。
「……王子様」
銀髪に紫の目、ゲームよりもたくましくなった王子様がそこにいた。
ヒロインもおかしければ王子様までおかしくなっている。
どうしてこうなった。
「遅刻するよ」
「はい、そうですね……えぇ、遅刻……」
遅刻。そう、ヒロインは遅刻するはずだった。遅い時間にやってきた王子様と出会い、恋に落ちる。
出会った瞬間にというわけではないが、出会いがなければ恋ははじまらない。
出会いがはじまっていないのなら、王子様とヒロインの恋は一体どうなる。
「……どうしよう」
「よくわからないけど、急ごうか」
ぐいと手を引っ張られ、無理矢理歩かされる。
「……どんな失敗をしたのか知らないけど、気にすることないよ」
「そう、でしょうか」
「だって、まだ学園に到着すらしてないんだから。ここから頑張ればいいんじゃないかな」
そう、か。
最初の一歩目でつまずいてしまったが、学園生活は三年間もある。その間に王子様とヒロインの仲が進展すればいい。それに、王子様とヒロインは同じクラスになる。
出会いが少し変わっただけで、何も問題はないはずだ。
攻略対象も王子様以外にもいるのだから、ここからどうとでも挽回できる。
「あら、そういえばどうしてルシアン殿下がこんなところにいらっしゃいますの?」
「……騒ぎにならないように遅く行くって言ったよね」
「ええ、覚えておりますけど……」
私は少し早めに出た。
それなのにどうして王子様がここにいるのか――理由はひとつしかない。
私が途方に暮れている間に、時間が経過しすぎたということだ。
「……遅刻してしまいますわ!」
「だから急いでるんだよ……」
入学式には間に合った。王子様とは講堂に入る前に別れ、私はひとりで空いていた椅子に座っている。
人心地ついたところで、入学式がはじまった。
学園長の話やら、教師の紹介やら、学園での注意事項などを聞き続ける。
学園での注意事項は、身分の差がないということや、食堂の利用時間、寮の門限などだった。
聖女が作った学園だからか、身分差に言及した規則が盛りこまれている。それでもきっと、従者を連れてこないという規則同様形骸化していると思う。貴族しかいない学園で、身分を気にするなというのはあまりにも無理がある。
これといったことは何もなく、入学式が終わった。この後は寮に向かうだけで、学舎に足を踏み入れるのは明日からになっている。講堂から出る際に分厚い冊子を手渡され、寮についたら読むようにと言われた。
寮は男子寮と女子寮に別れていて、食堂や図書室などが入っている大きな建物が間に建てられている。女子寮は向かって左側、入口で待っていた寮母と思わしき人が部屋の場所と一緒に鍵を渡してくれた。
全員分の部屋を覚えているのだとしたら、驚異的な記憶力だ。
「遅かったね」
扉を開けて真っ先に言われる。椅子に座ってくつろいでいるリューゲを見ると、もはやどちらが部屋の主かわからなくなりそうだ。
「予定どおりなのに文句を言われても困るわ」
一直線に寮に来たのだから、これ以上早くしようがない。寄り道して来なかっただけでもありがたく思ってほしいものだ。
私は貰った冊子を机の上に広げて、リューゲにお茶の用意を頼んだ。
冊子には、明日についてのことや入学式で言われた規則についてなどが書かれていた。明日は新入生一斉での学力試験が行われる。この試験の結果や爵位、魔力によってクラスが決まるので真面目に取り組むようにとの一文も添えられていた。
王族や公爵家の者はよっぽどの――学力試験最下位とか、魔力が少なすぎるとか――でない限りは上級クラスに割り振られると学園に来る前に教えられたので、これといって心配していない。
それよりも重要なのは、この学力試験が宰相子息との最初のイベントだということだ。
攻略対象は皆王族だったり、公爵家だったりするので上級クラスに所属する。平民のヒロインは本来下級クラスになるのだが、魔力の高さと学力試験二位という結果から上級クラスで学ぶことになった。
順位が張り出されることはないが、自分が何位だったのかは教えてもらえる。そして、三位という結果に宰相子息は誰が自分の上にいるのかを推理しはじめ、平民でありながら上級クラスにいるヒロインに目をつける――直接的な接触はないし、この段階でイベントが起きるわけでもない。ただ、宰相子息ルートが進んだ時に宰相子息自身の口からそう伝えられるだけだ。
だからといってのうのうと構えていることはできない。朝のことや軟弱じゃなくなった王子様のことを考えると、どこで何が起きるかわからない。
入学試験に遅刻しなかったから、学力試験に遅刻するとかがあってもおかしくない。
「リューゲ、ある人の部屋を教えて欲しいんだけど、わかるかしら」
「わかるわけないでしょ」
じっとりとした目つきで睨まれた。リューゲならこう、魔族的な不思議魔法でわかるかと思ったのに残念だ。
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