悪役令嬢を目指します!

木崎優

閑話 それぞれの思惑2

 おかしい、おかしい、ありえない。
 じっと手に持った眼鏡を見つめながら頭を抱える。これは今まで行ってきた研究の集大成だ。誤作動を起こすはずがない。
 ならば、見たものが合っているはずだ。たとえそれがどれほどおかしくても。








 私はパルテレミー家の子として産まれた。五つの時に母が亡くなったため、私以外に子はいない。新しい妻をと父に進言しても、頷いてはくれなかった。
 万が一のことを考えて跡継ぎの予備を考えるべきなのに、父の考えは理にかなっていない。
 いくら言っても頑なな父に業を煮やした私は、万が一が起こらないように気を配り、家を継ぐ者として努力もした。
 そうやって過ごしているとき、私の耳にひとつの噂話が飛びこんできた。


 それまでは息子しかいないと思っていたシルヴェストル家に、聖女の血を継ぐ娘がいると聞いた私は、歓喜した。


 最初の聖女が現れたのは、今から百年ほど前だ。それ以来、教皇の娘は聖女と呼ばれている。
 百年前の聖女は結果として教会に入っているが、元は教会の生まれではない。どこの誰かもわからない聖女は大勢の傷を癒したとされている。教会の者にしか使えない力を、聖女は使えた。
 何故使えたのかはいまだにわかっていない。血に秘密があるのかもしれないし、当時の聖女にだけあった力だったのかもしれない。
 聖女の血の研究はパルテレミーの悲願だ。当時の聖女にしか備わっていなかった力だとしても、解明させることに意義がある。


 第二王子の誕生祝でようやく出会えた聖女の血を継ぐ娘は、すでに第二王子の婚約者になっていたが、本意ではなさそうだった。つけ入る隙があると踏んだ私は、彼女の誕生祝にも足を運んだ。


 踊っている最中にも探りを入れた私は、沈んだ表情で俯く彼女を見て、なんともいえない感情を抱いた。
 確かに彼女自身は第二王子との婚約を望んでいないのだろう。それでも、彼女がどうこうできる問題ではない。何せ王家との契約だ。彼女一人が異を唱えたところで聞き入れる者はいないことぐらい、簡単にわかる。
 それなのに馬鹿な質問をした自分が情けなくなった。


 どうにかして破談させられないかと父に相談した結果――私に婚約者ができた。
 異議を唱えた私に父はおかしなことを考えるなと反論した。愛する者と結ばれるのが一番だ、そう言って父は私の意思を余所に縁談を取り纏めた。
 ならば父のしていることはなんだと言うのだろうか。勝手に婚約者を決め、私の将来を決めた父の所業は、私のしようとしていたことと何が違う。


 そもそも、愛するが故に、父は新しい妻を娶ろうともしない。貴族としての在り方を無視するほどの価値が、愛にあるとは思えない。
 馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる私に、父は落胆の溜息を落とした。


 どれほど私が反対しようと、すでに決められた婚約を破棄することはできない。ならば、せめて聖女の力を少しでも知ろうとよりいっそう研究に没頭した。


 パルテレミーには元々研究肌の者が多い。父は魔道具開発に精を出しているし、祖父は光石について調べていた。もちろん、貴族業務が疎かにならない程度に研究していたのだが、私にはなんの制約もない。時間の許す限りを費やした。元々魔力自体に興味があったおかげで、そう苦労することなく完成させることができた。
 聖女の力が魔力によるものなのか、違うのか、それを知るために魔力を見れる眼鏡を私は作り出した。


 幸い、私の婚約者がシルヴェストル家の茶会に参加していたので頼みこんで私もお邪魔した。


 だが特にこれといっておかしな点はなかった。いたって普通、他の者とそう変わらない魔力を持っている。
 聖女の血には力がないのか、それとも魔力ではない力を使っているのか。そのどちらなのかは眼鏡ではわからなかった。
 次の研究をどうするか悩みながら、教育係だという男を見た瞬間――私の頭は真っ白になった。


 王家をも凌ぐ魔力をその男は持っていた。到底、人では扱えない量だ。




 もはやその後どうやって帰ったのかすら覚えていない


 眼鏡の誤作動はありえない。それまでは正常だったのに、あの男にだけ誤作動が起きるはずがない。
 ならば、あれは人ではないと考えるのが妥当だ。


 少しずつ冷静になってきた頭で、この事実を何かに利用できないかと模索する。
 人ではない生き物といえば、動物か魔物だ。だが、人型の魔物がいるなどという話は聞いたことがなく、教育ができる動物も聞いたことがない。


「しかし、人ではないものを仕えさせているという事実は使えるはずだ」


 あれが何かはわからない。それでも、人ではないと知っているだけでシルヴェストル家を揺さぶる材料にはなる。
 今まで聞いたことのない生き物だ。研究意欲もわいてくる。


「何言ってんだお前」


 私しかいないはずの部屋に、私のものではない声が響く。


「だ――!?」


 叫ぼうとした口が塞がれる。


「使うって? 誰が何を使うつもりなんだよ」


 頬に爪が食い込み、痛みで顔が歪む。一体何が起きているんだ。


「ガキが俺らを利用できるとでも思ってんのか?」


 聞かれても、口を塞がれた状態では答えられない。首を動かそうにも、完全に固定されている。
 私はただじっと見つめることしかできなかった。


「余計な仕事増やしやがって、どう埋め合わせしてくれるんだよ。こちとら気を休める暇すらねェってのに」


 苛立ち混じりに言われるが、わけがわからない。こいつとは会ったこともないし、見たことすらない。
 困惑していると私の口を塞いでいた手が離れた。だからといって叫ぶ気にはならなかった。
 もしもまた私が叫ぼうとしたら、こいつは同じように口を塞ぐだろう。いや、塞ぐだけならいいが、永遠に喋れないようにするかもしれない。


「今日見たことは忘れろ。催眠魔法は使いたくねェから、お前が何も言わないって約束するなら手は出さねェよ」
「見た、こと……?」


 絞り出した声は掠れている。それでも喋れたのは、こいつの言っていることがまったくわからなかったからだ。
 何もわからないまま頷いて、約束を反故にしたら私は殺されるかもしれない。ただひとりしかいない、パルテレミー家の子が死ぬわけにはいかない。


「見たんだろ。人じゃねェものを。それを忘れろって言ってんだよ」
「……あれか」


 シルヴェストル家にいた尋常ではない魔力を持った男。


「もしも少しでも誰かに喋ったら、首と胴体が離れるって思っとけよ」


 唇を噛み締めて、ゆっくりと頷く。異を唱える余地はない。
 死なないために、私は口を噤むことを選んだ。


「めんどくせェ」


 そう吐き捨てるように言って、消えた。
 まるで最初から私しかいなかったかのように、跡形もなく。





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