悪役令嬢を目指します!
第二十八話 最後の三週間8
球体は重かったので、中の光石だけを布に包んで持ち歩くことにした。入口の横にかかっていたランタンに火を灯して、薄暗い森の中を歩く。
明かりのそば以外は暗闇が広がっている。王都を囲っている城壁は見えない。篝火のひとうぐらいはあると思うが森の中からは見えそうにない。
「こっちで合ってる?」
「小屋の右側から来たから大丈夫だと思いますわ」
王子様の横に並びながら頷く。王子様のほうが身長があるので、ランタンは王子様に任せて私は転ばないように足元に注意を向ける。冷たい風が頬を撫でるたびに凍りつきそうになる。雪の上に転んだら大惨事間違いなしだ。
雪のせいか森の中はあまり音がしない。たまに獣の鳴き声が聞こえてくるのと、私たちの雪を踏み鳴らす足音が聞こえるだけだ。獣の鳴き声が聞こえるたびに不安を煽られる。猛獣対策なんて私は知らない。熊に会わないように歌うとか、死んだふりぐらいしか記憶にない。そもそも死んだふりはデマだった気がする。
鳴き声が聞こえるたびにびくっと体を震わせていたら、王子様がそっと手を繋いでくれた。今だけは甘えておこう。
ざくざくざくざくと雪を踏む音だけというのに我慢できなくなったのか、王子様が口を開いた。
「そういえば、君はあまり外に出ないよね」
「そうですわね。たまに散歩に行く以外は屋敷で過ごしてましたわ」
「今日出てみてどうだった?」
「中々よい経験をしたとは思いますが、このようなことはこれっきりにしてくださいませ」
じろりと睨むと王子様は肩をすくめて回答を避けた。次は絶対探しにこないことにしよう。
「殿下は外に出たことがありますの?」
「まあ、護衛とか色々一緒とはいえ他国に訪問したこともあるよ」
「城が退屈だとおっしゃっていましたから、出たことがないのかと思ってましたわ」
「回数は少ないからね。それに魔物が出るような場所には行けないし、市井も危ないからと行ったことがないんだ。一番近くにある場所に行ったことがないっておかしいだろ」
「抜け出そうとするほうがおかしいのに、ご自覚がありませんの?」
なんてことのない他愛もない話をする。普段は王妃様の話ばかりの王子様だけど、さすがに今日ばかりは話題にしたくはないのだろう。話題を探るように、私に質問を投げつけてくる。
好きな色は何かとか、好物は何かとか。そのどれにも当たり障りのない回答だけを返す。たとえばお菓子と答えたり、女の子らしく赤色と答えてみたり。実際にはお菓子はお菓子でも食べたいのは前世にあったスナック菓子だし、好きな色は灰色だ。
そんなこんなで、あと少しかなと思ったときに獣の唸り声が近くから聞こえた。
「走ろう。門まで行けば気づいてくれるはずだ」
ぐいと強く手を引っ張られて一歩踏み出すのと、目の前の土が盛り上がってくるのは同時だった。
「なっ――!?」
踏み出した足が予想地点よりも早くぶつかったせいでバランスが崩れる。なんとか踏みとどまったが、そうしている間にもどんどんと土が高くなっていき、もはや壁といっていいぐらいになっていた。
「魔物か」
王子様の呟くような声が聞こえ、ぐるりと後ろを振り返る。少し離れた場所、木々の合間に狼が五匹いた。目の数が一匹につき三つ。それだけで普通の狼と違うとわかった。横に並んでいる目はとても異様で、底知れぬ気持ち悪さを与えてくる。
三つ目狼は、お父様の手記に載っていた。
土を操るのが得意で、ひとつの群れには多くても十匹しかいない。群れというよりは家族単位で活動しているのだろう。それ以外は普通の狼と変わらない。
確かそう書いてあった。
三つ目狼たちは様子見でもしているのか、唸りながらもこちらに向かってこない。
「殿下、いけません」
狼が一目散にこちらに来ないことに気づき、王子様が私を背に庇うように一歩前に出た。公爵令嬢と第二王子では命の重さが違う。守られるべきは王子様だ。
私は服を掴んで抗議するが、王子様は微笑みながら首を横に振った。
「女の子の背に隠れるなんてできるわけがないだろう」
「ですが――」
押し問答している時間はくれなかった。四匹いるうちの一匹が大きく鳴いて、木の間を縫いながらこちらに駆け出してきた。
「五番目の奇跡よ。女神様の名のもとに敵を貫く刃となれ」
王子様が呪文を唱え終わるのと同時に、三つ目狼の前足を透明な液体が貫いた。すぐに霧散したが、貫かれた前足からは血が流れている。
「最後の奇跡を運ぶ尊きものよ。女神様の名のもとに敵を切り裂く刃となれ」
傷を負ったことによって失速していた狼の体が半分に割れた。上と下、大きく開かれていた口のところからぱっくりと二分割。
王子様の呪文内容から考えて風が三つ目狼を攻撃したのだろう。視認できない刃って怖いし、無残な姿に気もち悪くなる。
それにしてもさすが王族。魔力が多いせいなのか、それなりの威力があるのに王子様は顔色ひとつ変えていない。
これで引いてくれないだろうかと期待をこめて残り四匹を見たが、駄目そうだ。先ほどの一匹は先兵みたいな扱いだったのか、四匹は一瞥することもなくこちらを見て唸っている。
緊迫した時間を最初に破ったのは、三つ目狼の方だった。大きく吠え、駆け出してくる。今度は四匹同時に。
王子様の魔法がうち一匹をとらえるが、残りの三匹は気にかける事もなく突っ込んでくる。
「二番目の奇跡よ。女神様の名のもとに我らを守る盾となれ」
唱えたのは私。作り出したいものは、さっき見た。王子様と三つ目狼の間に、敵にやられたのと同じような壁を作り出す。勢いのままぶつかったのか、鈍い音が三つ聞こえた。
大きいものを作ったのは初めてだった。当たり前だけど、小さな光を作り出すよりも消耗が激しい。維持するのは無理だと判断して、すぐに壁を消した。
その瞬間を狙って、王子様が唱えていた呪文を発動させる。
「最後の命が作り出した英知よ。女神様の名のもとに、我に仇なすものを焼き尽くす業火となれ」
ごう、と大きな音と共に大きな火の柱が立ち上った。森林火災という言葉が頭をよぎるが、今はそれどころではない。一匹につき一本の柱が三つ目狼を覆っている。ぎゃうぎゃうと鳴きながら雪に体をこすりつけようとしたり、雪の下に潜ろうと掘ったりしているが、魔法で作られた火はそんな簡単には消せない。
鳴き声が聞こえなくなったあたりで、ようやく柱は消えた。残されたのは黒焦げになっているものが四つ。
「大丈夫ですか?」
あれだけの威力があるものを維持し続けたのだから、とんでもなく消耗しているだろうと思って声をかける。王子様はこちらを振り返り、にっこりと笑った。
「君こそ怪我はない?」
「あれで怪我するのは、転ばない限り無理ですわね」
頬を伝う汗に見て見ぬふりをする。やせ我慢がしたいのなら、花を持たせてあげよう。
「あれ――?」
改めて森を出ようと思ったところで、気づいた。
――私たちの行く手を阻んでいた壁が消えていないことに。
危ない、と聞こえたような気がする。いや、気のせいだったかもしれない。
気付いたら王子様に抱えられていて、三つの目がすぐ近くにあった。
「――ふ、きとべ!」
赤いものが視界をちらつき──私は魔法を発動させていた。
明かりのそば以外は暗闇が広がっている。王都を囲っている城壁は見えない。篝火のひとうぐらいはあると思うが森の中からは見えそうにない。
「こっちで合ってる?」
「小屋の右側から来たから大丈夫だと思いますわ」
王子様の横に並びながら頷く。王子様のほうが身長があるので、ランタンは王子様に任せて私は転ばないように足元に注意を向ける。冷たい風が頬を撫でるたびに凍りつきそうになる。雪の上に転んだら大惨事間違いなしだ。
雪のせいか森の中はあまり音がしない。たまに獣の鳴き声が聞こえてくるのと、私たちの雪を踏み鳴らす足音が聞こえるだけだ。獣の鳴き声が聞こえるたびに不安を煽られる。猛獣対策なんて私は知らない。熊に会わないように歌うとか、死んだふりぐらいしか記憶にない。そもそも死んだふりはデマだった気がする。
鳴き声が聞こえるたびにびくっと体を震わせていたら、王子様がそっと手を繋いでくれた。今だけは甘えておこう。
ざくざくざくざくと雪を踏む音だけというのに我慢できなくなったのか、王子様が口を開いた。
「そういえば、君はあまり外に出ないよね」
「そうですわね。たまに散歩に行く以外は屋敷で過ごしてましたわ」
「今日出てみてどうだった?」
「中々よい経験をしたとは思いますが、このようなことはこれっきりにしてくださいませ」
じろりと睨むと王子様は肩をすくめて回答を避けた。次は絶対探しにこないことにしよう。
「殿下は外に出たことがありますの?」
「まあ、護衛とか色々一緒とはいえ他国に訪問したこともあるよ」
「城が退屈だとおっしゃっていましたから、出たことがないのかと思ってましたわ」
「回数は少ないからね。それに魔物が出るような場所には行けないし、市井も危ないからと行ったことがないんだ。一番近くにある場所に行ったことがないっておかしいだろ」
「抜け出そうとするほうがおかしいのに、ご自覚がありませんの?」
なんてことのない他愛もない話をする。普段は王妃様の話ばかりの王子様だけど、さすがに今日ばかりは話題にしたくはないのだろう。話題を探るように、私に質問を投げつけてくる。
好きな色は何かとか、好物は何かとか。そのどれにも当たり障りのない回答だけを返す。たとえばお菓子と答えたり、女の子らしく赤色と答えてみたり。実際にはお菓子はお菓子でも食べたいのは前世にあったスナック菓子だし、好きな色は灰色だ。
そんなこんなで、あと少しかなと思ったときに獣の唸り声が近くから聞こえた。
「走ろう。門まで行けば気づいてくれるはずだ」
ぐいと強く手を引っ張られて一歩踏み出すのと、目の前の土が盛り上がってくるのは同時だった。
「なっ――!?」
踏み出した足が予想地点よりも早くぶつかったせいでバランスが崩れる。なんとか踏みとどまったが、そうしている間にもどんどんと土が高くなっていき、もはや壁といっていいぐらいになっていた。
「魔物か」
王子様の呟くような声が聞こえ、ぐるりと後ろを振り返る。少し離れた場所、木々の合間に狼が五匹いた。目の数が一匹につき三つ。それだけで普通の狼と違うとわかった。横に並んでいる目はとても異様で、底知れぬ気持ち悪さを与えてくる。
三つ目狼は、お父様の手記に載っていた。
土を操るのが得意で、ひとつの群れには多くても十匹しかいない。群れというよりは家族単位で活動しているのだろう。それ以外は普通の狼と変わらない。
確かそう書いてあった。
三つ目狼たちは様子見でもしているのか、唸りながらもこちらに向かってこない。
「殿下、いけません」
狼が一目散にこちらに来ないことに気づき、王子様が私を背に庇うように一歩前に出た。公爵令嬢と第二王子では命の重さが違う。守られるべきは王子様だ。
私は服を掴んで抗議するが、王子様は微笑みながら首を横に振った。
「女の子の背に隠れるなんてできるわけがないだろう」
「ですが――」
押し問答している時間はくれなかった。四匹いるうちの一匹が大きく鳴いて、木の間を縫いながらこちらに駆け出してきた。
「五番目の奇跡よ。女神様の名のもとに敵を貫く刃となれ」
王子様が呪文を唱え終わるのと同時に、三つ目狼の前足を透明な液体が貫いた。すぐに霧散したが、貫かれた前足からは血が流れている。
「最後の奇跡を運ぶ尊きものよ。女神様の名のもとに敵を切り裂く刃となれ」
傷を負ったことによって失速していた狼の体が半分に割れた。上と下、大きく開かれていた口のところからぱっくりと二分割。
王子様の呪文内容から考えて風が三つ目狼を攻撃したのだろう。視認できない刃って怖いし、無残な姿に気もち悪くなる。
それにしてもさすが王族。魔力が多いせいなのか、それなりの威力があるのに王子様は顔色ひとつ変えていない。
これで引いてくれないだろうかと期待をこめて残り四匹を見たが、駄目そうだ。先ほどの一匹は先兵みたいな扱いだったのか、四匹は一瞥することもなくこちらを見て唸っている。
緊迫した時間を最初に破ったのは、三つ目狼の方だった。大きく吠え、駆け出してくる。今度は四匹同時に。
王子様の魔法がうち一匹をとらえるが、残りの三匹は気にかける事もなく突っ込んでくる。
「二番目の奇跡よ。女神様の名のもとに我らを守る盾となれ」
唱えたのは私。作り出したいものは、さっき見た。王子様と三つ目狼の間に、敵にやられたのと同じような壁を作り出す。勢いのままぶつかったのか、鈍い音が三つ聞こえた。
大きいものを作ったのは初めてだった。当たり前だけど、小さな光を作り出すよりも消耗が激しい。維持するのは無理だと判断して、すぐに壁を消した。
その瞬間を狙って、王子様が唱えていた呪文を発動させる。
「最後の命が作り出した英知よ。女神様の名のもとに、我に仇なすものを焼き尽くす業火となれ」
ごう、と大きな音と共に大きな火の柱が立ち上った。森林火災という言葉が頭をよぎるが、今はそれどころではない。一匹につき一本の柱が三つ目狼を覆っている。ぎゃうぎゃうと鳴きながら雪に体をこすりつけようとしたり、雪の下に潜ろうと掘ったりしているが、魔法で作られた火はそんな簡単には消せない。
鳴き声が聞こえなくなったあたりで、ようやく柱は消えた。残されたのは黒焦げになっているものが四つ。
「大丈夫ですか?」
あれだけの威力があるものを維持し続けたのだから、とんでもなく消耗しているだろうと思って声をかける。王子様はこちらを振り返り、にっこりと笑った。
「君こそ怪我はない?」
「あれで怪我するのは、転ばない限り無理ですわね」
頬を伝う汗に見て見ぬふりをする。やせ我慢がしたいのなら、花を持たせてあげよう。
「あれ――?」
改めて森を出ようと思ったところで、気づいた。
――私たちの行く手を阻んでいた壁が消えていないことに。
危ない、と聞こえたような気がする。いや、気のせいだったかもしれない。
気付いたら王子様に抱えられていて、三つの目がすぐ近くにあった。
「――ふ、きとべ!」
赤いものが視界をちらつき──私は魔法を発動させていた。
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