悪役令嬢を目指します!

木崎優

第二十三話 最後の三週間3

 ゲーム開始時点でこの国の王子は三人いた。王太子と攻略対象の王子様と、そして幼い王子。
 王子様以外についてはさらっと書かれているだけで、顔は出なかった。第三王子についても、第二王子ルシアンというキャラクターの背景設定を語るために出てきたぐらいだった。


 王妃様の死について、ゲームでは第三王子を産んだ後運悪く亡くなったとしか書かれていなかった。


 第三王子について語られたのは二年に上がった後の最初のひと月目。彼の母親の命日だということで気落ちしていたところを、ヒロインが慰めるというイベントだった。


 最後の三週間なんてものはゲームで描写されてなかった。
 だから私は油断していた。


 最初のひと月目、つまり光の月で亡くなるはずの王妃様が、最後の三週間で亡くなるだなんて知らなかった。
 この世界ならあり得る可能性を私は考えていなかった。


 この世界では最後の三週間で


 だけど私は前世の知識からそんなことはないと知っている。実際ここでも四十週ぐらいで子は産まれてくる。
 なら最後の三週間で産まれた子供はどうなるか、私はそこを考えずにいた。


 今ならある程度の推測ができる。おそらく、ありえない存在は最初からなかったことにされてきたのだろう。だけどゲームでは第三王子は生きていた。王妃様が最後に産んだ子どもだからか、あるいは王族だからか、理由はわからないけど、なかったことにはならなかった。
 最後の三週間で産まれたことは伏せて、光の月に産まれたことにしたのだろう。だから王妃様の命日も光の月に変わった。
 本当の命日に母を偲ぶことができないから、ゲームであれほど落ちこんでいたのだと今ならわかる。


 もしも気づいていたら、何かできたかもしれない。そう考えて、私はゆっくりと目を瞑った。


 想像ではなんでもできるが、実際には何もできなかっただろう。治癒魔法を扱うこともできず、吹雪の中城に向かうこともできない私ではどうしようもない。
 危ないかもしれないからと口添えして、教会の者を多めに城に配置させることも、きっとできなかっただろう。王妃様の妊娠は伏せられていたし、そこに触れずに何か言ったところで心配性ぐらいにしか思われなかったに違いない。


 それでも考えてしまうのは、少なからず王妃様に親しみを抱いていたからだ。会ったのは一度だけだけど、王子様から色々話を聞いたし妖精の様な王妃様を好ましく思っていた。


 その程度の関わりの私ですらそう思ってしまうなら、八割以上が王妃様で占められていた王子様は、どれほど嘆き悲しんだことだろう。




 自然とフォークを持つ手に力がこもる。考えながらも私は食事を進めていたようで、お皿の上には何も乗っていない。
 お母様に部屋に戻ると言って、食堂を後にする。




 王妃様を失った王子様はどこに行くだろう。
 王子様と王妃様の思い出話は大部分が王城で終結していた。中庭で花を見たとか、書庫で一緒に本を読んだとか、幼い頃に絵本を読んでもらったとか。そんなところは騎士様がすでに探しているだろう。


 後は何を話していたか。
 バルコニーから見た星の話。王妃様が他国から嫁いできたという話。甘いものが好きで夜食に焼き菓子を食べた話。熱を出したときに優しく頭を撫でてくれた話。遊戯室で一緒に遊んだ話。ボールを投げて遊んでいたら王妃様が受け取りそこねて転んだ話。




「……遊戯室」




 私と王子様が二度目に会った場所。あのとき、何かを聞いた。


「お嬢様、どうかされましたか?」
「いえ、なんでもないわ」


 ぴたりと足を止めた私をマリーが不思議そうな顔で見てきてる。
 なんでもないという風を装って歩き出す。訝しげに見られたけど、マリーに相談出来るような内容ではない。


 自室に戻った私はマリーを下がらせて一人で考えにふける。


「遊戯室……王子様が私のところに来るきっかけになった場所」


 外に出たいと言うから、代案を出してあげた。そうだ、王子様は城から抜け出す方法を知っていた。
 監視がなければ抜け出せると言って、私を誘ってきた。


「どこ、だったかしら」


 あのときの私はとんでもない事を言い出したぐらいにしか思っていなかったから、半分以上聞き流していた。
 必死に思い出そうと、情景を思い浮かべる。お茶を飲みながら、悪戯っ子のような笑みを浮かべていた王子様。


「森の小屋」


 森の小屋に繋がっていると、確かにそう言っていた。




 確実にそこにいる保証はどこにもない。だけど私が思い当たる場所はここしかない。
 お父様に教えようにも、屋敷にはいない。王城に文を出す方法を私は知らない。
 そもそも、本当にいるかどうかも定かではない。徒労に終わる可能性だってある。
 もしも全然別の場所にいたら王子様の捜索を遅らせることになってしまう。


 王妃様が亡くなったということは、王城は大騒ぎになっているはず。
 最後の三週間ということで、王城も最小限の人員しか確保していないはずだ。
 王子様が抜け出せるほどの人手不足ということは、探せる人数も多くはない。私の憶測だけでその人員を奪うのは、正解ではないと思う。


「……私が直接見に行くしかないわね」




 衣装棚を開けて目当てのものを探す。華美なドレスは森に行くのに向いていない。幸い、私はドレス以外の衣装も持っている。魔法の練習をするために動きやすい服が欲しいと駄々をこねて手に入れた品だ。
 ズボンははしたないからと断固として拒否されたけど。


 ゆったりとした、ローブのようなワンピースを引っ張り出す。寒い時用のため、もこもことした手触りではあるが外の寒さを考えると少し心もとない。
 涼しいときのためにと用意されたワンピースも取り出してその二枚を着こむ。肌着は寒いとき用の暖かい素材のものなので、これで多少はマシになるだろう。


 準備が整ったので、扉に視線を向ける。あそこから出ると間違いなくマリーに見つかって、ワンピースを着ていることを指摘されるに違いない。
 ならば、と次に視線を向けたのは窓。光を取りこむためかそれなりの大きさがある。


 窓を開けて下を覗き込むと、真っ白な雪が溶けずに残っていた。あと数日もしたら完全に溶けきるけど、戦いの週はまだはじまったばかりだ。
 雪の上にダイブしても大丈夫かもと考えたが、すぐに思い直す。私の部屋は二階だ。それなりの高さがあるので、勢いがつきすぎて雪を突き抜けたら大変なことになる。
 雪に埋もれて凍死なんてことになったら笑えない。


 私は首を引っこめて、代わりに足を窓枠にかけた。


「最後の奇跡を運ぶ尊きものよ、女神様の名のもとに――」


 ぐぐっと何かが引っ張り出されるような感覚と共に、私は飛び降りた。


「――吹け!」


 地上まであと少しというところで最後の一語を発する。下から吹き荒れる風が私の体を少しだけ浮かせて、地面との接触を和らげた。




 和らいだとはいえ、バランスを崩した私は盛大に雪の上に突っ伏した。冷たい、けどとりあえず怪我はしてない。
 ぱたぱたと服についた雪を払って、足元を見る。思ったよりは積もっていない。吹雪の後だから相当積もってるかもと思ってたけど、これなら問題なく歩けそうだ。


 誰にも見つからないようにと壁を背にしながらゆっくりと歩く。眠りの週が終わったばかりだから、警備の人はいないし侍従も最小限。屋敷を抜け出すのは簡単だった。

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