悪役令嬢を目指します!

木崎優

第十九話 女騎士と悪役令嬢

 宰相子息とのダンスを終えた私は、他の誘いをすべて断って軽食の置いてある机に身を寄せた。
 踊って疲れたし、ちょっとお腹も空いた。綺麗な色で焼きあがっている焼き菓子を手に取って口に運ぶと、ほんのりとした甘さが口の中に広がった。すべてたいらげたい欲求を抑えつつも、別の焼き菓子に手を伸ばす。ドライフルーツが練りこまれていておいしい。


「主役なのに踊らなくていいんですか」


 あくまでもお淑やかに焼き菓子を頬張る私に話しかけてきたのは、先ほどまでそれはもう見事な踊りを披露してくれていた騎士様だった。


「少し疲れてしまいましたの。あなたのほうこそ、踊らなくてよろしいんですの?」


 女騎士様の姿が見当たらない。踊っている人の中にも見つけられず首を傾げる。


「あれは、一度で十分です」


 どうやらあのダンスは不本意なものだったらしい。騎士様の苦々しい表情がそう物語っている。
 女騎士様の腕白さに振り回されているのかもしれない。だからヒロインの穏やかさに惹かれたのか。


「宰相のご子息とは何を話していたんですか?」
「セドリック様とクリステル嬢の素晴らしい踊りについてお話していましたわ。それにしても、あれだけ踊りながら周囲に目を配れるだなんて、さすがですわね」


 私には絶対真似できない。
 心からの賞賛の言葉に、何故か騎士様は今にも舌打ちしそうな苦々しい顔になった。


「……もう少し場に合うように踊れと言っているんですが、クリステルが聞かないんですよ」
「あら、中々見れるものではありませんでしたし、あのままでもよろしいと思いますわよ」


 驚きはしたけど、不快な気もちは抱かなかった。
 成長した二人のダンスがどれだけ見事なものになっているのか、今から楽しみになってしまう。


「ほら、言っただろう。あれでいいんだよ」


 からからと軽快に笑いながら女騎士様が騎士様の肩に手を置いた。もう片方の手には肉が置かれたお皿がある。
 あんな分厚いお肉、用意していたっけ?


「だからって……いや、それ以前にその肉はどうした。そんなものなかったはずだ」
「ああ、何かがっつりと食べれるものはないかと聞いたら用意してくれた」


 悪びれない表情の女騎士様とは対照的に、騎士様ががっくりと肩を落としてうなだれている。


 真面目でよい子な女騎士様は、どうやらとっても型破りな方だったようだ。


「レティシア様、先ほどはお褒めいただけて光栄です。用意されていたものが口に合わないというわけではなかったのですが、どうにも空腹が誤魔化せず……不躾な私を許していただけますか?」


 女騎士様が私を見て眉を下げた。これで許さないといったら肉が無駄になるし、用意されたということはお母様が許可を出したのだと思うから、私から言えることは何もない。


「ええ、構いませんよ。あれだけ動いたのですもの。しかたないことですわ」
「そう言っていただけて幸いです」
「レティシア嬢よりも先に俺に声をかけたことも詫びろ」


 にっこりと笑った女騎士様に苦言を漏らしたのは、当然騎士様だった。真面目な騎士様は自分の婚約者に対しても厳しい人のようだ。


「あら、気になさらなくて結構ですわ。とても親しそうで、微笑ましい、もの」




 思わず女騎士様を庇うように言ってから、気づく。この対応は悪役令嬢らしくはなかったのではないか、と。


 肉に関してはお母様が許可を出したから別として、態度に対しては一言でもいいから何か言うべきだった。
 流れでそのまま許してしまったけど、今からでも取り返しはつくだろうか。


「……でもそうですわね。今後私に蔑ろな態度をとられましたら、許すことはできないかもしれませんわ」
「レティシア様の寛大な御心に感謝して、次からは気をつけるようにいたします」


 女騎士様は晴れ晴れと笑っている。これは、手遅れだったかもしれない。
 人前に出るときには気を引き締めないといけない。少しでも油断したら、悪役令嬢人生が破綻する。悪役令嬢への道は険しく厳しい。


「それで、いつまで食事を持っているおつもりですの? お皿片手に突っ立っていらっしゃるだなんて、はしたないし折角の料理が冷めてしまいますわ」
「おっと、そうですね。やはりおいしいものはおいしいときに食べるのが一番ですよね。それではレティシア様、よい誕生祝をお過ごしください」


 最後にまた頭を下げて、女騎士様は去っていく。立食式なのにどこで食べるつもりなのだろうかと見守っていると、侍従が椅子を用意していた。
 椅子は言えば用意してもらえるのか。まあ、ずっと立っているのが辛い人もいるだろうし、当然といえば当然か。
 今後の参考にしよう。


「不躾な婚約者で申し訳ございません」
「自分の婚約者も戒められませんのに、私に不遜であるとおっしゃっていましたのね」


 じっとりと睨みつけると騎士様の表情が歪んだ。


「それは……殿下に対する物言いではないと思いましたので」
「あら、確かクリステル様は侯爵家の方だったと思いますけど。目上であるということは変わりませんのに、公爵家は蔑ろにしてよろしいとでも?」
「……そうですね。それについては返す言葉もありません」


 やればできる子な私は、目を逸らした騎士様の姿に胸を張りたい気もちでいっぱいになった。
 今のやり取りは悪役っぽくてよかったのではないだろうか。誰も褒めてくれないのは寂しいので、自画自賛する。
 気を抜きさえしなければここまでできるのだ。何せ私はゲームにおけるレティシアを知っている。似たような言葉を選べば、簡単に悪役令嬢の出来上がりだ。


 今回はヒロインがレティシアに対して親しげに話しかけたときのものを参考にさせてもらった。
 確か「下賤な方は目上の者に対する礼儀も知らないの? ああ、相手が貴族だろうと関係ないとでも思って蔑ろにしているのかしら。ずいぶんと身のほど知らずな方ね」とかそういうことを言っていた。


「わかっていただけなら幸いですわ」


 後はぼろを出さないように去ればいい。これなら気分を害したので一緒にいたくありません、という意思表示にもなるはずだ。


 案の定立ち去る私を騎士様は引き止めなかった。

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