悪役令嬢を目指します!
第十五話 騎士団長子息2
「それで、用件はこれですべてですの?」
「後はゆっくりと話そうかと思うよ。たとえば君のダンスの腕前とか」
さっさと帰れと遠回しに言ったのだが、にっこりと笑って流された。
その話はもういいじゃないか。
「敬愛する殿下と踊れるのですもの、誰でも緊張してしまいますわ」
「私はいつ君に足の骨を折られるかと緊張していたけどね」
「あら、羽の様に軽いご令嬢に踏まれた程度で折れるだなんて、殿下の足はずいぶんと軟弱ですのね」
いつも通りの軽口を言い合っていたら、わざとらしい咳払いが割りこんできた。
「レティシア嬢。殿下に対してその物言いは、不遜過ぎるのではありませんか」
じろりと睨まれる。どうやら規律に厳しい騎士様は、十歳の頃から真面目だったようだ。
そう言われても、どうすればいいのやら。とりあえずへりくだればいいのだろうか。
「あら、セドリック様には私の殿下に対する尊敬の念が通じていませんでしたのね、悲しいことですわ。殿下に対しては目を合わせるのも、お声をかけることすらも畏れ多いと思っておりますのに。それでも殿下に対して親しくあろうと頑張っていたのですけれど、伝わらないというのなら、行動で示すしかありませんわね」
俯き手元に視線を落とす。さすがにここまでへりくだれば、騎士様も納得してくれるだろう。
そういえば爪のお手入れをしないといけない。今晩にでもみがいてもらおう。
「セドリック、彼女はこういうものだと思って諦めてくれるかな。レティシアも売り言葉に買い言葉はよくないよ」
「しかし……わかりました、殿下」
きっと騎士様は苦々しい顔をしているのだろう。渋々といった様子が声色にまでにじみ出ている。
私は落としていた視線を渋々と上げることにした。
「あら、私は何も買っていませんわ。ただ言われるがままに、殿下に対する尊敬を形にしただけですもの」
「形だけの尊敬はいらないよ」
王子様が呆れたように溜息を零した。私はこれでも王子様を尊敬しているというのに、心外だ。
将来王様になるし、平民の出であるヒロインと結ばれるし、私には絶対無理なことを彼はしでかす。いや、本当すごいと思っている。
「おかしいですわね、私はこんなにも尊敬してますのに。どうやったら伝わるのでしょうか」
「……いつもどおりの君でいいよ」
引きつるような笑みを浮かべられた、解せぬ。
「それで、なんで君はあんなに私の足を踏んだのかな。何か恨みでもあるのかと思ったよ」
「殿下を恨むだなんて、そんなことあるわけないですわ。ただ、そうですわね……注目を浴びるのがあまり得意ではないだけですの」
「ああ、あまり人前に出ないからか」
合点がいったとばかりに王子様が頷いた。
これまでは家の中でのんびりと過ごしていればよかったが、これからはそうもいかない。
少なくとも今年は誕生祝の誘いで色々なところに顔を出すことになっている。
「どうしたら注目されることに慣れることができるか、これでも悩んでおりますのよ」
「大勢の前で奇声でもあげたらいいんじゃない?」
折角だしと王子様に相談したのが間違いだった。
「セドリック様はどう思いますの?」
ならばと騎士様に話を振ったら凄い顔で睨まれた。騎士様は席にはつかず、扉の前を陣取っている。護衛に専念したいから話しかけるな、といったところだろうか。
だからといって心情を汲む気はない。同じ年の子どもを放っておけるほど、私は冷酷ではない。
「俺は父に連れられて騎士団見学などもしているので、注目されることは慣れているから、助言はできかねます」
「そうですの。後一週間で慣れるというのは、私には難しそうですわね」
深い溜息をつく。一週間後に控えている誕生祝が億劫になってきた。
さすがにダンスに誘われて断ることはできない。少なくとも、数人とは踊らないといけないだろう。
断りまくって悪評が立つのは、避けたい。お高く止まってると言われるぐらいならいいが、踊りの下手なご令嬢などと噂されるわけにはいかない。
悪役令嬢にその噂は似合わない。
「そういえば、セドリック様のところからも招待状が来てましたわ。ぜひとも参加させていただきますわね」
「俺も、あなたのところの誕生祝に参加する予定です」
ここには絶対参加するから覚えておきなさい、とお母様に言われた中にヴィクス家のものもあった。後パルテレミー家もあった気がする。
「私もふたりのところに参加するつもりだよ。護衛騎士と、婚約者の誕生祝を辞退するわけにはいかないからね」
「殿下はお誘いをたくさん受けてるでしょうから、大変ですわね。私のところは、お母様ができるだけ少なくしようと頑張っているみたいですわ」
親しくしている家以外に参加させるのは不安だというお父様の提案により、私が参加する誕生祝はそれほど多くない。
公爵家と、後はお父様やお母様と繋がりのある家だけだ。
「セドリック様もお父様と縁のある方が多そうですし、大変ですわね」
騎士様の眉が吊り上がってきた。
「いえ、それほどでも。見知った顔ばかりなので緊張もしませんし」
「あら、それは羨ましいですわ。私は知っている顔のほうが少ないですもの」
「君はシルヴェストル家の宝石だからね」
宝石という単語に私は首を傾げた。そういえば宰相子息にもそんなことを言われた気がする。
「宝石、とは?」
「君はとても大切にしまわれていて、傷がつかないようにと丁重に扱われている、とそう噂されているんだよ。実際人前にあまり出ないし、私の祝いの席でもすぐに帰ったからね」
「あら……それはまた、否定しにくいのがなんとも言えませんわね」
どちらかといえば、呪いの人形を人前に出せるはずがないといった感じだと思うのだが、外から見たらそういう風に見えるのか。
「黒曜石のような髪だとか、藍方石のような瞳だとか、いろいろ言われてるね」
「それは悪い気がしませんわ」
宝石に例えられるのは、気恥ずかしいが、嬉しいとも思う。お母さま譲りの髪や目が褒められるのは誇らしい。
性格について言及されていないのは、接したことのある人がいないせいだろう。
「そうすると、私は深窓の令嬢らしく振る舞うべきですわね」
「そのためには足を踏まない踊りを覚えないといけないけどね」
「それについては努力いたしますわ。私の誕生祝も殿下と踊ることになるでしょうし、誠心誠意踊らせていただくつもりですのよ」
「今度は十ですめばいいけど」
前回のダンスでも私は十回しか踏んでいない。つまり同じぐらいなら許されるということか。
寛大な王子様に感謝の念を送ろう。
「そういえばセドリック様はどなたと踊りますの? 私、殿下の誕生祝では他の方の踊りを見ておりませんの」
騎士様が諦めたような、力の抜けた表情になった。よし、勝った。
「俺は婚約者と踊りますよ。クリステル・ペルシェ、知ってるかどうかわかりませんが」
知ってる知ってる。ゲームの中の彼女だけなら。
この真面目な騎士様の婚約者らしく、正々堂々威風堂々な女騎士だ。正確には騎士ではないけど。
ヒロインと恋仲になった騎士様と一騎打ちを行い、二人の仲を認めたり、私の苛めに抗議したり、騎士様と一緒に王子様に私の仕打ちを報告したりしていた。
とっても真面目なよい子だった。
「お名前だけなら聞いたことがあるかもしれませんわ。実際にお会いするのが楽しみですわ」
だけど実際の彼女に会ったことはない。
子どもの頃からよい子なのか、少し楽しみだ。
「それでは殿下、そろそろ時間ですよ」
「ああ、もうそんな時間か。次は、君の誕生祝で会おう」
「ええ、楽しみにしておりますわね」
ひらひらと手を振って二人を見送る。
後一週間でどこまで上達できるか。踊り下手と言われないように頑張らないと。
「後はゆっくりと話そうかと思うよ。たとえば君のダンスの腕前とか」
さっさと帰れと遠回しに言ったのだが、にっこりと笑って流された。
その話はもういいじゃないか。
「敬愛する殿下と踊れるのですもの、誰でも緊張してしまいますわ」
「私はいつ君に足の骨を折られるかと緊張していたけどね」
「あら、羽の様に軽いご令嬢に踏まれた程度で折れるだなんて、殿下の足はずいぶんと軟弱ですのね」
いつも通りの軽口を言い合っていたら、わざとらしい咳払いが割りこんできた。
「レティシア嬢。殿下に対してその物言いは、不遜過ぎるのではありませんか」
じろりと睨まれる。どうやら規律に厳しい騎士様は、十歳の頃から真面目だったようだ。
そう言われても、どうすればいいのやら。とりあえずへりくだればいいのだろうか。
「あら、セドリック様には私の殿下に対する尊敬の念が通じていませんでしたのね、悲しいことですわ。殿下に対しては目を合わせるのも、お声をかけることすらも畏れ多いと思っておりますのに。それでも殿下に対して親しくあろうと頑張っていたのですけれど、伝わらないというのなら、行動で示すしかありませんわね」
俯き手元に視線を落とす。さすがにここまでへりくだれば、騎士様も納得してくれるだろう。
そういえば爪のお手入れをしないといけない。今晩にでもみがいてもらおう。
「セドリック、彼女はこういうものだと思って諦めてくれるかな。レティシアも売り言葉に買い言葉はよくないよ」
「しかし……わかりました、殿下」
きっと騎士様は苦々しい顔をしているのだろう。渋々といった様子が声色にまでにじみ出ている。
私は落としていた視線を渋々と上げることにした。
「あら、私は何も買っていませんわ。ただ言われるがままに、殿下に対する尊敬を形にしただけですもの」
「形だけの尊敬はいらないよ」
王子様が呆れたように溜息を零した。私はこれでも王子様を尊敬しているというのに、心外だ。
将来王様になるし、平民の出であるヒロインと結ばれるし、私には絶対無理なことを彼はしでかす。いや、本当すごいと思っている。
「おかしいですわね、私はこんなにも尊敬してますのに。どうやったら伝わるのでしょうか」
「……いつもどおりの君でいいよ」
引きつるような笑みを浮かべられた、解せぬ。
「それで、なんで君はあんなに私の足を踏んだのかな。何か恨みでもあるのかと思ったよ」
「殿下を恨むだなんて、そんなことあるわけないですわ。ただ、そうですわね……注目を浴びるのがあまり得意ではないだけですの」
「ああ、あまり人前に出ないからか」
合点がいったとばかりに王子様が頷いた。
これまでは家の中でのんびりと過ごしていればよかったが、これからはそうもいかない。
少なくとも今年は誕生祝の誘いで色々なところに顔を出すことになっている。
「どうしたら注目されることに慣れることができるか、これでも悩んでおりますのよ」
「大勢の前で奇声でもあげたらいいんじゃない?」
折角だしと王子様に相談したのが間違いだった。
「セドリック様はどう思いますの?」
ならばと騎士様に話を振ったら凄い顔で睨まれた。騎士様は席にはつかず、扉の前を陣取っている。護衛に専念したいから話しかけるな、といったところだろうか。
だからといって心情を汲む気はない。同じ年の子どもを放っておけるほど、私は冷酷ではない。
「俺は父に連れられて騎士団見学などもしているので、注目されることは慣れているから、助言はできかねます」
「そうですの。後一週間で慣れるというのは、私には難しそうですわね」
深い溜息をつく。一週間後に控えている誕生祝が億劫になってきた。
さすがにダンスに誘われて断ることはできない。少なくとも、数人とは踊らないといけないだろう。
断りまくって悪評が立つのは、避けたい。お高く止まってると言われるぐらいならいいが、踊りの下手なご令嬢などと噂されるわけにはいかない。
悪役令嬢にその噂は似合わない。
「そういえば、セドリック様のところからも招待状が来てましたわ。ぜひとも参加させていただきますわね」
「俺も、あなたのところの誕生祝に参加する予定です」
ここには絶対参加するから覚えておきなさい、とお母様に言われた中にヴィクス家のものもあった。後パルテレミー家もあった気がする。
「私もふたりのところに参加するつもりだよ。護衛騎士と、婚約者の誕生祝を辞退するわけにはいかないからね」
「殿下はお誘いをたくさん受けてるでしょうから、大変ですわね。私のところは、お母様ができるだけ少なくしようと頑張っているみたいですわ」
親しくしている家以外に参加させるのは不安だというお父様の提案により、私が参加する誕生祝はそれほど多くない。
公爵家と、後はお父様やお母様と繋がりのある家だけだ。
「セドリック様もお父様と縁のある方が多そうですし、大変ですわね」
騎士様の眉が吊り上がってきた。
「いえ、それほどでも。見知った顔ばかりなので緊張もしませんし」
「あら、それは羨ましいですわ。私は知っている顔のほうが少ないですもの」
「君はシルヴェストル家の宝石だからね」
宝石という単語に私は首を傾げた。そういえば宰相子息にもそんなことを言われた気がする。
「宝石、とは?」
「君はとても大切にしまわれていて、傷がつかないようにと丁重に扱われている、とそう噂されているんだよ。実際人前にあまり出ないし、私の祝いの席でもすぐに帰ったからね」
「あら……それはまた、否定しにくいのがなんとも言えませんわね」
どちらかといえば、呪いの人形を人前に出せるはずがないといった感じだと思うのだが、外から見たらそういう風に見えるのか。
「黒曜石のような髪だとか、藍方石のような瞳だとか、いろいろ言われてるね」
「それは悪い気がしませんわ」
宝石に例えられるのは、気恥ずかしいが、嬉しいとも思う。お母さま譲りの髪や目が褒められるのは誇らしい。
性格について言及されていないのは、接したことのある人がいないせいだろう。
「そうすると、私は深窓の令嬢らしく振る舞うべきですわね」
「そのためには足を踏まない踊りを覚えないといけないけどね」
「それについては努力いたしますわ。私の誕生祝も殿下と踊ることになるでしょうし、誠心誠意踊らせていただくつもりですのよ」
「今度は十ですめばいいけど」
前回のダンスでも私は十回しか踏んでいない。つまり同じぐらいなら許されるということか。
寛大な王子様に感謝の念を送ろう。
「そういえばセドリック様はどなたと踊りますの? 私、殿下の誕生祝では他の方の踊りを見ておりませんの」
騎士様が諦めたような、力の抜けた表情になった。よし、勝った。
「俺は婚約者と踊りますよ。クリステル・ペルシェ、知ってるかどうかわかりませんが」
知ってる知ってる。ゲームの中の彼女だけなら。
この真面目な騎士様の婚約者らしく、正々堂々威風堂々な女騎士だ。正確には騎士ではないけど。
ヒロインと恋仲になった騎士様と一騎打ちを行い、二人の仲を認めたり、私の苛めに抗議したり、騎士様と一緒に王子様に私の仕打ちを報告したりしていた。
とっても真面目なよい子だった。
「お名前だけなら聞いたことがあるかもしれませんわ。実際にお会いするのが楽しみですわ」
だけど実際の彼女に会ったことはない。
子どもの頃からよい子なのか、少し楽しみだ。
「それでは殿下、そろそろ時間ですよ」
「ああ、もうそんな時間か。次は、君の誕生祝で会おう」
「ええ、楽しみにしておりますわね」
ひらひらと手を振って二人を見送る。
後一週間でどこまで上達できるか。踊り下手と言われないように頑張らないと。
「恋愛」の人気作品
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