悪役令嬢を目指します!
第十三話 誕生祝4
「それは、残念ですね」
「ええ、とても億劫ですわ」
私の心情を察してくれたらしい。心優しい宰相子息の気遣いに、私は暖かい気持ちになる。
このままツンデレないで育ったらいいな、とは思うが多分無理だろう。
「シルヴェストル公はあなたをとても大切にされているようですね。宝物のようにしまいこんでいたかと思えば、いつの間にか王家に取り入っているようで、その手腕を見習いたいものです」
はて、と首を傾げる。優しげな笑みはそのままなのに、どことなく棘を感じる。
パルテレミー家は同じ公爵家だから、お父様が王族と縁づくことにあまりよい印象を抱いていないのかもしれない。こんな幼い子どもですら家同士の確執に影響を受けているなんて、貴族社会は奥が深い。
「あら、シモン様がご令嬢でしたら婚約されていたのはそちらだったかもしれませんわ」
「生憎と私は男の身なので、そういったもしもの話には興味がありませんね」
王家には娘がいないのだから、婚約できなかったことを恨みに思うのはお門違いだろう。
まあ、他のご令嬢が婚約者の座を狙ったとしても、譲る気はないけど。婚約破棄されて自由の身になる役は私のものだ。
「知っていますか。私の父は、あなたと私の婚約を狙っていたのですよ」
「それは……」
知るはずがない。そもそも今日初めて会った相手の思惑を知っていたら、それはもう魔法とかの域を超えている。
ぱちくりと目を瞬かせている私を見て、宰相子息がくすりと笑った。
「私は男なので、婚約者を持つならば同じ男性であるルシアン殿下よりも、あなたのように可愛らしい、シルヴェストル公のご息女のほうが嬉しいですね」
どうやら私は勘違いしていたらしい。
パルテレミー公はお父様との縁を作りたかったのに、そこを王家にかっさらわれたので不満だということか。
宰相子息がわざわざシルヴェストル公と言っているあたりからも、そう推測できる。お父様自身に不の感情を抱いていないことがわかってほっとした。
それにしても宰相子息にはまだ婚約者がいないのか。ゲームでは同じ年の婚約者がいて、宰相子息ルートでは私と一緒にヒロインをいじめた咎で、仲よく婚約破棄されたのに。
いや、この後に婚約話が持ち上がるのかもしれない。むしろ上がってほしい。
婚約破棄されるかどうかは定かではないが、多少仲間意識を抱いているので、いないと少し寂しい。
「きっと可愛らしい婚約者ができますわ」
見た目は可愛かったし、美味しそうだった。くるくるとした茶色の巻き毛で、ぱっと見だけなら小動物のような子。中身は苛烈で熾烈だけど。
私なんかよりもよっぽどひどいことをヒロインにしていた。どこから調達したのか、死んだ動物を机の中に放りこんだりとか。宰相子息ルートでしかそんなことは起きていなかったので、あの婚約者の子の仕業で間違いないだろう。
「それならいいのですけどね」
宰相子息が曖昧に笑ったところで、大広間に音楽が流れ始めた。
「ああ、時間ですね」
王様たちが挨拶をしていた中二階に、今度は楽団が揃っていた。それぞれ手に持った楽器を鳴らしている。
楽師になるのも悪くないかもしれない――楽器に触れたことすらないのに――そんなことを考えていたら、わざとらしい靴音が近づいてきた。
「レティシア・シルヴェストル。最初に踊る名誉を私に与えてくれますか?」
横に避けた宰相子息の前を通って、私に手を差し伸べてきたのは王子様だった。
この場合名誉に思うべきは私なのではないだろうか、と思いながらも差し伸べられた手に自分の手を重ねる。
「こちらこそ、殿下と踊れることを光栄に思いますわ」
足を踏むかもしれないけど、そこは王子様らしく許してくれると嬉しい。
緩やかに流れる音楽に合わせるように、ゆっくりとしたステップを踏む。一番最初のダンスだからか、私と王子様以外には誰も踊らないで、私たちのことを見ている。
注目を浴びながらのダンスに緊張して、王子様の足を踏むこと三度。にっこりと笑っている王子様の奥に、般若の顔が見えるような気がする。
きっと気のせいだろう。品行方正で礼儀正しい王子様がこんなことで怒るはずがない。
「ずいぶん踊りの練習をしたみたいだね」
――私の淡い期待は打ち砕かれる。
顔を寄せて囁くように言われたが、そんなことで照れる余裕はない。般若の嫌味にどう返したものかと悩んでいたら、また足を踏んでしまった。
これで四度目。般若から悪鬼羅刹にジョブチェンジしてやいないかと不安になり、とりえず謝罪しようと私もまた囁くために顔を寄せる。
「あら、ごめんなさい。殿下と踊れることに緊張しているみたいですわ」
「君はそういう性格ではないだろう」
「今日の殿下はとても美しい装いですもの。緊張してしまいますわ」
綺麗な靴には私の足跡がついているかもしれないけど。
「兄上と対になるようにと拵えられたものだよ」
「ああ、どうりで。同じ様な刺繍がされているな、と思っていましたのよ」
「今日は兄上が顔を出す予定はなかったんだけどね。何かおかしなことを企んでいないといいけど」
「殿下が世話になっているからと、挨拶に来ただけですわ」
小声で囁きあいながら踊っている姿は、きっととても仲睦まじく映っていることだろう。お母様がうっとりとした顔で私の踊りを見ている。
お父様は私が王子様の足を踏むたびに、顔をしかめていた。
そしてそこから少し離れた場所で、パルテレミー公とその息子がこそこそと話しているのも見えた。
「ええ、とても億劫ですわ」
私の心情を察してくれたらしい。心優しい宰相子息の気遣いに、私は暖かい気持ちになる。
このままツンデレないで育ったらいいな、とは思うが多分無理だろう。
「シルヴェストル公はあなたをとても大切にされているようですね。宝物のようにしまいこんでいたかと思えば、いつの間にか王家に取り入っているようで、その手腕を見習いたいものです」
はて、と首を傾げる。優しげな笑みはそのままなのに、どことなく棘を感じる。
パルテレミー家は同じ公爵家だから、お父様が王族と縁づくことにあまりよい印象を抱いていないのかもしれない。こんな幼い子どもですら家同士の確執に影響を受けているなんて、貴族社会は奥が深い。
「あら、シモン様がご令嬢でしたら婚約されていたのはそちらだったかもしれませんわ」
「生憎と私は男の身なので、そういったもしもの話には興味がありませんね」
王家には娘がいないのだから、婚約できなかったことを恨みに思うのはお門違いだろう。
まあ、他のご令嬢が婚約者の座を狙ったとしても、譲る気はないけど。婚約破棄されて自由の身になる役は私のものだ。
「知っていますか。私の父は、あなたと私の婚約を狙っていたのですよ」
「それは……」
知るはずがない。そもそも今日初めて会った相手の思惑を知っていたら、それはもう魔法とかの域を超えている。
ぱちくりと目を瞬かせている私を見て、宰相子息がくすりと笑った。
「私は男なので、婚約者を持つならば同じ男性であるルシアン殿下よりも、あなたのように可愛らしい、シルヴェストル公のご息女のほうが嬉しいですね」
どうやら私は勘違いしていたらしい。
パルテレミー公はお父様との縁を作りたかったのに、そこを王家にかっさらわれたので不満だということか。
宰相子息がわざわざシルヴェストル公と言っているあたりからも、そう推測できる。お父様自身に不の感情を抱いていないことがわかってほっとした。
それにしても宰相子息にはまだ婚約者がいないのか。ゲームでは同じ年の婚約者がいて、宰相子息ルートでは私と一緒にヒロインをいじめた咎で、仲よく婚約破棄されたのに。
いや、この後に婚約話が持ち上がるのかもしれない。むしろ上がってほしい。
婚約破棄されるかどうかは定かではないが、多少仲間意識を抱いているので、いないと少し寂しい。
「きっと可愛らしい婚約者ができますわ」
見た目は可愛かったし、美味しそうだった。くるくるとした茶色の巻き毛で、ぱっと見だけなら小動物のような子。中身は苛烈で熾烈だけど。
私なんかよりもよっぽどひどいことをヒロインにしていた。どこから調達したのか、死んだ動物を机の中に放りこんだりとか。宰相子息ルートでしかそんなことは起きていなかったので、あの婚約者の子の仕業で間違いないだろう。
「それならいいのですけどね」
宰相子息が曖昧に笑ったところで、大広間に音楽が流れ始めた。
「ああ、時間ですね」
王様たちが挨拶をしていた中二階に、今度は楽団が揃っていた。それぞれ手に持った楽器を鳴らしている。
楽師になるのも悪くないかもしれない――楽器に触れたことすらないのに――そんなことを考えていたら、わざとらしい靴音が近づいてきた。
「レティシア・シルヴェストル。最初に踊る名誉を私に与えてくれますか?」
横に避けた宰相子息の前を通って、私に手を差し伸べてきたのは王子様だった。
この場合名誉に思うべきは私なのではないだろうか、と思いながらも差し伸べられた手に自分の手を重ねる。
「こちらこそ、殿下と踊れることを光栄に思いますわ」
足を踏むかもしれないけど、そこは王子様らしく許してくれると嬉しい。
緩やかに流れる音楽に合わせるように、ゆっくりとしたステップを踏む。一番最初のダンスだからか、私と王子様以外には誰も踊らないで、私たちのことを見ている。
注目を浴びながらのダンスに緊張して、王子様の足を踏むこと三度。にっこりと笑っている王子様の奥に、般若の顔が見えるような気がする。
きっと気のせいだろう。品行方正で礼儀正しい王子様がこんなことで怒るはずがない。
「ずいぶん踊りの練習をしたみたいだね」
――私の淡い期待は打ち砕かれる。
顔を寄せて囁くように言われたが、そんなことで照れる余裕はない。般若の嫌味にどう返したものかと悩んでいたら、また足を踏んでしまった。
これで四度目。般若から悪鬼羅刹にジョブチェンジしてやいないかと不安になり、とりえず謝罪しようと私もまた囁くために顔を寄せる。
「あら、ごめんなさい。殿下と踊れることに緊張しているみたいですわ」
「君はそういう性格ではないだろう」
「今日の殿下はとても美しい装いですもの。緊張してしまいますわ」
綺麗な靴には私の足跡がついているかもしれないけど。
「兄上と対になるようにと拵えられたものだよ」
「ああ、どうりで。同じ様な刺繍がされているな、と思っていましたのよ」
「今日は兄上が顔を出す予定はなかったんだけどね。何かおかしなことを企んでいないといいけど」
「殿下が世話になっているからと、挨拶に来ただけですわ」
小声で囁きあいながら踊っている姿は、きっととても仲睦まじく映っていることだろう。お母様がうっとりとした顔で私の踊りを見ている。
お父様は私が王子様の足を踏むたびに、顔をしかめていた。
そしてそこから少し離れた場所で、パルテレミー公とその息子がこそこそと話しているのも見えた。
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