悪役令嬢を目指します!

木崎優

第十二話 誕生祝3

 グラスの中身を飲み干すのと、大広間に再度明かりが灯るのは同時だった。暗くなったり明るくなったりで、目がちかちかする。
 眩んだ目を細めていると、両親が私のところに来た。


「本日はルシアン殿下の誕生祝にお招きいただきありがとうございます。娘が失礼なことをしていないとよいのですが」
「頭など下げなくていい。俺は今回何もしていないし、ちょっと顔を出しただけだ。それに彼女に話しかけたのも、弟が普段世話になっているからだから気にすることはない」


 こうべを垂れようとするお父様を制止しながら、王太子は困ったように笑った。


「今日は弟のために来てくれてありがとう。いろいろと話したいところではあるが、俺がここで長話をしていると主役である弟が困りそうだから、ここらで退散するとしよう」


 確かに、周りにいる人は王太子に話しかける機会を探っているようにみえる。王子様のときよりも私たちに視線が集中していた。
 だが幸い、肩をすくめて踵を返す王太子に声をかける人はいない。歩いている彼に声をかける理由がないからだろう。


 娘の私が一緒にいたお父様はともかくとして、王様や王子様に祝辞を述べるより先に王太子に話しかけるのは、礼に欠けている。


「レティ、ルシアン殿下に改めて挨拶しに行くわよ」


 王太子を見送った後、お母様が私の手を握った。








「本日は殿下の誕生祝にお招きいただけたこと、至極光栄でございます。殿下の益々のご活躍を女神様にお祈りいたします」


 両親の後に続いて私も祝いの言葉を口にしながら、スカートの裾をつまんで上体を倒す。いつやっても、この体勢は辛い。普段使わない筋肉を使っているのか、足や背中がぴくぴくする。


「うむ、面を上げよ。シルヴェストル公の娘にはいつもルシアンが世話になっているようだな。楽しく過ごせていると、そう聞いている」
「こちらこそ、殿下にはとてもお世話になっております。珍しいティーセットお見せいただいたりして、とても有意義な時間を過ごしてます」


 王様の目つきが鋭くなる。ちらりと王子様の様子をうかがうと、口元が若干引きつっていた。
 やはり勝手に持ち出したものだったか。告げ口したみたいで申し訳なくなる。嘘だけど。


「あまり私たちに時間を割いては他の者が挨拶する時間がなくなりますので、本日はここまでとしてもよろしいでしょうか」


 気まずい雰囲気を感じ取ったのか、お父様が口早に話しはじめた。一刻も早くこの場から立ち去りたいと目が物語っている。


「そうだな、そのうち語らう機会を設けよう。ルシアンと語った後になりそうだが」


 王様とお父様は親しい間柄なのか、王様の表情がどことなく楽しそうに見える。


 お母様に手を引かれ、その場を離れる。私たちがいた場所はすぐに息子さんを連れた男性が収まった。親子揃っての灰色の髪を見て、首を傾げる。
 挨拶しにきていた人の中にはいなかった色だ。


「パルテレミー公爵と、そのご子息だな」


 私が何を見ているのか気づいたのか、お父様が小声で教えてくれた。


「後でレティシアを紹介するつもりだが、中々気難しい男だから決して粗相をしないように」
「お父様、私だってちゃんと弁えております」
「にこにこ笑って相槌さえ打っていれば大丈夫だから心配いらないわ」


 お母様がなんのフォローにもなっていないことを言う。
 両親の私に対する信頼は地を這うどころか、地面を掘り進んでいるレベルだ。




 パルテレミー公爵が王様から離れるのを見計らって、お父様が声をかけた。


「先ほどは娘を紹介できず、失礼した。改めて紹介しに来たのだが、いいだろうか」
「そちらが来なければこちらから行こうかと思っていたところだ」


 パルテレミー公爵は灰色の髪に琥珀色の目をした、鋭い眼光の持ち主だ。整った顔立ちだとは思うのだが、しかめ面がデフォルトです、みたいな険のある顔つきは私の好みではない。
 脇に立つ息子は、父親と同じ灰色の髪と琥珀の目をしている。ミニチュアパルテレミー公といったところだろうか。


「こちらが娘のレティシアだ。レティシア、挨拶しなさい」
「お初にお目にかかります。レティシア・シルヴェストルでございます。挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
「何、王太子殿下と話されているのを邪魔するわけにはいかないからな。気にしなくていい」


 パルテレミー公が横に立つ少年を息子のシモンだ、と紹介しはじめる。
 シモン・パルテレミー。その名前に聞き覚えがある、どころではない。つい数日前に目にした。


 宰相子息、シモン・パルテレミー。攻略対象の一人として、私の手記に名を連ねているひとりだ。
 灰色の髪に琥珀の瞳をもつ少年は、将来ヒロインに学力で負ける。それをきっかけにしてヒロインに興味をもつ。とはいっても最初は甘さのあの字もない。何か秘密があるはずだと嫌味を言い、ヒロインの裏に何かあるのではと探りまくる。
 そうやってヒロインと接触するうちに、裏表の無い性格にほだされていき、優しい顔を見せるようになる――ツンデレタイプの眼鏡だ。今はまだ眼鏡をかけていないようだけど。


「レティシア嬢、大丈夫ですか?」


 琥珀の目が私の顔を覗きこんでくる。思考に没頭するあまり、彼の挨拶を聞き流していたようだ。


「いえ、綺麗な色をされた瞳だなと、思わず見惚れておりました」
「そうですか。私としては、レティシア嬢の澄んだ青い瞳の方が、宝石のようで綺麗だと思いますけど」
「あら、シモン様ったら」


 うふふ、と笑って誤魔化していると、パルテレミー公が満足するように頷いた。


「どうやら私たちの子どもは相性がよさそうだし、大人は大人であちらで美酒を味わおうではないか」
「しかし……」


 片隅にあるバーカウンターに目を向けるパルテレミー公に対して、お父様が難色を示した。私が心配だと顔に書いてある。


「しっかりしたお嬢さんのようだし、何も心配することはないだろう」
「一級品を仕入れたと、王妃陛下にお聞きしましたわ。折角だから楽しみましょう」
「うむ……そうだな。レティシアをよろしく頼むよ」


 パルテレミー公どころかお母様にまで言われて、お父様は渋々と頷くと、心配そうに私を見てから宰相子息に声をかけた。宰相子息はお任せくださいと頼もしい言葉を返している。


 それにしても、この世界では子どもをほったらかしにするのが流行っているのだろうか。中庭でも、王城でも子どもだけにさせられた。


「この後は踊らないといけませんし、今はゆっくりと過ごすことにしましょう」
「はい、シモン様」


 この後の進行とか段取りを何も知らない私は、とりあえず頷いておくことにした。
 王子様が来たり、王太子と会ったり、第二の攻略対象に会ったりで忘れていたが、そういえば王子様と最初に踊るとかお母様に言われていた。嫌すぎて頭の隅ににしまいこんでいたようだ。


「ルシアン殿下と最初に踊るのはレティシア嬢だと聞きましたが、本当ですか?」
「そうみたいですわね。私もお母様にそう聞きましたわ」


 嫌だけど、そういう決まりなら拒否できない。
 普段着ているドレスはそこまでフリルやレースが多くないし、こんな衆目の中で踊ることもなかった。慣れない服に慣れない環境で、どこまで綺麗に踊れるだろうか。
 今から億劫になってくる。

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