悪役令嬢を目指します!
第七話 光石
魔法についての座学を終え自室に戻ると、さも自分の部屋ですよと言わんばかりに堂々とソファに座っている王子様がいた。
頭を背もたれに乗せながら寛いでいる姿に、本当に私の部屋であっているのか不安になる。
王子様の部屋がこの屋敷にあるはずないから、私の部屋で間違いないのだけど。
「遅かったね。待ちくたびれたよ」
「いらっしゃってるとは思いませんでしたので」
「勉強中だって聞いたから、邪魔しちゃ悪いかと思って口止めしておいたんだよ」
本当に悪いと思っているのなら、そもそも帰るだろう。彼のことだから驚いた私の顔を見たかったとか、面白そうだったからとか、そんな理由がありそうだ。
お兄様は忌憚のない意見がどうこうとか言っていたが、王子様がすべてをさらけ出しているとは思えない。
私が疑うように見ているのに、王子様は素知らぬ顔でソファから降りた。
「お茶の用意をしたから一緒に飲もうよ」
用意したのはマリーだろう。
ちなみにこの部屋にマリーはいない。ひと月ほど前に私がマリーとばかり話していたことで退屈した王子様が、従者の付き添いを禁止した。そのせいで部屋にいるのは私と王子様と護衛の騎士だけだ。
宥めたり諭したりと頑張った結果、騎士が室内に立ち入ることは許してくれた。今思えば、護衛を残しておくのは当たり前のことで、王子様の手の平でいいように転がされた気がする。
「あら、温かい」
カップに口をつけるとほんわかとした温もりが喉を通った。
淹れたてではないはずなのにと目を丸くしていると、どこか自慢げな王子様が視界の端に映った。
「それは城から持ってきたんだ。熱を維持してくれる光石がついてるんだよ」
「なんて無駄なことを」
思わず本音が漏れてしまう。
光石というのはその名のとおり光りを放つ石で、手に持って魔法を唱えるとそれがそのまま保存されるという一風変わった代物だ。
少ない魔力で蓄えた魔法を解放させることができるので、いざというときに使ったり、ちょっとした魔道具にしたりと需要があったりする。
余談だが、魔法を蓄えた光石は光を失う代わりに魔法の種類に合わせて色を変えるという、これまた摩訶不思議な性質をもっている。
この石の残念なところは蓄えた魔法には使用回数があり、何度も使っていると段々色褪せて、最終的にはただの石ころになるところだ。
長期使用が目的のものはそれ相応の魔力を注がないといけないし、再充填も不可能なので、私はこれを使い勝手の悪い電池だと思っている。
産出量も多くないので高値で取引されている。間違っても王子様の我侭に使うようなものではない。
「温かいお茶が飲めるようにと思って持ってきてあげたのに」
「マリーを呼んでくれたら今すぐ温かいお茶が入りますわよ」
「こういうときは素直にありがとうでいいんだよ」
「素直にお礼が言えるようなことをしてくださいませ」
王子様に緊張していた私はもういない。
最初は天使に見えていたということもあって、あまりいじめたら可哀想だと思っていたのだが、接すれば接するほど気遣うだけ神経と気力の無駄だと気づいた。
悟ったと言ってもいいぐらいだ。
「こんなのに光石を使うぐらいなら、もっと有意義なことに使ってくださらないかしら」
「……たとえば?」
ぱっと思いついたのはスプリンクラーだった。
高価なものだからあまり使用頻度が高くないほうがいいと思ったのだが、この案は却下。
田畑に使うときは便利だが、農民が手を出せる価格ではない。火災時に使うものとしても考えてみたが、発動させるためには石に触れて、少しだけとはいえ魔力を通さないといけない。
熱を感知したらという条件づけができない時点で、いざというときの自動防衛には使えない。
中々難しい。ライターは、元が安価なものだという印象が強いので高いものを使うには抵抗があるし、あの程度の火なら魔法で点けたほうが安上がりだ。
常時発動にしたりといった簡単な設定はできるため冷蔵庫のたぐいはすでに存在している。
ある程度規模が大きくて、光石を使う理由がいるもの――
「プラネタリウム」
「何それ」
ぽつりと呟いた私の言葉に王子様が首を傾げた。
光石が高いのは使い捨てだからだ。それならば使い捨てなければいいと考えて出た結論は、魔力をこめずにそのままの光り輝く石として使うというものだった。
「箱に穴をあけて、中に元のままの光石を入れるものですわ。穴を星空と同じになるように空けると、穴の隙間を通って光が漏れるので暗い室内で満点の星空が楽しめますの」
「よくわからないんだけど、星が見たかったら外に出ればいいんじゃないの?」
ごもっとも。地上が明るくて星が見えないということはないため、晴れの日はいつだって満点の星空が広がっている。
需要がある気はしないが、素直に頷けない。私はこれでも負けず嫌いなのだ。
「外に出れないときとか、曇っている日でも星空が見れますのよ。殿下も夜間に外に出ることはできないでしょうし、丁度よいかと思いましたの」
それらしい理由をつけることによって、論破されてなどいないという風を装う。
これならどうだと胸を張って王子様を見ると、彼は考えこむように顎に手をあてていた。真剣なその様子に思わず気圧される。
意地を張っただけなのに、そんな真剣に悩まれると申し訳ない気もちになる。
「えーと……考えてみたら、あまり需要がない気がしますわ」
「いや、うん、私にはない発想だったから、新鮮だったよ」
ええ、そうでしょうね。必要ないものを考える人はいないだろうし、いかに安価にすませるかなんて発想は王族にはないだろう。
微笑みを浮かべてみてはいるが、心の中では膝をつき項垂れている。
この世界にはない知識があるはずなのに、それを有効活用できない自分が情けない。
頭を背もたれに乗せながら寛いでいる姿に、本当に私の部屋であっているのか不安になる。
王子様の部屋がこの屋敷にあるはずないから、私の部屋で間違いないのだけど。
「遅かったね。待ちくたびれたよ」
「いらっしゃってるとは思いませんでしたので」
「勉強中だって聞いたから、邪魔しちゃ悪いかと思って口止めしておいたんだよ」
本当に悪いと思っているのなら、そもそも帰るだろう。彼のことだから驚いた私の顔を見たかったとか、面白そうだったからとか、そんな理由がありそうだ。
お兄様は忌憚のない意見がどうこうとか言っていたが、王子様がすべてをさらけ出しているとは思えない。
私が疑うように見ているのに、王子様は素知らぬ顔でソファから降りた。
「お茶の用意をしたから一緒に飲もうよ」
用意したのはマリーだろう。
ちなみにこの部屋にマリーはいない。ひと月ほど前に私がマリーとばかり話していたことで退屈した王子様が、従者の付き添いを禁止した。そのせいで部屋にいるのは私と王子様と護衛の騎士だけだ。
宥めたり諭したりと頑張った結果、騎士が室内に立ち入ることは許してくれた。今思えば、護衛を残しておくのは当たり前のことで、王子様の手の平でいいように転がされた気がする。
「あら、温かい」
カップに口をつけるとほんわかとした温もりが喉を通った。
淹れたてではないはずなのにと目を丸くしていると、どこか自慢げな王子様が視界の端に映った。
「それは城から持ってきたんだ。熱を維持してくれる光石がついてるんだよ」
「なんて無駄なことを」
思わず本音が漏れてしまう。
光石というのはその名のとおり光りを放つ石で、手に持って魔法を唱えるとそれがそのまま保存されるという一風変わった代物だ。
少ない魔力で蓄えた魔法を解放させることができるので、いざというときに使ったり、ちょっとした魔道具にしたりと需要があったりする。
余談だが、魔法を蓄えた光石は光を失う代わりに魔法の種類に合わせて色を変えるという、これまた摩訶不思議な性質をもっている。
この石の残念なところは蓄えた魔法には使用回数があり、何度も使っていると段々色褪せて、最終的にはただの石ころになるところだ。
長期使用が目的のものはそれ相応の魔力を注がないといけないし、再充填も不可能なので、私はこれを使い勝手の悪い電池だと思っている。
産出量も多くないので高値で取引されている。間違っても王子様の我侭に使うようなものではない。
「温かいお茶が飲めるようにと思って持ってきてあげたのに」
「マリーを呼んでくれたら今すぐ温かいお茶が入りますわよ」
「こういうときは素直にありがとうでいいんだよ」
「素直にお礼が言えるようなことをしてくださいませ」
王子様に緊張していた私はもういない。
最初は天使に見えていたということもあって、あまりいじめたら可哀想だと思っていたのだが、接すれば接するほど気遣うだけ神経と気力の無駄だと気づいた。
悟ったと言ってもいいぐらいだ。
「こんなのに光石を使うぐらいなら、もっと有意義なことに使ってくださらないかしら」
「……たとえば?」
ぱっと思いついたのはスプリンクラーだった。
高価なものだからあまり使用頻度が高くないほうがいいと思ったのだが、この案は却下。
田畑に使うときは便利だが、農民が手を出せる価格ではない。火災時に使うものとしても考えてみたが、発動させるためには石に触れて、少しだけとはいえ魔力を通さないといけない。
熱を感知したらという条件づけができない時点で、いざというときの自動防衛には使えない。
中々難しい。ライターは、元が安価なものだという印象が強いので高いものを使うには抵抗があるし、あの程度の火なら魔法で点けたほうが安上がりだ。
常時発動にしたりといった簡単な設定はできるため冷蔵庫のたぐいはすでに存在している。
ある程度規模が大きくて、光石を使う理由がいるもの――
「プラネタリウム」
「何それ」
ぽつりと呟いた私の言葉に王子様が首を傾げた。
光石が高いのは使い捨てだからだ。それならば使い捨てなければいいと考えて出た結論は、魔力をこめずにそのままの光り輝く石として使うというものだった。
「箱に穴をあけて、中に元のままの光石を入れるものですわ。穴を星空と同じになるように空けると、穴の隙間を通って光が漏れるので暗い室内で満点の星空が楽しめますの」
「よくわからないんだけど、星が見たかったら外に出ればいいんじゃないの?」
ごもっとも。地上が明るくて星が見えないということはないため、晴れの日はいつだって満点の星空が広がっている。
需要がある気はしないが、素直に頷けない。私はこれでも負けず嫌いなのだ。
「外に出れないときとか、曇っている日でも星空が見れますのよ。殿下も夜間に外に出ることはできないでしょうし、丁度よいかと思いましたの」
それらしい理由をつけることによって、論破されてなどいないという風を装う。
これならどうだと胸を張って王子様を見ると、彼は考えこむように顎に手をあてていた。真剣なその様子に思わず気圧される。
意地を張っただけなのに、そんな真剣に悩まれると申し訳ない気もちになる。
「えーと……考えてみたら、あまり需要がない気がしますわ」
「いや、うん、私にはない発想だったから、新鮮だったよ」
ええ、そうでしょうね。必要ないものを考える人はいないだろうし、いかに安価にすませるかなんて発想は王族にはないだろう。
微笑みを浮かべてみてはいるが、心の中では膝をつき項垂れている。
この世界にはない知識があるはずなのに、それを有効活用できない自分が情けない。
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