語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

黒い青年

 朱羅が大剣をかまえていると、獅子の形をした黒い影から落ち着いた声が響いた。

「敵意はありません。お久しぶりです」

 聞き覚えのある声に朱羅が大剣を下げる。

おんか」

「はい」

 黒い影が獅子から人型に変わり、黒髪の青年へと姿を変えた。虚ろっていた黒い瞳には光が戻り、凛とした表情で立っている。

「何故、こんな場所にいる?」

「神から逃げる時、この場に落とされて封じられていました。意識が薄れ、自我もほとんど消えていたのですが、そちらの方に助けていただきました」

 そちらの方という言葉で紫依のことを思い出した朱羅が振り返る。
 そこで朱羅は言葉を詰まらせた。深紅の瞳が紫水晶に変わっていることに今気が付いたのだ。

「……ラファエル?」

 朱羅の呟きに反応して瞳の色が深紅に戻り、紫依が左手に持っていた大鎌が消える。

 紫依は二、三回瞬きをすると周囲を見回しながら言った。

「朱羅さん?いつ、こちらに?私が戦っていた方は?どうなったのですか?」

 戸惑っている紫依に黒髪の青年が笑顔で近づく。

「ありがとうございます。あなたのおかげで私は私を取り戻せました」

 黒髪の青年が自分で立っている姿を見て、紫依がどこか安堵したかのような表情になる。

「目が覚めたのですね。良かったです。お体は大丈夫ですか?」

「私は大丈夫です。それより、あなたです」

 そう言いながら黒髪の青年が紫依の右手に手を伸ばす。だが紫依は何気ない動作で黒髪の青年の手を避けた。

 その仕草に黒髪の青年が安心させるように微笑む。

「危害は加えません。私のせいで、このような大怪我をさせてしまいました……せめて怪我の状態を診させていただけませんか?」

「いえ、私が勝手にしたことです。お気になさらないで下さい」

「……生まれ変わっても、そういうところは変わらないのですね」

「え?」

「失礼します」

 紫依に一歩近づいた黒髪の青年は紫依の右腕を見て悲しそうに眉を寄せた。

「このような状態で治療を拒まないで下さい」

 黒髪の青年が紫依に触れるか触れないかの位置で右腕全体をひと撫でする。すると紫依の右腕から熱と痛みが引き、動かせるようになった。

 紫依は不思議そうに自分の右腕を見ながら黒髪の青年に礼を言った。

「ありがとうございます。一瞬で治せるなんて、すばらしい力をお持ちなのですね」

「力というほどのものではありません。損傷したプログラムを修復しただけですから」

「プログラム?」

 軽く首を傾げる紫依に朱羅が声をかける。

「記憶が戻ったわけではないのか?さっきプログラムを使って戦っていただろ?」

「プログラムを使って?私は薙刀で……え?確かに持っていましたのに?どこかに落としたのでしょうか?あ、でも想像すれば、すぐに出てきますから問題ないですね」

「想像?」

 朱羅の疑問に紫依が頷く。

「はい。ここでは想像したモノが出てくるのではないのですか?札や薙刀を想像しましたら、そのままのモノが出てきましたので、それを使って戦いました」

「どういうことだ?」

 朱羅に訊ねられて黒髪の青年が顎に手を置いて悩む。

「もしかしたら、想像するだけで無意識にプログラムを組んでいたのかもしれません。その、薙刀とやらを見せてもらえませんか?」

 黒髪の青年に頼まれて、紫依が手の中に薙刀を出す。

「はい、どうぞ」

 黒髪の青年は薙刀を受け取ると少しだけ黒い瞳を大きくして眺めた。

「素晴らしい……完璧です。さすが、ラファエル博士の生まれ変わりの方ですね」

「ラファエル博士?」

 首を傾げる紫依に対して黒髪の青年が朱羅に視線を向ける。

「この方はラファエル博士の生まれ変わりですよね?」

「あぁ。だが、記憶は戻っていない」

「そうですか。でしたら、先ほどの瞳の色が変わっていた間のことは無意識の行動だったのかもしれません」

「無意識だったから記憶がない……ということか。可能性としてはありえるな。紫依。ここに来てからのことを、どこまで覚えている?」

 朱羅の質問に紫依は少し考えてから答えた。

「私が朝起きたら、何故かここにいまして……この方をすぐに見つけたのですが、話しかけても反応がなくて……それから、この方の中にある黒い炎を取り除くために胸から赤い石を抜いて、その赤い石から現れた黒い蜘蛛と戦いまして……それから白髪の人が目の前に現れて……気がついたら、朱羅さんが目の前にいました」

「ルシファーと戦っていた記憶が抜けているな」

 朱羅が黒髪の青年に視線を向ける。

「これからも、このようなことが起きる可能性があると思うか?」

 黒髪の青年が首を横に振りながら答える。

「それは分かりません。詳しく調べましょうか?」

「……いや、今はやめておこう。君も本調子ではないだろう?」

 朱羅の指摘に黒髪の青年が苦笑いをする。

「悔しいですが、その通りです」

「紫依の傷は完全に回復させたのか?」

「処置はしましたが、損傷が激しいので完全に回復するまでには数日かかります。ですが、無理をしなければ日常生活に問題はありません」

「そうか」

 朱羅は頷くと紫依に話しかけた。

「だが記憶がないのに、よく獅苑を助けることが出来たな」

 紫依が黒髪の青年に視線を向ける。

「なんとなく私にしか出来ないことだと思ったのです。そして急がないといけないとも感じました」

 紫依の言葉に黒髪の青年が大きく頷く。

「私に埋め込まれていたモノは、普通のプログラムだと触れるだけで灼き尽くされるモノでした。そのため、ラファエル博士の生まれ変わりでなければ、取り除けなかったでしょう。それに、もう少しで私の精神は埋め込まれたモノに飲み込まれるところでした。あなたのおかげで私は自由になれましたが、そのせいであなたに無用の痛みを……」

 鎮痛な表情で黙る黒髪の青年に対して、紫依は静かに首を横に振った。

「いえ。あの炎をずっと体に封じ込めていた、あなたの方が辛かったでしょう。私がもっと早くここに来れていれば……」

 黒髪の青年が嬉しそうに微笑む。

「いえ、その言葉だけで十分です。再びラファエル博士の生まれ変わりに出会えることを信じて耐え続けてきた甲斐がありました」

 迷いのない言葉に朱羅が肩をすくめる。

「相変わらずの忠誠心だな」

「いいえ。当然のことです」

 黒髪の青年は否定しながらも、どこか誇らしげな顔をしている。紫依はずっと気になっていたことを訊ねた。

「それで、ここはどこでしょうか?」

「それは戻ってから説明しよう。獅苑は戻れるか?」

「問題ありません。それに限界のようです」

 黒髪の青年の体が足元から崩れていく。

「どうしたのですか?」

 崩れていく体に手を伸ばす紫依を朱羅が止める。

 黒髪の青年は紫依を安心させるように微笑んだ。

「大丈夫です。身体ボディに戻るだけですから」

「身体に戻る?」

「はい。また、お会いしましょう」

 微笑みを残して黒髪の青年が消える。呆然としている紫依の肩に朱羅が手をのせる。

「戻るぞ」

 その言葉を聞いて紫依が朱羅のいる方に顔を動かす。すると、そこに朱羅の姿はなく、見慣れた部屋の窓があった。

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