語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

苦難の始まり?

 風真は顔を上げると電子鍵をテーブルの上に置いた。

「これは、この家の鍵だ。この家を好きに使ったらいい。山の中にあるこの家の存在をこの地域の住民は知らないし、普通には見えないように結界が張ってある。うまく行動すれば簡単には見つからないだろう」

「え?いいの?」

 オーブが嬉しそうに風真を見る。

「あぁ。この家の存在は僕と父様と、この家を管理していた一人しか知らない。あと君たちがこの家にいることは僕しか知らない。父様にも知らせていないが、父様がこの家に来ることはないから大丈夫だ。管理していた人は龍神家の人間だから口外はしないし、この家には近づかないようにさせる」

「徹底しているなぁ」

 感心したようにオーブが呟くが、風真は何でもないことのように言った。

「これぐらい普通だろ。もう少し一緒に居たかったが、そろそろ帰らないといけない。これ以上は僕の行動で、ここが見つかる可能性があるから」

「もしかして、あの屋敷に行くのにアリバイ工作している?」

「あぁ。僕は日本にいるが実際にいる場所ではない、まったく違う場所にいるように偽装している。父様は自分が動くと目立つから、と会いに来ないことを条件にして、お婆様に紫依を預けた」

 その言葉を聞いてオーブは思い出したように言った。

「そういえば気になっていたんだけど、二人の父親って何者?都心の近くに山一個と、こんな大きな家持っているなんて普通じゃないだろ」

「ファミリーネームを聞いて分からなかったか?」

 怪訝そうな顔をする風真にオーブがムーンライトブルーの瞳を見開く。

「マジ?マジであのシェアード家!?あの世界有数の資産家の!?同性かと思っていた。それで、こんな土地をもっていたのか」

 シェアード家といえば世界各国に有効資源がある土地を持ち、世界でもトップクラスの資産家だ。

 納得しているオーブに風真が追加説明をする。

「だが、この山は龍神家の所有地だ。昔から信仰の対象になっていた山で、頂上に神社がある」

「へぇ。だから、こんなに自然が残っているんだ」

「そういうことだ。紫依」

「はい」

 素直に深紅の瞳を向けてくる妹に風真は一枚のカードを渡した。

「服とか生活に必要なものは、だいたい買い揃えて部屋に置いてある。ほかに必要なものがあったら、このカードを使って買ったらいい」

 紫依はカードを一通り見た後、兄に視線を戻した。

「これは、どのように使ったらいいのですか?それに私は兄様のようにうまく行動する方法を知りません」

「……そういえば紫依は買い物をしたことも、するところを見たこともなかったな」

「はい」

 二人の間に微妙な空気が流れる。そこに場違いな明るい声が響いた。

「あ、それはオレが教えるよ。オレそういうの得意だから」

 心強い言葉のはずなのだが、軽い雰囲気のためか不安に感じる。
 風真はオーブを無視して朱羅に言った。

「頼んだぞ。なにかあったら連絡をくれ」

「おーい、無視するなー」

 必死に存在をアピールするオーブを放置して朱羅が頷く。

「わかった」

「おまえまで無視するな。で、風真は何時にここを出るんだ?」

 風真は腕時計を見て慌てて言った。

「すぐに出ないと飛行機の時間に間に合わない。準備をしてくる」

 そう言うと風真は早足でリビングから出て行った。

「忙しいねぇ。さて、片付けて夕食の準備をしようかな」

「手伝います」

「あー、でも疲れているだろ?今日はゆっくり休みなよ」

「ですが、食事の準備は人手があった方が良いと思います。火の管理とか、水運びとか」

「……火の管理?水運び?」

「はい」

 迷いなく頷く紫依の姿に、オーブの脳裏では嫌な予感が浮かんでいた。

 紫依がいた屋敷の周囲には電線がなかった。会話をした部屋は明るかったが、術で明るくしていた可能性がある。
 しかも、あれだけ厳重に閉鎖された空間だ。もしかしたら紫依は電気のない生活をしていたのかもしれない。食事は火をおこしたカマドで作ったり、料理で使う水は井戸か川から汲んできたりしていた可能性がある。

 オーブは恐る恐る紫依に訊ねた。

「料理はどうやって作っていた?コンロとかクッキングヒーターとかあった?」

「……コンロとは、どのようなものでしょうか?」

「えっと……スイッチ一つで火がついて、強火とか弱火とか簡単に火の調節ができる器具なんだけど……」

「そんな便利な物があるのですか?」

 無表情ながらも驚いている様子の紫依にオーブが次の質問をする。

「えっと、じゃあ水道って知っている?蛇口をひねると水が出てくるんだけど」

「あ、それは知っています。小さい頃、父様と一緒に暮らしていた家にありました」

「そうなんだ……」

 オーブが乾いた笑いを浮かべながら、微かな期待を込めて朱羅を見る。だが視線が合うことはなく、あっさりと一方的に切られた。

「こういうことを教えるのは君のほうが上手だろ」

「おまえが任されたんだろうが」

「適材適所。適任者が教えるべきだと思うが?」

 オーブが紫依の方に顔を向けると無垢な瞳と視線が合った。疑うことなくオーブが教えてくれると信じきっている瞳と。

 力のコントロールの方法より先に、一般常識と日常生活について教えなくてはいけないことを考えて、オーブは思わず頭を抱えたくなった。


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