語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

遺産

 ここで考えても答えは出ないので紫依が素直にアークに訊ねた。

「兄様が、どうやって通信をしてきたのですか?」

『どうやら米国にある朱羅の家の転送装置に付いている通信機を利用して、こちらに話しかけてきたようです』

 思いがけない方法に全員の視線が朱羅に集まる。当の本人である朱羅は非常に珍しく翡翠の瞳を丸くしていた。

「そうでしたか。繋いで下さい」

 驚きで硬直している朱羅とは対照的に、簡単に納得した紫依の一言で通信が繋がる。

 静かだった部屋に爆音に近いエンジン音が響いた。紫依が声をかける前に風真が大声で叫ぶ。

『紫依!時間がないから詳しい説明は省く!今いる場所の足元の部屋に行け!そこに全ての原因がある!』

 あまりの大音量にオーブが怒鳴るように質問をした。

「風真、お前は今どこにいるんだ!?」

『君たちの近くだ!』

「は!?」

 全員の声が重なったところで獅苑が説明をした。

『外に飛行物体があります』

「見せろ」

 朱羅の指示でスクリーンに外の光景が映る。そこにはセスナに乗ってドアから身を半分乗り出している風真の姿があった。

 予想外のことにオーブが本気で叫ぶ。

「なんで、こんな近くにいるんだよ!?」

『母様の先見の力で、こうなることは知っていた!』

「都合が良過ぎだろ!」

『いつ起きるかは不明だったから、前兆をとらえて、ここまで駆けつけるのは苦労したんだぞ!それに、これから、どうなるかは君たち次第だ!』

「これから先のことは見れていないということか」

 淡々と現状を分析する朱羅とは対照的に、オーブが大声で叫ぶ。

「けど、そこにいたら危ないぞ!こいつは未知の飛行物体として、いつ攻撃されてもおかしくない状況なのに!」

『それは大丈夫だ!結界でこの物体周囲の空間を歪めて目視できないようにした!この世界の人間は、この物体の存在に気が付いていない!』

「なんだって!?」

 驚く四人に風真が指示を出す。

『土地神様たちが協力をして下さっているが、長くはもたない!紫依!早く足元の部屋に行くんだ!』

 紫依は視線を床に向けた後、女性を見つめた。

「この下に何があるか知っていますか?」

「はい。ヒトへと進化する前の……人類の遺産があります」

「遺産……ですか?」

「はい」

 女性は紫依の質問に必要以上は答えなかった。そのことに何かを感じた紫依は再び足元に視線を向けた。

「全ての原因ということは、黒い手をどうにかする方法もこの下にあるのかもしれません。いきましょう」

 紫依が瞳を閉じると、黒い柱に白い光の線が走った。ゴーグルを外しながら紫依が朱羅に声をかける。

「これで神の体をこの船と切り離しても自爆プログラムが発動することはありません」

 次に紫依はルシファーに視線を向けた。

「ここの床を壊して下さい」

 ルシファーが大剣で軽く床を叩いて穴を開ける。その行動に蘭雪が意外な顔をした。

「えらく素直ね」

「神は自由になることを選びました。ならば、そのために全力を尽くすまでです」

「あっそ」

 長年敵対していた相手があっさりと協力するという姿に蘭雪が苦笑いを浮かべる。女性は穴を見た後、ルシファーに命令をした。

「ルシファーも共に行きなさい」

「わかりました」

「俺も……」

 同行しようとする朱羅を紫依が止める。

「朱羅がいなければ神を仮死状態には出来ないと思います。下のことは任せて下さい」

「だが……」

「ちゃんと帰ってきますから。この場はお願いします」

 そう言うと紫依は穴から飛び降りた。そのまま無言でルシファーが続く。

 手に力を入れてとどまった朱羅の肩をオーブが叩く。

「悔しいのは分かるが時間がないぞ。さっさとしよう」

 朱羅は低い声で獅苑に言った。

「下で何かあったら、すぐに知らせろ」

『はい』

 蘭雪が軽く咳をしながら獅苑に指示を出す。

「獅苑、このリストにある機材と材料を準備して。あと神の生体状態をモニターに出して」

「あ、これも準備してくれ」

 蘭雪とオーブが手際よく空中のスクリーンを操作をして、作業を進めていく。

『はい』

 獅苑は返事をすると同時に二人の指示を実行していく。その様子に朱羅は重く息を吐くと思考を切り替えた。




 紫依が降り立った部屋は左右に空間が広がっているものの、高さはなく紫依のすぐ頭上に天井がある部屋だった。床は一面がガラス張りで、ほんのりと光っており、それが光源となっている。

「遺産……はどこにあるのでしょう?」

 部屋には何もない。疑問を素直に口にした紫依に足元から一斉に黒い手が襲いかかってきた。

「結!」

 紫依が素早く札を床と天井に貼り付けて結界を作る。あっという間に結界を複数の黒い手がおおって部屋の全体が見えなくなった。

 そこにルシファーが降りて来たが、天井が低いため少し屈んで周囲を眺めている。そこに女性のホログラムが現れた。

 紫依が女性に訊ねる。

「この部屋には何もないようですが、遺産はどこにあるのですか?」

 紫依の質問に女性が床を指さした。

「これが遺産です」

「え?」

 紫依とルシファーが床に視線を向ける。
 ただのガラス張りの床かと思われたが、よく見るとハチの巣のように六角形の形をしたガラスが隙間なく敷き詰められていた。その中には透明な液体が入っており、その下からほんのりと照明で照らされている。

 だが、ところどころで照明が消えた黒い六角形もあり、不揃いな模様を生み出していた。

「これは、どういうものなのでしょうか?」

「……ヒトへと進化する前の人類が残した細胞です」

「細胞?」

「いつか毒がない新天地が見つかり、ヒトが文明を再興した時に再生するため、人類は自身の記憶と身体情報をこの細胞に凝縮させて眠りについたのです」

「それは、どういうことですか?」

「つまり再生プログラムを起動すれば、この細胞から人が生まれるのです。この姿になる前の記憶と姿を持って」

 衝撃の内容に深紅の瞳が丸くなる。

「まさか!?では、この一つ一つが人に!?」

「はい」

 女性のキッパリとした言葉に紫依が改めて床に視線を落とす。そこに一陣の風が吹いた。

『まったく、哀れな話じゃの』

 懐かしい声に紫依が顔を上げると、そこには半透明な姿をした土地神が浮いていた。

「土地神様!?どうやって、ここに?」

 土地神とは名が表す通り、守護する土地の神であり、本来はその土地から離れることはできない。

 土地神は紫依が驚いたことに気をよくしたらしく、どこか嬉しそうに言った。

『そなたが新しく住まいを移した場所に幼い土地神がおっただろ?』

 唐突な話だが、紫依は疑問に思うことなく頷いた。

「はい」

『力が強いそなたが朝、夕と踊りを奉納していたからの。幼い土地神は早急に力を付けたのじゃ。しかも、なかなか特殊な能力の持ち主だったようでの。自身を中継地として他の土地神を移動させることが出来るのじゃ』

「そのようなことが出来るのですか?」

『実際に出来ておるから、わらわがここにおるのじゃ。それより、時間がない。紫依、ここを壊すのじゃ』

「そのようなことをしたら、ここにいる人たちが……」

 紫依の言葉に土地神は床に視線を向けた。

『もはや人とは呼べまい。悠久の時の中で理性を失くし、生という本能のみに支配された怨念を』

「怨念……」

 紫依が結界にへばりついた黒い手を見つめる。土地神が女性の方に視線を移した。

『お主がこの細胞とやらから人を再生させなかったのは、そのためであろう?再生させたところで精神は怨念のみとなっている。このような精神では、体を蘇らせたところで生きることさえできぬ』

「……その通りです。それでもプログラムが何度か再生させましたが、全て失敗に終わりました」

 女性の答えに土地神が大きく頷く。

『紫依、終わらせてやるのじゃ』

「ですが……」

 紫依は躊躇うように黒い手に視線を向けた。無数の黒い手が結界に張り付き、自由を求めて、こちらに訴えている。

 悩んでいる紫依に女性が声をかけてきた。

「紫依、私からもお願いします」

「え?」

 女性からの思わぬ申し出に紫依が顔を向ける。女性は結界に張り付いた黒い手に、自身の手を合わすように結界に手を伸ばした。

「私もこのようになっていても、おかしくなかった。理性を失くし、プログラムに従って生に囚われ、怨念のように生きるだけの存在に……」

『だが、そうはならなかった。それだけの大きな存在が、そなたの中におったのであろう?』

 土地神の言葉に女性は小さく頷いた。

 父は自分の成長を見たがっていたが汚染された大地に体を蝕まれて逝った。母は自分を助けようとしたが、そのために寿命を縮め、遠い未来に希望を託して逝った。そして自分はそんな両親を生命が生きられなくなった星に残して宇宙に旅立つことしかできなかった。

 だから、せめて両親が望んだ、いつか自由になって生きる、という希望を捨てることが出来なかった。だが、結局は何もできなかった。

「私はずるずると生きるだけで、何もできなかった。自分の望みも、この人たちの望みも叶えることが出来なかった。それならば、せめて最期は共に……と考えていました」

 その決意を紫依の想いが動かした。そのことを悟った紫依は強く頷いて覚悟を決めた。

「わかりました。ですが私の力では、これだけの数を全て浄化することは出来ません。悪霊となり、この世界に災いをもたらす存在となる可能性が高いです」

『そこは、わらわたちに任せよ』

「わらわたち・・?」

 紫依が周囲を見ると古今東西、様々な国や地域の衣装を着た土地神が集まっていた。

『そなたの仲間に助けられたという異国の土地神も集まっておる。これだけいれば、どうにかなろうて。それに早くしないと、そなたの体も限界であろう?』

 土地神の指摘に紫依は目を逸らしていた自身の体調の変化を思い出した。
 少し前より銀の首輪の効果が切れており、向こうの世界の空気が毒として体内に蓄積されていた。そのためか体の中を鈍い痛みのようなものが走っている。

 紫依は大鎌を両手の中に出した。それだけで全身が圧迫され、痛みで体が縛られる。それでも紫依は体の異変を表情に出すことはなく大鎌をかまえた。

 そこで女性が顔を上げて天井を見た。

「上の作業が終わるようです。私は体に戻ります。ルシファー、紫依を頼みましたよ」

「はい」

 ルシファーが慇懃に頭を下げると、女性の姿が消えた。

 紫依が痛みをこらえて大鎌を振り上げる。黒い手が結界を激しく叩いて訴えた。

『やめろ!』

『許さんぞ!』

『ヤメロ!』

『やめるんだ!』

『人殺し!』

『ヤメてくれ!』

 必死の懇願や悲痛な叫び声が響く中、紫依は深紅の瞳を閉じると、全ての力を込めて静かに円を描くように大鎌を滑らした。

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