語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

希望

 少しの沈黙の後、紫依は両手を握り締めて、うつむいていた顔を上げた。

「それでも私は私が出来ることをしたいのです。諦めたくありません!」

 断言した紫依に黙って隣にいた朱羅はキッパリと言った。

「だが、君が神の器になることは反対だ」

「ですが、それ以外に神を自由にする方法は……」

 紫依が言いかけたところで呻くような苦しそうな声が聞こえてきた。

『……させぬ』

『我らが自由になるほうが先だ……』

『体……体を……』

『……毒がない世界で』

『自由を……』

 今まで静観していた黒い手が一斉に襲いかかってきた。

「結!」

 紫依が数枚の札を床に投げつけ、黒い柱と自分たちを囲むように結界を張る。結界の外へと追い出された黒い手がすがりつくように張り付いてくる。

「なんなんだよ、この手は!?」

 オーブの言葉に蘭雪が黒い手を睨みながら言った。

「どうせ賢者の怨念か何かでしょ?鬱陶しい」

「そういえば、、さっき見た情報の最後に出てきて……なんだ!?」

 一瞬、奇妙な浮遊感に包まれ、五人は同時に周囲を見回した。だが特に変わった様子はない。

 戸惑っている五人に女性が綺麗な顔を少し歪ませて言った。

「この船が向こうの世界に転移したようです」

「向こうの世界って、私たちの世界ですか!?」

「はい」

「獅苑!ウォーター!」

 紫依の呼び声に獅苑が苦々しい声で報告をする。

『何者かにシステムの一部を乗っ取られました。こちらからの操作を受け付けません』

「獅苑でも無理な相手ですか!?」

『……なにか特殊なモノらしく、こちらの攻撃が一切効きません』

「ゴーグルを出して下さい。確認をします」

『どうぞ』

 紫依が目の前に現れたゴーグルを装着する。

「俺の分も……」

 紫依が朱羅の言葉を途中で止める。

「深入りはしませんから補助はいりません。相手が何者か分からない以上、朱羅は下手に接触をしないほうがいいでしょう」

「わかった」

朱羅は思考を切り替えて獅苑に現状を訊ねた。

「このままだと俺たちの世界にこの船が落下するということか?」

『はい。全ての推進機関を使って逆噴射をかけていますが、落下は止められません。このままだと太平洋と呼ばれている海に墜落します』

 オーブが慌てて叫ぶ。

「いや、それはマズイ!なんの準備もしていないオレたちの世界にこんなのが落ちたら、恐竜が絶滅した時並みの被害が……いや、その前に未確認危険物として各国から総攻撃を受ける……最悪の場合、核爆弾を撃ち込まれるぞ!」

「この船の外壁なら核爆弾ぐらい問題ないでしょうけど、私たちが侵入した場所に撃ち込まれたらダメージが大きいわね。あと周辺の地域にも環境被害が出そうね」

 蘭雪が淡々と現状を呟いている背後では黒い手が結界を叩きながら呻き声を上げていた。

『この世界で……』

『……我らを解き放て』

『自由に……』

 薄暗い声をかき消すようにオーブが叫ぶ。

「うるさい!黙れ!なんで時間がない時に限って、次々と問題が起きるんだ!」

 頭を抱えているオーブに女性が声をかける。

「全てを解決できる方法があります」

「なんだ?」

「自爆プログラムを作動させます。破片一つ残さず消滅しますので、この世界に影響はないでしょう。みなさんは、いますぐに脱出して下さい」

 その提案に紫依がゴーグルを装着したまま言った。

「それは駄目です!脱出するなら、あなたも一緒です!そのあとで自爆プログラムを作動させます!」

「ですが、私の体はこの装置から出すことはできません。あなたの体に精神を移すつもりもありません」

 女性と紫依が睨み合う中、蘭雪が黒い柱の中に浮かんでいる少女の姿を眺めながら言った。

「本当にこの装置から出られないの?」

「はい。私の体の奥深くまで装置と一体化しています。それに無理に外そうとすれば体が死ぬようにプログラムされています」

「ふーん。でも、装置を外すより先に体が死んだら、どうなるかしら?」

「え?」

 予想外の意見に女性の言葉が詰まる。

「獅苑、この装置の構造図はあるかしら?あと、神の体の内部資料も」

『こちらになります』

 蘭雪の前に複数のスクリーンが現れる。朱羅もそのスクリーンを覗き込むと、蘭雪と討論を始めた。

 そんな二人に女性が声をかける。

「そもそも先に体が死んだとしても、この装置から体を取り外した時点で自爆プログラムが作動します」

「それは私がプログラムを書き換えて、体を取り外しても自爆しないように出来るので大丈夫です」

「そのようなことが出来るのですか?」

「先ほど、そのプログラムを見ましたが書き換えは可能と判断しました」

「……まさか」

 驚く女性に蘭雪がスクリーンと睨めっこをしたまま言った。

「こっちも、どうにかなりそうよ。体を仮死状態にしてから、この装置と切り離せば体へのダメージは最小限に抑えられそうね」

 女性が瞳を丸くする。

「本当に?そのようなことが可能なのですか?」

「自由を望むのなら俺たちは手を貸す」

 朱羅に言われて女性は紫依たち四人を見つめた。

「何故、私のためにそこまでするのですか?あなた方に残された時間は少ないのですよ?あなた方の世界に転移したとはいえ、この部屋には向こうの世界の空気で満たされています。この世界の空気で満たされる前に、あなた方の体が耐えられなくなります」

 紫依は深紅の瞳を閉じて自分の胸に手を当てた。

「それは、わかっています。ですが、それよりも私はあなたを自由にしたいと思いました。プログラムの中にあった、あなたのご両親の強い気持ちを知ってしまいましたから。助けたいのに助けることが出来なかった後悔。自由に生きることを何よりも望んだ強い希望。それを私は叶えたい」

 言い切った紫依の肩を蘭雪が軽く叩く。振り返った紫依に蘭雪たち三人が微笑む。

「そんな紫依の願いを叶えるのが私たちの望みよ」

「ありがとうございます」

 紫依が無表情ながらも、瞳はどこか嬉しそうに緩んでいる。その様子を眺めながら女性は瞳を閉じて遠い記憶を思い出した。

 自身がブレーンに組み込まれてから様々なことがあった。自分の存在のために、いろいろな命が散っていった。そのことを考えると自分は自由になる資格などないと思っていた。でも、もし可能なら……自由になることが許されるなら……

 女性の閉じられた左瞳から一筋の涙が流れる。

「どうするんだ?」

 朱羅の問いに女性が瞳を開ける。

「お願いします」

「わかった」

 朱羅の言葉を肯定するように紫依たちが頷く。そんな四人に女性が頭を下げた。

「ありがとう……」

 オーブが女性に笑いかけながら軽く言った。

「じゃあ、さっさと始めよう。紫依、システムを乗っ取ったヤツは分かったか?」

「……たぶん、この黒い手が原因だと思われます」

「はあ?こいつら、そんなことまで出来るのかよ?」

 オーブが呆れ顔で結界の外を見る。その一方でスクリーンを睨んでいた蘭雪が紫依に声をかけた。

「乗っ取られたシステムは紫依に任せていいかしら?」

「はい」

「じゃあ、朱羅は代用臓器の準備をして。オーブはこっちを手伝って」

「わかった」

「はい、はい」

 二人が返事をしたところで獅苑の声が響いた。

『アークから通信が入っています』

「アークから?繋いで下さい」

 紫依の指示に応えてスクリーンにアークの姿が映る。

『紫依のお兄様が紫依さんと話をしたいと言っていますが、どうしますか?』

 思わぬ報告に紫依は少し驚いた表情になった。他の三人もそれぞれ作業していた手を止めて顔を上げる。

「どうやって、アークに通信したんだ?誰か風真に向こうの世界へのアクセス方法を教えたか?」

 オーブの問いに全員が首を横に振った。

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