語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

はじまりのはじまり 13

 〝賢者〟の脳がある試験管をレーザー銃が撃ちぬき、破片が周囲に散らばる。突然のことに他の〝賢者〟の慌てた声が響いた。

『どうし……』

『〝ブレーン〟だ!〝ブレーン〟をおさえ……』

 ミュラーはケーブルを抜きながら次々とレーザー銃で撃ちぬかれていく〝賢者〟に説明をした。

「少々強力な防護プログラムをこの子につけました。この子に少しでも手を加えようとしたら攻撃されますから」

 と、説明が終わる頃には話が出来る状態の〝賢者〟はいなかった。

「スッキリした?」

 リウの質問にミュラーは頭を押さえながら苦笑いを浮かべる。

「あまり、いい気分じゃないわね。でも、このまま〝賢者〟たちの好きにはさせたくなかった」

「そう……って、どこに行くの?」

 フラフラと歩き出したミュラーが頭を押さえて振り返る。

「私も時間切れみたい」

 それは、いままでのミュラーからしたら考えられない程あっさりとした言葉で、リウは理解するのに時間がかかった。

「……どこが悪いの?」

「頭。はじめは頭が痛いかな?ぐらいだったんだけど、電脳空間で無理したのもあって、一気に体にきたわ。本当は立っているのも辛いのよ」

 そう言って口元だけで笑うミュラーは落ち着いていた。

「本当なの?」

「こんなことでウソついてもしょうがないでしょ?この子のことお願いね。あ、間違っても手を出したらダメよ。それが、この子を守るようなことでもね。電脳空間でも現実空間でも、この子に何かをしようとしたら、誰であろうと攻撃するように守護プログラムを組み込んだから」

「分かったわ。私は何もしない」

「あと、よろしく」

 背中を向けたまま手を振るミュラーにリウも軽く手を振った。そしてミュラーが部屋から出て行った後で、リウは荒れ果てた部屋を見回した。

 レーザー銃で試験管は粉々になり、床は培養液と血が流れている。そんな中、ただ一つだけ無傷の試験管があった。

大賢者プアール・コットあなたは他の〝賢者なかま〟たちに殺されたのかしら?それとも寿命?」

 リウは大賢者プアール・コットの脳があった空の試験管から床へと視線を移した。そこには肉片へと変わり果てた賢者が散乱していた。

「〝賢者〟と呼ばれる程の人類でも最期はあっけないものなのね。あなたは、どうなのかしら?」

 そう言うとリウは〝ブレーン〟の中にいる子どもを見た。
 何が起きたのか理解出来ていないであろう子どもは微かに目を開けて、静かに床を見つめていた。その瞳はパロットグリーンからオレンジへと変わる不思議な色をしていた。

「ま、私には知ることができない遠い未来で決着がつくのでしょうね。あと清掃ロボットを呼んでここを片付けさせないと……」

 そこまで言いかけてリウは全身を駆け巡る悪寒に襲われた。

「何!?」

 足元で得体の知れない何かがうごめいている。リウが原因を探していると〝賢者〟の肉片から半透明の薄暗い手が這い出してきた。

「ヒッ!」

 リウが思わず両手で自分の体を抱きしめる。だが薄暗い手はリウを無視して黒い柱にへばりついた。

 言い知れない恐怖に動くことができないリウの前で、薄暗い手はいつのまにか数を増やしていた。脳片からだけではなく床の下からも薄暗い手が伸びてきている。

 不気味な光景を静寂が包んでいたが、少しずつ重苦しい声が聞こえてきた。

『我らを新天地に……』

『……体を』

『自由に動ける体を……』

『毒がない世界で……』

『……我らを連れていけ』

 その声を聞いたリウは駆け出しながら叫んだ。

「動ける清掃ロボットを全部〝ブレーン〟がある部屋に集めて!床に落ちているゴミを全て焼却!部屋を滅菌して!それが終わったら誰も入れないように入り口を全て封じて!」

『了解しました』

 淡々とした感情がない合成音が答えるのと同時に清掃ロボットが部屋に入ってくる。リウは清掃ロボットと入れ替わるようにエレベーターの中に逃げ込んだ。

「なん……なのよ、あれ……」

 リウは人生で初めてかいた冷や汗で全身をぬらしていた。




 先にエレベーターに乗って移動していたミュラーは、エレベーターから降りたところで崩れるようにズルズルと座り込んだ。

「まだ……まだ、動いて。あそこに……行かなきゃ」

 プチプチと体の中で何かが弾ける音がする。

『おい、大丈夫か?』

 緊急通信機から聞こえるブドーの声に、ミュラーは力の抜けた声で答えた。

「ずっと見ていたんでしょ?移動介助ロボットを一台、お願い」

『子どもは、あのままでいいのか?』

 ミュラーは大きく息を吐きながら微笑んだ。

「私にできることはしたわ。あとは、あの子次第。種もあの子自身が育てていく。そして種はあの子が望むように育つ。すべては、あの子のために」

『あの子、あの子って最期に名前ぐらい贈ってやったらどうだ?』

「名前……そうね」

 ミュラーはオレンジの瞳を閉じて言った。

「アーク……アーク・スウ・リャン・フローラ」

『わかった。そう伝えよう』

「ありがとう。あの子のことお願いね」

 移動介助ロボットが音もなくミュラーの前に来ると抱え上げた。

『いや、お願いされるのはオレ達のほうだろ。これから〝神〟としてオレ達の全てを握るんだからな』

「そうね」

 ミュラーは誰にも会うことなく潜水艦まで移動すると、介護ロボットによって防護服を着せられて運転席に乗せられた。そのまま潜水艦が目的地を入力する前にゆっくりと発進する。

『目的地は入力しておいた』

 ブドーが背後ですすり泣いている人物に声をかける。

『なにか言うことあるか?』

 返事は聞こえない。ケナーのことだから声を出さずに泣くだけで精一杯なのだろう。

 ミュラーはその姿を目の前で見ているかのように想像できた。

「ケナーも、いろいろありがとう。とても助かったわ」

 返事は泣くのを一生懸命我慢している声のみ。でも大きく首を左右に振っているケナーの姿がミュラーには見えた。

『ありがとう……スウによろしくな』

「ええ」

 ブドーからの通信が切れ、潜水艦から羽が現れて空へと飛び立った。青い空に眩しいほどの太陽の光が降り注ぎミュラーは瞳を細めた。

 最期はもっと苦しいものだと思っていた。

 あがいて、もがいて、死にたくないと、醜い姿で叫んでいると。

 それが、こんな平穏な気持ちで死を迎えられるとは想像も出来なかった。

 ミュラーの顔から自然と笑みがこぼれる。

「きっと、フローラとスウのおかげね」

 成長する姿は見られないけど、私にできることは全てした。

 母親にはなれなかったけど、守ることはできた。

 あとは、フローラが自分で自由をつかむだけ。

 潜水艦からセスナ機へと変わった機体が島に到着する。移動介助ロボットがミュラーの体を抱えて外に出た。
 全身がプチプチと音をたてて崩壊していく。骨は砕け、筋肉はドロドロ。かろうじて皮膚で全身がつながっている。

「降ろして」

『イエス・マスター』

 人形のように眠るスウの隣にミュラーが座る。

「ちょっと、肩借りるわね」

 ミュラーはスウの肩に頭を乗せて瞳を閉じた。

「もう、いいよね」

 瞳を閉じたミュラーにスウの姿が見えた。両手を伸ばし、いつもの微笑みを浮かべているスウの姿が。

「おかえり。頑張ったね」

 その言葉にオレンジの瞳に涙がたまる。

「……ただいま!」

 ミュラーは涙をぬぐうことなく笑顔でスウに抱きついた。



 この数日後、フローラを取り込んだ〝ブレーン〟はヒトを乗せて惑星から飛び立った。枯れた大木の根元で眠る二人を残して……

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