語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

はじまりのはじまり 12

 消えようとする影を別の声が止める。

「ヒトの子どもさらっといて、その扱いは酷くない?」

「リウ!?」

 足の治療をしたリウがエレベーターを降りてミュラーの隣に歩いてくる。

「足は大丈夫なの?」

 リウは軽く笑うとミュラーの耳元で囁いた。

「私が〝賢者〟たちをかく乱するから、その隙に〝ブレーン〟を停止させて」

「え!?」

 驚くミュラーを無視してリウが〝賢者〟たちを睨む。

「いっつも、いっつも、こんなカーテンに隠れて命令するだけのくせに。顔ぐらい見せなさいよ!」

 リウの怒鳴り声と同時に七枚のカーテンに火が点き、炎が上がる。今度は本当の警報音が鳴り響き、消火のため天井からカーテンに向かって消火剤が噴出されて視界が白一色となった。

 混乱を作りだしたリウはミュラーの後頭部にあったレーザー銃を隠し持っていた棒で叩き壊した。

「今よ!」

 ミュラーは自分のケーブルを〝ブレーン〟のジャックポットに差し込んだ。一瞬で全てのプログラムを読み取り〝ブレーン〟を停止させるプログラムを組む。そこに〝賢者〟の鋭い声が響いた。

『止めなさい!〝ブレーン〟を停止させたら子どもが死にます!』

「えっ!?」

 炎が消えて消火剤の噴出が終わる。

 少しずつ視界が開けていく中、ミュラーは愕然とした表情のまま固まっていた。

「ミュラー、本当なの?」

 リウの質問にミュラーは焦点の合わない瞳で呟いた。

「……停止……できない。〝ブレーン〟を停止させたら……この子を〝ブレーン〟から出したら、この子は死んでしまう……」

 全てのプログラムと設計を見たミュラーは〝賢者〟の言葉が否定できない事実であることを誰よりも詳しく知ってしまった。

 子どもは神経から心臓まで現実空間にある〝ブレーン〟と完全に融合しており、〝ブレーン〟からの離脱、停止は死を意味している。そして電脳空間では〝ブレーン〟と子どもが離れられないよう強固なプログラムが組まれており、手が出せなかった。

「なんてことをしてくれたの……え!?」

 リウは〝賢者〟を睨もうとしたが、燃え尽きたカーテンの先にあるモノを見て動きを止めた。

 燃え尽きたカーテンの先に柱のような試験管が一本ずつ立っている。その中では配管で繋がれた脳だけが不気味に浮かんでいた。空となった大賢者、プアール・コットの試験管以外は。

「これが……〝賢者〟?私たちは脳に命令されていたの?」

 リウの呟きに〝賢者〟が淡々と答える。

『どんなに他種族の遺伝子を取り込もうと、体はいつか朽ち果てます。ならば体など最初からなければ良いのです』

「それでも、脳だけでも汚染物質は蓄積していくはず!こんなに長くは生きられない」

『その思い込みがいけないのです。汚染物質は脳に蓄積しません。いえ、脳だけには……ですね。今まで死んだヒトの中に精神を害して死んだ人がいましたか?いないでしょう?みな、最後まで意識はしっかりしていました。それは脳だけが健康だったからです』

「そんな……」

 〝賢者〟は呆然としているリウを置いてミュラーに話しかけた。

『ミュラー、〝ブレーン〟と子どもを離すことは不可能です。諦めなさい』

「……諦……める?」

 ミュラーは小さく呟きながらも、心の中は激しく否定していた。

 私は約束した。

 この子を守ると。

 この子の母親になると。

 でも、どうすればいい?

 どうすれば、この子を〝ブレーン〟から開放できる?

 黙り込んだミュラーに代わって、我に返ったリウが〝賢者〟たちに言い放つ。

「脳だけのくせに偉そうなこと言わないでよ!その子は絶対に〝ブレーン〟から出してみせるわ!」

『それは無理でしょう。〝ブレーン〟と、この子どもはヒトを新天地へと導き、我々にはなくてはならない存在となります。そして〝神〟と呼ばれる存在になるでしょう。我々の〝神〟となる〝ブレーン〟から子どもを出そうとするのであれば、我々はあなた方を拘束しなければなりません』

「〝神〟って何よ!まるで人類がいた頃の夢物語のようなことを言って!」

 憤慨するリウに他の若い男の〝賢者〟の声が響いた。

『我々は人類の生き残りだ。若く、幼いヒトを導くために自らこのような姿になった。お前たちヒトは生みの親である人類の言うことを聞いていれば良いのだ』

「まさかっ……本当に人類の生き残りだっていうの!?何百年、生きているのよ!?それに私たちだって、いつまでも子どもじゃないわ!自分たちで考えて生きていける」

『では、この事態をどう打破するのだ?この星ではヒトは生きられない。他の星へ移住するしかないが、その宇宙船と乗組員を維持、管理する〝ブレーン〟は不調続き。汚染によって死ぬヒトは増え、生まれるヒトは少なくなり、ヒトの数は減る一方だ。このままでは緩慢に滅ぶのを待つしか道はない』

 リウは少し悩んだ後、はっきりと言った。

「生まれるヒトの数が少ない原因は分かったわ」

『なんだ?』

「魂よ。生き物が住めなくなったこの星には魂の数が絶対的に少なくなっている」

 リウの発言に〝賢者〟はのどの奥で笑った。

『魂だと?それこそ人類が語った夢物語ではないか』

「違うわ。現に魂が宿った受精卵は初期段階を問題なく通過して成長をした。けど、魂がない受精卵は全て死んだわ」

『世迷い事を。魂など見えぬものを、どうして宿ったなどと言える?』

「確かに魂の存在を感じられるのは、植物の遺伝子が組み込まれた一部のヒトだけ。今はそのヒトたちが中心となって魂の存在の証明と研究をしているわ。もう少しすれば、もっと効率的にヒトを増やすことが出来るようになる。このことは、まだ研究段階だから報告をしていなかったけど」

 リウの発言に数秒の間が空く。まるで〝賢者〟同士で相談をしているかのような空気が流れたが、すぐに怒鳴り声でかき消された。

『それこそ〝神〟の領域だ!ヒトなどが手を出してはならない!』

 初めて取り乱した声を出した〝賢者〟にリウが勝ち誇ったように言う。

「自分たちで〝神〟とか言う存在を作りだしといて、そういうこと言うの?矛盾しているわよ。それとも魂という存在を発見して制御しようとしている私たちを恐れているのかしら?人類を超えた存在となった私たちを」

『何を、生意気な……』

 悔しそうに黙った男の声に代わり、老年の女性の声が響く。

『思い上がるのも、そこまでです。そのような研究もすぐに消えます。これからは我々が作った〝神〟が君臨するのですから。そして我々は汚染がない新天地で体を手に入れ、あなた方を導く存在となります』

「それこそ何を言っているのよ!〝神〟の元である〝ブレーン〟を作ったのは私たちヒトよ!それに中にいるのはミュラーの子ども、ヒトの子よ!あなたたち人類は関係ない!」

『〝ブレーン〟を造るように指示したのは我々です。それとも、あなたたちヒトは〝ブレーン〟がなくても生きられるというのですか?』

「確かに、ヒトが生き延びるには新しい星に移動するため〝ブレーン〟が必要だわ。でも、そのために子どもを犠牲にするなんて絶対、間違っている!そんなことをする人類なんかに導かれたくないわ!」

『では、残念です』

 断言したリウの後頭部にレーザー銃が突きつけられる。苦々しく銃を睨むリウの隣でミュラーはブツブツと考え込んでいた。

「時間……かかる……」

 ミュラーの脳裏にスウに見せてもらった花畑の映像が浮かんだ。

 小さな種が土の中に根をはり、緑の葉で大地を染めていく。たった一つの種が、未来には百、千と増えて、それ以上の数の花々を咲かせる。

「今が無理でも……未来なら!」

 ミュラーは一瞬でプログラムを作成すると繋がったままのケーブルを通して〝ブレーン〟の奥深くに植え込んだ。そして次のプログラムを作成する。

 そこで〝賢者〟がミュラーの動きに気づいた。

『ミュラー、何をしているのですか!?』

 後頭部に突きつけられた銃を無視して、ミュラーは〝賢者〟そのものである脳を睨みながら答えた。

「〝種〟を植えたわ。この種はプログラムの隙間に根をはる。そして花を咲かせて種を増やし、プログラムに対抗できる花々となる。十年先か、百年先か、もしかしたら千年先かもしれない。でも、この花々はいつかこの子を〝ブレーン〟から開放するわ」

『そんなことをしても無駄です。新しいプログラムを……』

 〝賢者〟の言葉は最後まで続かなかった。レーザー銃が〝賢者〟の脳がある試験管を撃ちぬいたのだ。

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