語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

はじまりのはじまり 3

 地上から帰還して全身の除染をしたミュラーはリウを訊ねて医務局へ来ていた。

「で、さっきの話の続きは何?」

 部屋に入ってきての第一声にモニターを操作していたリウが眉間にしわを寄せながら振り返る。

「いきなり本題?挨拶を入れるなり、小話を入れるなりしたら?直接的すぎるわよ」

「そんなの時間の無駄よ。で、用件は?」

 頑としたミュラーの態度にリウは軽くため息を吐きながら言った。

「〝賢者〟が〝ブレーン〟の製作状況を報告しろって言ってきたんだけど、あんたがとっとと地上に行ったから代わりにブドーが報告に行ったわ」

「助かったわ。〝賢者〟の小言は聞き飽きたところだったから」

「ちゃんとブドーに礼を言っておきなさいよ」

「はい、はい」

 ミュラーがモニターを操作しているリウの隣に座る。

「何をしているの?」

「調べもの」

 素っ気ないリウの返事を気にすることなくミュラーが訊ねる。

「何を調べているの?」

「過去よ」

「どうして、いまさら?過去を調べて分かることなんてあるの?」

 ミュラーの言葉にリウは操作していた手を止めて黒い瞳を向けた。

「私の仕事が何か知っている?」

「治療機器の管理でしょ?」

「そう。治療は機械がするから、その機器の管理なんだけど、どうしても納得いかないことがあるのよ」

「何?」

 リウは立ち上がるとミュラーに手招きをした。

「こっちに来て」

 ミュラーがリウに案内されるまま隣の部屋に行くと、そこにはいくつものガラスの柱が並んで立っていた。

「ここは?」

「人工胎内。ヒトが生まれる場所よ」

 リウの説明にミュラーはガラスケースの中でプカプカと浮いている小さな丸い玉を指さした。

「まさか、これがヒトになるの!?」

「そのまさかよ。今でも平均寿命が少しずつ低下していることは知っているわよね?」

「えぇ」

「それにともなって人口も減っているわ。そのことに対して〝賢者〟はヒトを増やせと指示を出してきたの」

「まあ、当然ね」

 ミュラーがガラスケースの中を覗き込みながら頷く。リウはそんなミュラーを横目で見ながら説明を続けた。

「でも、増やせないのよ。どんなに増やそうとしても、初期段階で死んでしまって、生まれることさえ出来ないの」

「どういうこと?」

 顔を上げたミュラーにリウはガラスケースの中を指さした。

「これ、受精卵って言うんだけど、今はヒトの形になるために細胞分裂を繰り返している状態よ。でも、もう少ししたら分裂が停止して死ぬわ。ほとんどの受精卵に同じことが起きていて、死ぬのも、ほとんど同じ初期段階なの」

「原因は?もしかして汚染が原因?」

「私も最初はそう考えたわ。でも違うようなの。それで過去を調べていたんだけど」

「何か分かった?」

 リウは肩をすくめた。

「もっと分からなくなったわ。今以上に汚染が酷かった時でも、こんなことはなかった。そりゃあ体内で育てて産んでいた頃は、母親が取り込んだ汚染物質が原因で出生率は下がっていたけど、それでもこんな初期で死ぬようなことはなかったわ」

「え!?これ体の中で育てていたの?」

「驚くところ、そこ?」

 リウの呆れたような声にミュラーが少し頬を膨らます。

「知らなかったんだから、別に驚いてもいいでしょ?っていうか、知っているヒトの方が少ないわよ」

「まあ……そうね。自分の仕事の分野以外のことは知らないことの方が多いもの。で、話を戻すけど、出生率を上げるために、今のような人工胎内が造られたの。それで安定して人口を維持することが出来るようになっていたんだけど、最近はそれさえも出来なくなっているわ」

「そのことは〝賢者〟に報告したの?」

「したわよ。でも〝賢者〟は人口と増やせの一点張り。こっちの言い分なんか聞きやしない!まったく腹が立つ!」

 そう言ってリウが力強く握りこぶしを作ると同時に、その手から炎が上がった。

「え?」

『火災感知、火災感知。消火します』

 室内に警報が響き、リウの頭上から消火剤が降り注いだ。

『消火確認』

 声とともに警報が消えて静寂となる。ミュラーは炎が出たリウの右手を見ながら訊ねた。

「えっと……今のは、どういうこと?」

 リウは気まずそうに自分の右手を見た後、消火剤によって真っ白になった全身に視線を移した。

「あー、とりあえず着替えてきてから説明してもいい?」

「そう……ね。そのままだと、まともに話も出来ないわね」

「じゃあ、隣の部屋で待っていて」

 白い足跡を残しながら歩いていくリウをミュラーは茫然と見送った。




 服を着替えてきたリウが苦笑いをしながら戻ってくる。

「ごめん、ごめん。最近は制御できるようになっていたんだけどね」

「……何を制御できるようになったの?」

 モニターの前にある椅子に座って待っていたミュラーが疑うような眼差しをリウに向ける。その視線にリウが乾いた笑いを作った。

「いや、さっきの火ね。なんか怒ったりすると出てくるのよ。本当、困ったわ」

「私から見ると、そんなことが出来る、あんたの存在の方が困ったように思えるわ」

「そう言わないでよ。それに私だけじゃないのよ」

「何が?」

「私以外にも火を出したりすることが出来るヒトがいるってこと」

「まさか!?」

 驚くミュラーの隣に座ってリウがモニターを操作する。

「人類と呼ばれた先祖が無限エネルギーと人工知能を開発して千年。医学では不老長寿化が実現されて数百年経ったわ。そのことで繁栄と栄華を極めたけど、それも一瞬のこと。人類の繁栄のために環境は汚染され、毒となって人類を滅亡へと導いた」

「それぐらい知っているわ。人類は滅亡しないために他種族の遺伝子を取り込んで、人工的にヒトへと進化したんでしょ?私の耳なんかが良い例じゃない。ブドーなんか魚って言うんだっけ?その遺伝子が思いっきり表面に出ているし」

「そう。でも、そこまでしても長くは生きられない。現在も平均寿命はどんどん下がっている」

「知っている」

 不機嫌丸出しで頷くミュラーにリウが苦笑する。

「話が逸れたわね。私みたいに植物系の遺伝子を組み込まれて生まれたヒトの中に、特殊な力を持っているヒトがいることが最近判明したのよ」

「特殊な力って、さっきのような?」

「そう」

「もしかして進化?」

「かもしれないし、今度こそ滅ぶのかもしれない」

「嫌なことを言わないでよ」

 リウが苦笑いをする。

「どちらにしろ、私たちがどう動くかでヒトの存続が決まるってことよ」

「分岐点ってわけね」

「そう。ところで」

 操作された跡のあるモニターを見てリウがミュラーに訊ねる。

「私が来るまで何を調べていたの?」

「調べるってほどのことじゃないんだけど、ヒトが人類だった頃の話を眺めていたのよ。今では信じられないことが起きていたのね」

「どんなことが起きていたの?」

「自らを殺す。自殺っていうのがあったんですって。もっと生きられるのに自分から死ぬなんて信じられない」

「そんな観念があったの?死んだら終わりなのに。それとも終わりにしたいほど生きたのかしら?」

「それが、そうでもないみたいなのよ。やり直すために死を選んだっていうのもあったわ」

「やり直す?」

「そう。不思議な話なんだけど、人類の体には魂というモノがあって、肉体が死んだらその魂は〝神様〟っていう存在がある〝あの世〟っていう場所に逝くらしのよ。そして、しばらくしたら魂は新しい体に入って、この世界に生まれてくるっていうの。輪廻転生?って言うらしいわ」

「なに、それ?魂ってモノは実際にあるの?」

「調べたけど実際にあったとは証明されていないわ。けど魂に関わる話は山ほど出てきた」

 そう言ってミュラーが検索結果をモニターに映す。

「本当、ものすごい数ね……待って!」

 リウがモニターを操作していたミュラーの手を止める。

「これは……ちょっと、ごめん。集中したいから出て行って」

 リウがモニターに釘づけになる。その姿にミュラーは軽くため息を吐いて頷いた。

「まったく。気になることがあると、それしか見なくなるんだから。じゃあ、私は自室に帰るわ」

 ミュラーが立ち上がって部屋から出て行ったが、リウは見送ることなく無言でモニターを睨みつけていた。

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