語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

はじまりのはじまり 2

 ミュラーは全身をおおう防護服に足と手を通していた。少しゆとりがあったが肩に付いているスイッチを押すと、防護服はミュラーの体型に合わせて収縮した。ヘルメットを被り、外気が入らないよう着脱部をロックして密閉する。

「いまさら地上を調査したって何もないのに」

 自分の少しイラついた独り言にため息を吐きつつ、ミュラーは小型潜水艦に乗り込んだ。

 かつて陸地に建てられていたシェルターも現在は海水面の上昇により海中に沈んでいる。残された陸地はほとんどなく、大気は汚染されているため毒と化しており、そのような外へわざわざ出るヒトもいなかった。
 ただ一人、五歳にして遺書を書いたという変人で有名なスウを除いて。

 ミュラーがスウの現在位置を目的地として入力すると、潜水艦は清んだ海の中へ発進した。

 水中とは思えないほど透明度が高い海中を潜水艦が悠然と進んでいく。汚染を除去しようとした結果、微生物を含めた全ての生物が死滅し、これだけの透明度を誇る海が誕生した。しかも汚染は除去できず、ヒトはこの海に触れることさえ出来ない。

 そんな死の海だが、何もないわけではなかった。

 海底には海に沈んだ都市の名残である高層ビルやタワーが並んでいる。中には海面から顔を出している超高層ビルもあり、ここが地上であった頃の繁栄を連想させる。
 この建物が建てられてから数百年は経過しているが、劣化した様子は見られず、それが文明の高さを証明している。無人となった都市を海面から降り注ぐ太陽がライトのように海中に差し込んでくる。

 人工的に造られた幻想的で美しくも、ひどく悲しい光景。

 せつないような、胸が苦しいような、世界に一人しかいないような錯覚に陥ってしまう景色が続く。

「……馬鹿馬鹿しい」

 ミュラーは哀愁を一言で切り捨てると前だけを見た。

「スピードを上げて上空に出て」

『イエス・マスター』

 潜水艦に内蔵された人工知能が事務的に答えると同時に潜水艦のスピードが上がる。そして海中を進んでいた潜水艦は一気に海面に顔を出すと両脇から翼が飛び出して、そのまま空へと舞い上がった。

 雲一つない青空をバックに強く輝く太陽。眼下では海面が太陽光を反射して宝石のように煌めいている。

「どうせ、スウあのバカはまた何も装備せずに行っているのよね」

 ミュラーは永遠と続く海の先に見えてきた小さな山を見ながら頬杖をついた。

 小型飛行機機となった潜水艦が着陸地点を探して山頂を旋回する。その中でミュラーは簡易マスクだけ装着して大きな白い翼を羽ばたかせて飛んでいる黒髪の青年を見つけた。

「やっぱり防護服を着てない」

 ミュラーはため息半分、呆れ半分で青年の姿を眺めていたが、青年が調べているものを見たとたん身を乗り出した。

「えっ!?」

 ミュラーは飛行機が着陸すると、ドアが開ききる前に飛び出して青年がいる所まで走った。

 息を切らせて走ってきたミュラーを青年がパロットグリーンの瞳を大きくして迎える。

「やあ、どうしたの?」

 のほほんとした声を無視してミュラーが目の前にあるモノに手を伸ばす。

「……ほ、本物?」

 疑いながらも恐る恐る触れようとする手を青年が遮る。

「触ったら崩れるかもしれない」

「崩れる……ってことは本物なのね?!データは採取した?いつ見つけたの?どうして連絡しなかったのよ!」

 問い詰めてくるミュラーに対して青年がゆったりと答える。

「見つけたのは最近。もう、ずいぶん前に死んだようだからデータは取らなかった」

「なんで?死んでいても、この環境の中で生存していたのよ!データを解析したら、少しでも有益な情報があるかもしれないじゃない!」

 そう言ってミュラーが採取しようと手を伸ばすが、青年はやんわりとその手を掴んだ。

「なん……」

 ミュラーは反論しようとしたが穏やかなパロットグリーンの瞳に見つめられ言葉が止まる。

「ひとりで頑張って生きてきたんだ。これからは、ゆっくり静かに眠らせてあげてもいいんじゃないかな?」

 パロットグリーンの瞳とオレンジの瞳がぶつかり合う。

 沈黙の中、風の音が大きく耳に響く。青年の表情は簡易マスクで隠されていて分からないが、ミュラーは青年の微笑んでいる顔が見えた。

 ミュラーが諦めたような、残念そうな声で答える。

「……わかった。データは取らない。報告もしないわ」

「ありがとう」

 安堵した声を聞いたミュラーは青年の全身を見た。

 長袖に手袋、ズボンにブーツと肌は露出していないが、薄手の服に簡易マスクを装着しただけで、大気が毒となっている地上では軽装備すぎる。

 ミュラーは青年をキツく睨んで怒ったように言った。

「なんで防護服を着ないのよ!?マスクだって簡易マスクだし!」

 その言葉に青年が困ったように答える。

「えー?できればマスクだって外したいんだけどなぁ」

「どうして、そんなに早く死のうとするのよ!?」

「うーん、そうじゃないんだけど。それに、この年まで生きられたし、そろそろ寿命がくると思うんだけどなぁ」

 青年―スウは現在二十五歳で、生きているヒトの中では最高齢者だった。

 改善できないほど進んだ環境汚染は、どんなに有害物質を除去してもヒトの寿命を縮めていた。少しずつヒトの体内に蓄積して二十歳前後でヒトに死をもたらす。

 そのため現在二十五歳のスウはもちろん、二十歳のミュラーも、いつ死んでもおかしくない状況だった。それでもスウは地上の調査という名目で、いつも軽装備で出かけていた。いくらミュラーが注意しても他人事のように、死とは無縁のように。

 その姿にミュラーはいつも魅かれると同時に苛立ちを覚えていた。
 防護服で全身を包み、必死に生にしがみつこうとしている自分が醜く無様なようで。自分の存在の小ささを、もろさを嫌でも思い知らされる。

「ミュラーはそのままでいいよ」

 ミュラーが驚いて顔を上げると、パロットグリーンの瞳が静かに見つめていた。

「ミュラーはミュラーのままでいて。僕より先に死なないで」

「なっ……」

 今まで見たことのないスウの表情にミュラーはオレンジの瞳を丸くしたが、すぐに言い返した。

「なに言っているのよ!私より先に死んだら、顔に落書きするって言ったでしょ!」

「あ、それは嫌だなぁ」

 のんびりと頭をかくスウにミュラーはフンっと顔を背け、その視線の先にあるものを見た。

「……こんなところで生きていたなんて。よく見つけられたわね」

「風が教えてくれたから」

「へぇ、風が…………え?」

 あまりにも自然に言ったため普通に相槌を打ってしまったが、確実に不自然な言葉があった。

「……ちょっと待って。風って何?」

「風は風だよ。今も吹いている」

 そう言いながらスウが手をかざす。確かに強いぐらいに風が吹き、簡易マスクの隙間から出ているスウの黒髪を揺らしている。

「風がどうやって教えるのよ?風が喋るとでも言うの?」

「そうそう。風は結構、お喋りなんだよ。肝心なことは教えてくれないけどね」

 当然のように説明するスウに対してミュラーは盛大にため息を吐いた。

「いいわ。スウの変人は今に始まったことじゃないし」

「でも、僕だけじゃないよ。リウは火を操ることが出来るし、他にもいるよ」

「リウが?統計はとったの?」

「いや、聞いた話しだから。でも、植物系の遺伝子を取り込んだヒトに多いみたいだよ」

「植物系ね……今度、調べてみる必要がありそうね。それにしても、植物って弱いように見えて意外と強いのよね」

「そうだね」

 そう言って二人が見上げた先には、風を遮断するような断崖絶壁に囲まれた場所に立つ、枯れた大木があった。




「……そろそろミュラーはスウと会えた頃か?まったく、この貸しは高いぞ」

 ブドーは年齢に合わない口調で独り言を誰もいないエレベーターの中で呟いた。

 最下層へと向かうエレベーターの行き先は〝賢者〟と呼ばれる人々がいる場所だった。現在、生きているのは十代の子どもばかりであるため、過ちを起こさないよう管理し、指示する存在として〝賢者〟がいる。

 〝賢者〟が何者なのか、いつから存在するのか誰も知らなかった。指示を出す時は声と影だけであり、誰も姿を見たことがない。ただ、指示を出す時は必ず最下層にある部屋なので〝賢者〟はこの付近にいるのでは、という噂はあった。

「さて。また急かされるのか、それとも小言を言われるのか」

 ブドーは妙に悟ったようなことを言いながら、表示されるエレベーターの階数を眺めた。

 エレベーターが停止してドアが開く。

 ブドーは戸惑うことなくエレベーターから降りると、そこは八角形の形をした部屋だった。後ろにあるエレベーターのドアを除いた、七つの壁にそれぞれカーテンが垂れ下がっている。

 ブドーは部屋の中心まで歩くと、目の前のカーテンに向かって声を出した。

「〝リャン一族〟ブドー、責任者ミュラーの代行としてきました」

 白というよりグレーのようなカーテンに囲まれた八角形の部屋にブドーの声が反響する。すると、それぞれのカーテンに明かりが灯り、人影が現れた。

 ブドーの目の前にあるカーテンから低く落ち着いた声が響く。

『〝ブレーン〟の製作状況を報告せよ』

 予想通りの問いにブドーは用意していた答えを言う。

「微調整を行っていますが〝ブレーン〟の暴走は変わらず続いています。このままでは死傷者が出るのは時間の問題です。計画を見直すか、初めから〝ブレーン〟を造り直す必要があると思われます」

『造り直している時間はない。計画は完璧だ。微調整に問題がある』

 ブドーはため息を吐きそうになったが我慢して報告を続ける。

「造り直している時間がないことは全員が理解しています」

『ならば計画を遂行せよ』

「最大限の努力はしています」

『努力だけでは意味がない。結果を出せ』

「その通りです。ですが、努力に対する評価は必要です。そして計画の修正も」

『計画は完璧だ。問題は微調整にある』

 言葉の堂々巡りにブドーは口調を強くして断言した。

「計画を見直さなければ〝ブレーン〟の完成前に死傷者が出ます。もし死傷者が出れば〝リャン一族〟は全員、この計画から手を引きます」

 〝リャン一族〟とは精神を電脳言語に変換して電脳空間に侵入することが出来るヒトの総称である。一族と呼ばれているが親子や肉親のような血のつながりはなく、突然変異によって生まれたと能力だと言われているが、実際には解明されていない。

 ブドーの予想外の言葉に、いつも即答する〝賢者〟にしては珍しくワンテンポ遅れて指示を出した。

『……死傷者を出さず、計画を遂行するように。指示は追って出す。以上だ』

「はい」

 ブドーは回れ右をすると、真っ直ぐエレベーターに乗り込んだ。そして、エレベーターのドアが閉まり、上昇を始めたところで深く息を吐いた。

「まったく、どこが計画は完璧なんだよ。でも……これで〝賢者〟がどう出るか、だな」

 ブドーの口角が少しだけ上がる。それはゲームを楽しむような年相応の表情だった。

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