語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

神の望み

 紫依が神の精神を自分の体に移す準備をしていると、天井の一部が消えてルシファーが部屋に入ってきた。だが透明な壁に阻まれて宙で浮いているような恰好になった。

 ルシファーがこれ以上入ってこれないことを知っている紫依は気にせずに作業をしていたが、突然音もなく透明な壁がガラスのように粉々に割れた。

 驚いて顔を上げた紫依に対して、ふわりと床に着地したルシファーは踵で床を軽く小突くような動作を見せた。

「この壁はある周波数の振動を与えるとガラスより簡単に砕けるのですよ。それ以外の振動に対しては壊れることはないでしょうが」

 床から生えている黒い手が道を開けるかのようにルシファーから離れる。大剣を持ったまま近づいてくるルシファーに対して、紫依はゴーグルを外して大鎌を右手に持った。

「貴方は神を守るようにプログラムされているのでしょう?」

「そうです。私は神を守り、神の望みを叶えます」

「神とこの船のプログラムの接続を外しました。もう少しすれば全ての推進機関は停止して落下を始めます。このまま神を守り続ければ、本体が地上に墜落します」

 紫依の現状を再確認する言葉にルシファーが満足そうに微笑む。

「はい、その通りです。そして私は神の望みを叶えることが出来ます」

 無傷の状態であれば問題ないが三回目のレーザー砲による攻撃で内部の損傷が激しい。この高度から墜落すれば外部の損傷どころか、神の本体があるこの部屋まで損傷することは明らかだ。

 それはルシファーもそれは分かっているはずだ。だが守ると言っているのに神の本体を守るような行動をしておらず矛盾を感じる。

 そこまで考えて紫依がハッと神に視線を向けた。黒い柱の中で静かに浮かぶ幼い少女に。

「まさか、神の望みとは……」

 その言葉を最後まで言わさないかのようにルシファーが遮った。

「あなた方のおかげで私は神を守りながら神の望みを叶えられます。その時がくるまで神を守らせて頂きます」

 ルシファーが静かに大剣をかまえる。

「それで朱羅をこの部屋に通したのですね。ここで戦うための体力を残しておくためにワザと負けて。いえ、それだけではありませんね。以前の戦いに比べて守りが薄かったのも、このためですか」

 紫依が結界を消して大鎌をかまえる。黒い手が一斉に襲いかかってきたが、紫依はそれを大鎌で軽く一蹴した。その威力におののいたのか、様子を見ることにしたのか黒い手が紫依の周囲から離れる。

「以前の戦いの時は、私は神の望みを知りませんでしたから。では最期の戦いをしましょう」

 その言葉を合図に大剣と大鎌が交わった。




 時間は少し遡り、朱羅と紫依が神の本体がある部屋で話をしていた頃。

 オーブと蘭雪は広い通路に積みあがった人型起動ロボットの残骸を見上げながら呼吸を整えていた。

「これで…全部……かしら?」

 蘭雪は肩で息をしながら手を壁について体を支える。汗が滝のように頬を伝って床に落ちていく。

 オーブは限界といった様子で足を投げ出して床に座り込んだ。

「一体、一体は強くないのに、数が多すぎるんだよ。しかも倒すのに集中力がいるから、ちまちま体力を削られるし」

 顔を流れる汗をぬぐいながらオーブは腕時計を見た。

「クソ!残り時間が少ない!蘭雪、動けるか?」

「ええ。まあ、この世界の空気を吸ったから即死亡ってことにはならないから。多少の時間は耐えられるわ」

 その言葉にオーブは苦笑いをしながら立ち上がった。

「とりあえず、あいつらを追いかけよう」

 二人は広い通路を走り出すと、数メートル先に穴を見つけた。

 オーブが屈んで穴を調べる。

「朱羅と紫依が開けたみたいだな」

「ということは、二人はこの先にいるのね」

 漆黒の瞳にムーンライトブルーの瞳が映る。二人は同時に頷くと穴の中に飛び込んだ。足元が明るくなってきたと思ったら、ホールのような広い部屋に出た。

 二人が警戒しながら周囲を見回していると、床に穴が開いて強風とともに朱羅が吐き出された。

 突拍子なく現れた朱羅にオーブが駆け寄る。

「どうした?何があった?」

 だが朱羅はオーブの姿が見えていないように無視して床に刀を斬りつけた。しかし鋭い音とともに弾かれる。

「クソッ!入れないように床を強化したのか!」

 そう言いながら朱羅は何度も刀を床に刺した。

「おい!どうしたんだよ?」

 オーブの声も聞こえていない様子で朱羅はひたすら刀で床を斬りつけ続ける。

 終わりが見えない行動に蘭雪は軽くため息を吐くと無言で朱羅に右手を向けた。するとバケツをひっくり返したような水が朱羅の頭上に降った。

「頭を冷やしなさい。紫依はどこ?」

 ここでようやくオーブと蘭雪がいることに気がついた朱羅が翡翠の瞳を丸くして二人を見た。

「いつ、ここに?」

 蘭雪が怒ったように答える。

「朱羅がこの部屋に飛ばされてくる少し前から居たわよ。で、紫依は?目を離さないように、って言ったわよね?」

 問い詰めてくる蘭雪に朱羅は少し考えた後、アイスブルーの瞳を二人に向けた。

「悪いが説明している時間が惜しい。先にこの情報を見てくれ」

「は?」

「なんの情報?」

 オーブと蘭雪の質問に返事はなく、二人の脳裏にある映像が流れた。

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