語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

白と黒の戦争 9

 ラウが宮殿に入ると、すぐ官僚たちが周囲を囲もうとしてプアールの姿に一歩引いた。

「し、白一族の者を連れてくるなんて!?」

「気は確かですか!?」

「へ、兵を呼べ!すぐに殺せ!」

 ハチの巣を突いたような騒ぎだが、ラウは気にすることなく歩いていった。プアールも当然のように後ろをついていく。

 プアールは視線だけで周囲を観察したが、床や壁、天井などあらゆるところから黒い手が顔を覗かせており、黒一族にからみついていた。だが、不思議なことに誰もそのことに気付いている様子がない。

「お止まり下さい」

 二人が謁見の間の入り口まで来ると、数人の騎士が固めていた。王直属の親衛隊であり、その腕は実力だけで選ばれたエリート集団である。

 その騎士たちにむかってラウはいつもの口調で話しかけた。

「私はゼウ王が第四皇子、ラウです。道をあけて下さい」

 騎士たちが一斉に武器をプアールにむける。

「ラウ様の命でも白一族の者を通すわけにはいきません」

 まったく動こうとしない騎士たちに、ラウの雰囲気が一変する。ラウは何もしていないのに、歴戦の騎士たちでさえ息をのんで身構えた。
 ただ事ではない様子に、戦場とは無縁の官僚たちが命の危険を感じて柱の影に隠れる。

 硬直状態の中、ラウの低い声が響いた。

「彼女は私の客人だ。いいから道をあけろ」

 ラウの得体の知れない殺気に押されて黒い手が消え、騎士たちが道をあける。謁見の間に入ると、王はいつものように白銀の椅子に座っていた。

 王は白一族のプアールのことは目に入っていないかのように無視して、ラウに声をかけた。

「何故、軍を解散した?命令違反は皇子だろうと死刑だぞ」

 ラウは朱色の絨毯の上をズカズカと歩くと、膝をつかずに堂々と王の正面に立った。

「では反対にお伺いしますが、あなたは本当に王ですか?」

 意外なラウの言葉に王のまわりにいた官僚たちが騒ぎ出す。騎士たちがラウの背後を遠巻きに取り囲んだ。

「母親似のその綺麗な顔を潰すのは残念だな」

 部屋全体から黒い手が伸びて、背後にいた騎士たちがラウに剣をむける。が、それより早くラウは王の前にいた。同時に固いものを貫いた鈍い音が響く。

「猿芝居は、もう結構ですよ」

 ラウは王の胸に突き刺した手を引き抜いた。

 足元に血が滴り落ちる。

「…………ラウ様……それは……」

「王が……まさか……」

「いつから……」

 ラウの右手に持っているものを見て、官僚たちや騎士たちは後ずさりした。

「ですから……猿芝居は結構です、と言ったのですよ」

 ラウが右手に持っている物。

 それは、機械の部品だった。

 今まで王をしていた機械は動力源を抜かれ、血を流すことなく停止している。ラウが右手に持っていた物を床に投げ捨てると、それまで部屋を占領していた黒い手が霧散した。

 一歩を踏み出したラウにプアールが駆け寄る。その姿に官僚の一人が声をかけた。

「ラウ様、傷の手当てを……」

 その言葉に柱の影に隠れていた官僚たちが次々と出てきた。

「動かないで下さい!」

「医者を呼べ!早く!」

「布を持ってこい!早く止血するんだ!」

 衝撃の出来事から我に返った官僚たちと騎士たちが集まってくる。濁っていた瞳は光を取り戻し、表情には力がありテキパキと動いている。しかし、ラウはそんな周囲の動きを手で制した。

 ラウの背中から流れ出る血が雨のように絨毯に降り注いでいた。王の胸に穴を開けると同時に騎士たちから背中に無数の攻撃を受けたのだ。この傷の深さでは手当てをしても助からないことをラウ自身が一番よく理解していた。

 ラウは治療を拒否すると青白い顔でプアールに微笑んだ。

「やっと謎が解けましたよ、プアール。この戦争が始まる前から、すでに王は神によって機械とすりかえられていたのです。神は機械の王を使って人々の感情を操り、白一族と戦争をさせることで黒一族を反乱グループ諸共、全滅させようとしたのでしょう。機械の王がいなくなったとたん、みな正気に戻りましたからね」

「これから、どうする?」

「いきましょう」

 そう呟くと、ラウはプアールとともに陽炎のようにその場から消えた。




 地下施設で白一族の軍のシステムを混乱させていたルーは、突如現れた二人の白一族の男に両手を掴まれていた。

「ちょっと、離してよ!」

 暴れるルーを男たちが必死に説得する。

「あなたはリャン一族、最後の生き残りなんですよ!」

「神より、あなたを保護するように命令が出ています!」

 その言葉にルーはますます怒鳴った。

「だからなによ!私以外のリャン一族が滅んだのは、神が電脳空間にばら撒いたウイルスに感染したのが原因なのよ!いまさら都合のいいこと言わないでよ!」

「とにかく、話は本部で聞きます」

 男の一人が麻酔薬を取り出す。ルーの首に麻酔薬を注入しようとしたとき、部屋に風が吹いて血の臭いが充満した。

 三人が視線を向けた先には全身を血で赤く染めたラウと、ラウを支えるように立っているプアールがいた。

「黒一族!」

 二人の男が反射的に銃をかまえる。

「やめて!」

 ルーが両手を広げてラウの前に立つと、部屋に銃声が響いた。

「ルー!」

 数発の銃弾を体に受けたルーをラウが受け止める。

「黒一族!その人をすぐに放すんだ!すぐに治療すれば助かる!」

 一人は銃をかまえたまま、もう一人はルーにむかって手を伸ばしている。ラウが行動する前にルーが叫んだ。

「移動して、早く!」

 言葉に後押しされるようにラウが手に力を入れる。

「いきますよ」

 その言葉にプアールが二人の体を掴んだ。

 ラウが最後の力で瞬間移動をした先は小高い山の中腹で、赤く染まった大地を地平線の遥か彼方まで一望できた。

「よう、おまえたちも来たか」

 力のない擦れた声がした方を見ると、そこには右手足がないインと、その胸で微かに瞳を開けているキウがいた。

「どうしたの?満身創痍じゃない」

 ルーが軽く笑いながら隣に座る。ラウもプアールに助けられながら腰を下ろした。

「白一族の軍のやつらがさ、クイの町を爆発させやがったんだ。手足はその時に吹き飛んで、体も吹っ飛ぶって時にキウが無理して瞬間移動してくれたんだ。最期にこの景色が見たいって」

「そうですね。どんな状態になっても、ここは私たちの星ですから」

 地平線に沈んでいく巨大な太陽。その光が反射して大地が真っ赤に染まっている。そして太陽と反対の夜を迎えた空には、二つの月が寄り添うように浮かんでいる。

 赤から紫、藍色へと変化していく空を四人が無言で眺める。そこにプアールが声をかけた。

「今なら、神の元に行けば助かるかもしれない。それでも、このままでいいのか?」

 プアールの質問にルーは当然のように答えた。

「ラウがいない世界で生きたいとは思わないの」

「オレもキウのいない世界で生きる意味はないからな。そういうプアールは、どうして生きようと思うんだ?」

 インの質問にプアールは少し考えたが、すぐに首を横に振った。

「……わからない」

「じゃあ、生きる意味を見つけられるまでは死ねないな」

 そう言うとインはポケットから丸いスイッチを取り出した。

「これを押せば救助隊が来る。おまえは神の元に帰るんだ」

 スイッチを受け取ろうとしないプアールにキウの口が動く。あまりに小さな声だったがインは聞き取れたようで楽しそうに笑った。

「そりゃいいな。そうしよう」

「なんだ?」

「キウが『生まれ変わって、また会いましょう』ってさ」

 その言葉にラウとルーもにこやかに笑った。

「それは、いいですね」

「生まれ変わっても、私のことわかるかしら?」

 その言葉にルーが血だらけのラウの手をしっかりと握りしめる。

「大丈夫です。見つけますよ、絶対に……」

 力強いラウの言葉にルーは嬉しそうに笑った。

「楽しみにしているわ。ごめん、少し眠い……」

「おやすみください。私はここにいますから」

「……ありがとう」

 しっかりとラウの手を握りしめていたルーの手から力が抜けていく。ラウは血で滑り落ちていくルーの手をしっかりと握りしめ、そっと声をかけた。

「大丈夫ですよ。離しませんから……」

 ゆっくりと止まっていくルーの鼓動にあわせるように、ラウもゆっくり瞼を閉じる。

 インは少しずつ体温が下がっていくキウの体を抱きしめながらプアールに言った。

「行け。このままだと、この星ごと焼かれるぞ」

「どういうことだ?」

「白一族はこの星から脱出したら全てを焼き払うんだとさ。黒一族を含めて、自分たちが存在した痕跡も全て消すために」

「……そうか」

 プアールが丸いスイッチを受け取ると、インは安堵したように力を抜いて目を閉じた。呼吸が止まった四人に乾いた風が吹きつける。

 一人となったプアールは静かに自分の胸に手を当てた。

「大丈夫。また会える」

 その言葉とともにプアールの全身が光り、四人を包み込んだ。


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