語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

白と黒の戦争 7

 プアールは、インが地下で育てている植物の世話を手伝ったり、ルーに電脳空間のことを教えてもらったりしながら、時々訪れるキウやラウと一緒に食事をするなどして、穏やかに過ごしていた。
 それは地上の戦争とはかけ離れた平穏であった。そして、この日常がずっと続くかのように思われた。

 だが、戦争は確実に悪化していた。そんな、ある日。




 インとプアールが日課である植物の水やりをしていると、息を切らしたルーが部屋に飛び込んできた。

「撤収命令が出たわ!」

 開口一番の言葉にインがのんびりと首を傾げる。

「は?なんで?」

 ルーは壁に右手をついて深呼吸をすると、顔をあげて二人を睨みつけるように言った。

「神はこの星を捨てる決断をしたわ。他の星に移住するから、すぐに本部に撤収するようにって」

「なんだよ、それ!星を壊すだけ壊して、あとは逃げるっていうのか!?」

 怒るインに対してルーも壁を叩いて怒鳴る。

「私に言わないでよ!私だって、私だって……」

 そう言いながらルーが左手で額を押さえる。いつもと違う様子のルーにインが心配そうに声をかける。

「おい、どうした?他に何かあったのか?」

 そこにプアールが無言で歩きだし、ルーの肩を軽く払った。それだけだったのだが、ルーは力が抜けたように深く息を吐いて、軽く微笑みながらプアールに視線を向けた。

「ありがとう。助かったわ」

「別に。ルーが教えてくれたことをしただけだ」

「でも、ちゃんと実行できたのだから、すごいわ。プアールなら本部でも生きていけるわね。私は……」

 そのままルーが黙る。プアールも何も言いそうにないので、話の内容が見えないインが間に入った。

「何が起きたんだ?と、いうかプアールは何をしたんだ?」

「前に話した薄暗い手のことは覚えている?あれが本部に蔓延しているのよ。あれに触れられるとイライラして、自分を保てなくなる。今も肩に乗ってて……振り払おうとしても振り払えなくて困ってたのよ」

「あぁ、あれかぁ。オレは視えたり視えなかったりするけど、あんまり影響は受けない感じなんだよな。他の奴らは見えてもないみたいだけど」

 インは少し考えると両手を叩いた。

「よし!じゃあオレたちはここに残ろう。ここなら自給自足をしていけるだけの設備があるしな」

「は?でも戻らないと強制的に本部に連行されるわよ」

「そこはルーがシステムをいじってオレたちが戻ったように細工すればいいだろ?」

 インが悪戯をする子どものような顔で笑う。その表情にルーは呆れたように肩をすくめた。

「そういう悪知恵はすぐに思いつくのよね。わかったわ、ちょっといじってくる。プアールはどうする?本部に戻ってもいいし、ここに残ってもいいわよ?」

「ここにいる」

 即答したプアールにインが笑う。

「だよな。よし、じゃあオレと一緒にこれから必要になる機械の整備を……」

 そこでインが持っている携帯型の情報端末が激しく振動した。

「なんだ?本部からの呼び出しか?」

 インが情報端末を開き、そこに書かれた文章を読んで絶句した。横から覗き込んだルーが思わず叫ぶ。

「なによ、これ!?この星を捨てるなら、こんなことしなくてもいいじゃない!」

「……ルー、頼みがある」

 滅多に聞くことがないインの真剣な声にルーが静かに返す。

「なに?」

「軍の動きを遅らすようにシステムを混乱させてくれ」

「なにをするつもり?」

「キウとラウをここに連れてくる」

「でも、あの二人がこのことを知ったら来ないかもしれないわ。二人とも王族としての意識が強いから……」

「わかってる。けどオレは助けたいんだ。あとで、どんなに罵られても、殴られてもいい。ここに連れて来れば……地下深いこの場所なら地表で何があっても耐えられる」

「……わかったわ」

「プアールはここで待ってろ」

「行く」

 水色の瞳と白銀の瞳が睨みあう。先に視線を逸らしたのはインだった。

「仕方ないか。おまえは全てを知り見届ける存在だもんな」

 小声で聞き取れなかったプアールがインに近づく。

「なんだ?」

「なんでもねぇ。すぐ出発するぞ。ルー、そっちは任せた」

「えぇ。気をつけて」

「あぁ」

 インとプアールが部屋から走って出て行く。ルーも部屋を出ると違う方向に駆け出した。




 クイの町は地上からの攻撃に地下全体が揺れ、立っているのも難しい状態だった。壁はところどころ崩れ、人々はパニックにおちいっている。

 プアールが閉じ込められていた牢屋から町の中に入ったインは岩陰に身を隠しながら呟いた。

「この状況だとキウを見つけるのも難しいな」

「こういう時、キウならどう動く?」

 プアールの質問にインが顎に手を置く。

「そうだな。現状からして指揮系統が機能してないみたいだから、それを確認して自分が指揮を執るか……そうか、指令室か!」

 インは足元に無造作に転がった日常生活品の中から汚れた布を見つけるとプアールの頭に被せた。そして自分は長い白髪を無造作にまとめて布でおおった。

「この騒ぎだ。髪の色さえ隠していれば瞳の色なんて気づかないだろ。指令室まで走るぞ、はぐれるなよ」

 プアールが無言で頷くと、インは人波の中に突入していった。

 ヒトにぶつかりながらも目的地を目指してひたすら走る。誰も二人のことを気にするヒトはいない。みな自分のことだけで精一杯な様子だった。

 だが、しばらくするとその動きに変化が現れる。パニックで右往左往していたヒトたちが一斉に止まり、ゆっくりと同じ方向へと動き出したのだ。

「……キウが何かしたな。ここだ!」

 インが勢いよくドアを開けると、そこには椅子に座ったキウと、その隣に立つ兵士が一人だけがいた。

「何者だ!?」

 兵士が剣をインに向けるのをキウが右手を上げて止める。肩で荒々しく息をしながらも威厳のある声で命令をした。

「あなたも、民の誘導に……いきなさい」

「ですが!」

「命令です」

 キウの低い声に兵士が思わず敬礼をする。

「失礼いたしました!」

 兵士が部屋の出口まで歩いてくる。インとプアールは瞳を見られないように布を深く被った。

 兵士は部屋から出る前に振り返り敬礼をすると断言した。

「キウ様、必ず生きて下さい!」

「……え?」

 どうして、そういう話になったのか分からないキウがキョトンとした顔で兵士を見る。

「ゼウ王や指揮官達は皆、自分のことしか考えていません。しかし、キウ様は違う。キウ様こそ、民の上に立つ王にふさわしい方です。ですから、こんなところで死なないで下さい」

 そう言うと兵士は走っていった。

「は?え?」

 戸惑うキウに布をとったインが笑いながら声をかける。

「随分と慕われてるな」

「なにも特別なことはしていないんだけどね」

「動けるか?」

「数十人の兵に同時にテレパシーを送ったから、さすがに体に負担が……」

 そう言いながら笑顔を見せたキウの全身からは汗が滝のように流れている。

「早くここから離れたほうがいい」

 その言葉にキウは肩をすくめた。

「私は民を見捨てて逃げるような、バカ指揮官達とは違うの」

 キウはニコっと笑ってインを見た。

「民のことを第一に考え、見届ける。それが王道でしょ?」

「……そういうところが慕われる理由なんだろうな。けど、今はそういうことを言っている場合じゃないんだ」

 インがキウを抱き上げる。

「白一族の軍が黒一族を一斉攻撃してくる。ラウはどこだ?」

「そうなの!?兄様は神を直接攻撃する部隊の総指揮官に命じられて、白一族の本拠地に兵を進めているわ!だから、どの町も最低限の数の兵しかいないの!そんな状態なのに攻撃をされたら、すぐに壊滅してしまうわ……」

 爆発音とともに銃声が聞こえてきた。

「軍が突入してきたな」

 キウがプアールに手を伸ばす。

「このことを兄様に伝えて!」

「どうやっ……」

 プアールの言葉が切れて姿が消える。

「プアールをラウがいる場所に瞬間移動させたのか。でも、ラウは黒一族の兵の中だろ?そんなところに移動させて大丈夫か?」

 インの指摘にキウが黒い瞳を丸くして慌てる。

「あっ、えっと……兄様がどうにかしてくれるわ」

「考えていなかったな」

 インが苦笑いを浮かべる。その間にも爆発音が大きくなり、銃声も近づいてくる。

「さて、これからどうする?キウが逃げないなら、オレも逃げないけど」

「……もう、卑怯なんだから。そんなこと言われたら残れないじゃない」

 キウが困ったようにインに視線を向けるが、水色の瞳が優しく微笑むだけで返事はない。

「わかったわ、一緒に逃げる。でも私は瞬間移動するだけの力が残ってないけど、どうやってここから脱出するの?」

「プアールが捕まっていた牢屋に乗り物を置いてきた」

「なら、そこに牢屋まで降りる階段があるわ」

「よし!じゃあ行くか!」

 町全体が揺れ、岩盤が崩れ、銃声と爆音が響く中をインはキウを抱いて走り出した。



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