語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

白と黒の戦争 4

 果てしなく続く白い空間。

 その中に一人、白いローブをまとったヒトがいる。オレンジ色からパロットグリーンへと変化する不思議な瞳をしたヒト。

 そのヒトの前にプアールは一人で立っていた。

 あなたは誰だ?私はあなたを知っている?どこかで会ったことがある?

 プアールは声に出して聞きたかったが口が動かなかった。それどころか体が硬直したように動かせない。
 形のいい淡い唇がオレンジ色の髪とともに静かに動いた。

「この戦争の全てを記録して下さい。しかし、この戦争の本当の原因につながることを記録してはいけません」

 言葉が終わると同時に強い光に包まれ、プアールは思わず目を閉じた。

「おい、どうした?」

 インに呼ばれてプアールの意識が急激に引き戻される。白い部屋は消えて、先ほどまでお茶を飲んでいた部屋が視界に写った。自分の状態を確認すると立ち上がった様子はなく、椅子に座っている。

 プアールが混乱していると、水色、黒色、青紫色の瞳が心配そうに顔を覗き込んできた。

「大丈夫か?」

「まるで白昼夢でも見ていたかのような顔ですね」

「今日はいろいろあったから疲れているんだよ」

「休んだほうが良さそうね。部屋に案内するわ。歩ける?」

「……歩ける」

 プアールは普通に答えたつもりだったが、今にも消えそうな声だった。そして、体は正直なのか、顔は真っ青で全身から冷や汗が出ている。

 自身の状態を把握できていないプアールにインが心配そうに声をかける。

「本当に大丈夫か?なんなら運ぶぞ」

「いらない。歩ける」

 インの申し出を断ってプアールが椅子から立ち上がる。その瞬間、世界が廻り再び天井が視界に入った。そのまま黒一色の世界となり、意識が消えた。




 夢でも現実でもない、微睡の中にプアールはいた。人の気配と音は聞こえるが、瞼は重く体も動かせない。これが現実なのか夢の中なのかは分からないが、何もできないと悟ったプアールはそのまま微睡の中を漂うことにした。

 すると雑音だった音は人の話し声だということが分かるようになり、少しずつ意味のある言葉となってプアールの耳に入ってきた。

「プアールの……結果だ」

 インの言葉にルーが小声ながらも怪訝そうに話す。

「どういうこと?…………だって言うの?」

 すぐ側にいるようだが二人が小さな声で話しているため、プアールの耳には途切れ途切れにしか声が届かない。

「あぁ。けど本人は……知らないかもしれない」

「このことを……ないの?じゃあ、何だと思っているの?」

「おれたちと同じ……と思っているか、考えたこともないか」

「根拠は?」

「勘」

「とっても嫌だけど、あんたの勘は本当によく当たるのよね」

 そう言うとルーは盛大にため息を吐いた。

 二人の会話を聞いているうちに意識が覚醒してきたプアールは、試しに少しだけ手を動かした。先ほどまで感じていた重さはなく、簡単に動く。次にゆっくりと瞳を開けると、白い天井と眩しくない程度に調節された光が入ってきた。

 プアールが周囲を確認するように視線を動かしていると、その動きに気が付いたインが声をかけてきた。

「お、起きたか。調子はどうだ?」

「変わった感じはない」

 プアールが体を起こしながら軽くまわりを見回す。ベッドと机しかない簡素な部屋で一つしかない椅子にインが座っており、その隣にルーが立っている。

「私が持っていた物は?」

「これか?」

 インが机の引き出しからポーチを取り出す。
 プアールはポーチを受け取ると、小さなケースを取り出した。そして中から錠剤を出すと、黙って飲み込んだ。

「それ何?」

「三日に一度これを飲まないといけない。今回はいろいろあって飲み忘れたから、倒れたのだと思う」

 平然と答えるプアールに対してインはどこからかハンカチを取り出し、大げさに泣きまねを始めた。

「それが食事とは、悲しいぞ。よし、今夜はご馳走を作ってやるからな」

「ごちそう?何だ、それは?」

「食糧庫からこっそり失敬してきた秘蔵の肉と、生の野菜に……あ、フルーツも食べごろだったな!あれも使うか」

 インの発言にルーが噛みつく。

「ちょっと、いつの間に肉なんて盗ってきてるのよ!」

「バレなきゃ良いだろ?それに、こういう時に食べないで、いつ食べるんだ?」

「バレたら連帯責任で私まで処罰されるのよ!勝手にそうゆうことをしないでよ!」

「そんなケチくさいこと言うなよ。オレたちの仲だろ?」

「あんたとそんな仲になった記憶は一切ないわ!」

 言い争いをしている二人の間にどうにかプアールが口を挟む。

「いや、その前に人の話を……」

 だが、全てを言い終わる前にインが笑顔で封じる。

「楽しみにしていろよ、プアール!腕によりをかけて作るからな!」

「いや、その前に……」

 困惑するプアールを無視して、インが勢いよく立ち上がる。

「じゃあ、ルー。あとは任せた!」

「は!?ちょっと、何を任せ……」

 ルーの質問が終わる前にインは部屋を飛び出していった。

「まったく……あの思いついたら周りが見えなくなる病は治らないのかしら」

 そう言いながらルーはプアールが持っているポーチを見た。

「さっき飲んだ錠剤を見せてもらってもいい?」

「あぁ」

 プアールはポーチから小さなケースを取り出すと躊躇うことなくルーに渡した。ルーはケースから錠剤を取り出すと天井の光に透かしたり、臭いを嗅いだりした。

「……確かに、これを三日に一回飲んだら動いていられるわね。見せてくれて、ありがとう」

 神妙な表情で錠剤を返したルーに対して、プアールは平然と錠剤をケースの中に入れてポーチに収めた。

 その様子を黙って観察していたルーは、殺風景な部屋を見回しながらプアールに声をかけた。

「この部屋を自由に使って。と、言っても必要最低限の物しか置いてないから、欲しい物があったら言ってね。あと、この施設の中は自由に動いていいわ。ただし、広いから迷子にならないように」

 その言葉にプアールは黙ってルーを見上げた。何か伝えたい気持ちがあるのに、どう言えばいいのか分からず言葉に出来ない。

 そんなプアールの心情を読み取ったのかルーが軽く肩をすくめる。

「私はインほど勘が良くないから、あなたの言いたいことが分からないわ。私はこれから仕事をしてくるから、用があったらインを捕まえて。この部屋を出て左奥にあるキッチンで料理をしているだろうから」

「わかった」

 素直にプアールが頷いたので、ルーは手を振って部屋を出て行った。

 人の気配がなくなり、プアールは目を開ける前にインとルーがしていた会話を、ふと思い出した。

「私は……何者なんだ?」

 声に出して自覚したとたん、プアールは目を開けていられないほどの眠気に襲われた。

「くっ……何も……考えられ……な……」

 そのまま崩れるようにベッドに倒れ、プアールは再び意識を失った。

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