語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

白と黒の戦争 3

 インが目の前にある木のドアを手で開けた。

「ほれ、入って」

 ドアの先は淡い白を基調とした壁に観葉植物が並ぶ質素な部屋だった。部屋の中央には六人掛けの円形のテーブルがあり、その先に小さな部屋がある。

 プアールが部屋全体を眺めながらゆっくり歩いていると、後ろからルーがスタスタと奥の部屋に入って行った。プアールもそのまま後を追おうとしたのだがインに止められた。

「おまえはいいの。こっちに来て、ここに座って」

 インに勧められるままプアールが無言で椅子に座る。するとテーブルの上に黒い髪と、白い髪のヒトの立体映像が現れた。

「記憶喪失なら、この世界のことよく知らないだろ?ざっと説明するよ」

 プアールは勝手に記憶喪失と決められたが、ほとんど世界のことを知らないのは事実であった。そのため、黙ってインの説明を聞くことにした。

 無言のプアールの様子を了承と受け取ったインが説明を始める。

「この世界の人種は、大雑把に分けて二種類になる。一つは、さっきプアールを捕まえていた髪が黒い、黒一族。全員なんらかの特殊能力、超能力を持って生まれてくる。さっきオレ達が逃げるときに地面が壁になったり、トゲになったりして襲ってきただろ?あれも黒一族の特殊能力の一つだ。で、もう一つは白一族。と言っても、全員が白いわけじゃない。ルーみたいな金髪やら青い目やら色々いる。まあ、髪が黒くなければ白一族になるってわけ。こちらは特殊能力がない代わりに高度な科学技術を持っている。ここまではいいか?」

 プアールがコクンと頷く。その姿にインは満足そうに説明を続けた。

「黒一族は、王を頂点とした階級社会だ。一方の白一族は、〝神〟という名の機械が管理する平等社会。あ、ちなみに黒一族は白一族も階級社会だと思い込んでいて、髪や目が白や銀色であるほど階級が高いと思っているけどな。そして、そんな考え方の違う二種族は、いつの間にか、この星の動植物も巻き込んだ戦争を始めた」

 その言葉とともにテーブルの上に緑色の惑星の立体映像が現れたが、すぐに茶褐色へと色を変えた。

「その結果、自分達以外の種を絶滅させて現在に至る」

 そこに奥の部屋から出てきたルーがテーブルの上に紅茶が入ったカップを置いていく。

「そんな中で、私達は地上の調査とともに、黒一族に捕まった白一族を助け出す仕事をしているの。と、言っても地上を出歩くヒトなんて滅多にいないけどね」

 そう言いながら、ルーがテーブルに五つのカップが置いた。しかし、今この部屋にいるのはイン、プアール、ルーの三人だ。
 明らかにカップの数が多いことに対して、プアールは声に出して訊ねることなく無言でルーを見つめる。
 そこにインが嬉しそうに声をかけた。

「客が来るんだ。一度会っていると思うけど、すっごく可愛い子だぞ」

 訳がわからないプアールが首を傾げると、ルーが呆れた様に笑った。

「まーた始まったわ、インのノロケ話」

「そういうルーだって、ヒトのこと言えないんじゃないのか?」

 インの意地の悪い笑みに、ルーが少し顔を赤くして咳払いをしながら椅子に座る。

「そんなことより、プアールはどうするの?このまま、ここに置いとくわけにもいかないでしょ?」

「プアールはどうしたいんだ?」

 インの問いにプアールは無表情のまま動かない。インとルーが顔を見合わせていると、どこか幼さの残る明るい声が響いた。

「その子なら、ここに置いても大丈夫だよ」

 聞き覚えのある声にプアールが振り返る。すると、そこには夏に咲くひまわりのように輝く笑顔のキウと、朝露に濡れるリンドウのような、ゆったりとした笑顔のラウがいた。

「よかったね。無事に脱出できて」

「どうして、この子ならここに置いても大丈夫なの?」

 ルーの質問に、キウが腰に両手を置いて堂々と答えた。

「その子には、怒りや憎しみがないもん。つまり黒一族の敵にはならない」

「ですが、味方にもなりませんよ」

 そう言うと、ラウは自然な動作でルーの隣に座った。

「じゃ、今度こそ名前教えてよ」

 キウはプアールの隣に座り、黒い瞳を輝かせて顔を覗き込んでくる。

 その行動に、プアールは困ったような少し眉をよせた表情でインを見た。助けを求めるような視線を、インは意地の悪い笑みを浮かべてバッサリと斬り捨てる。

「その口は飾りか?自分で声を出してみろ。話せるだろ」

 何もかも見透かしているような、透き通った水色の瞳。

 まるで暗示をかけられたかのようにプアールが無意識に喉に手をあてる。声を出すなど、考えたこともなかった。ましてや自分の意思で、自分の言葉を紡ぐなど……

 まるで自分の首を絞めているかのような姿勢で固まったプアールを八つの瞳が見守る。誰も急かすことなく、ゆっくりと時間が流れる中、プアールは口を動かしながら息を吐きだした。

「……プアール…………」

 口から初めて出た音はとても小さく、誰の耳にも聞き取ることはできなかった。
 だが、プアールは確かに言った。それは全の中に自分という個が、ここにいることの証明でもあった。

「なに?」

 聞き取れなかったキウが可愛らしく小首を傾げながらプアールに近づく。

 プアールはもう一度、今度は力をこめて言った。

「プアール・コット」

 無表情だが、どこか自信に満ちた声。
 それはプアールが初めて自分の声を聞いた瞬間でもあった。

「プアールかぁ。いい名前だね」

 無邪気に笑うキウの頭をインが撫でる。

「だろ?それなのにルーは変って言うんだ」

「だれも変とは言ってないわよ」

「いーや。あのときの顔は変だと思っていただろ」

「想像だけで勝手に決めつけないでよ」

 言い争いを始めた二人をキウが楽しそうに見守っている。口喧嘩がどんどん激しくなっていく二人を放置してプアールは黙っているラウを見た。

 その視線にラウが表情を和らげて頭を下げる。

「先程は立場上とはいえ、ひどいことを言ってすみませんでした。怪我はありませんでしたか?」

 プアールは少しの沈黙のあと素っ気なく答えた。

「怪我はない。どうやってここに来た?」

「私の特殊能力の一つに瞬間移動があります。お茶の時間は、ここで過すことにしているのです」

「黒一族は白一族と戦争しているのに、一緒に茶を飲むのか?戦争とはお互いを殺しあう行為ではないのか?それとも戦争とは敵対している者が一緒に茶を飲みながら殺しあうのか?」

 声を出すことを躊躇っていたとは思えないほど、溢れるように言葉が出てくる。そのことに周囲は驚いたが、一番驚いていたのはプアールだった。だが、表情に表れていないため誰も気づかない。

 そして突拍子のないプアールの質問にラウが思わず苦笑いを浮かべていた。そこにキウが身を乗り出すようにプアールの前に顔を出して答える。

「あのね、私達はこの戦争に反対しているの」

 この発言に、言い争っていた二人も話に入る。

「地上はこの戦争で何もない状態なの。一面荒野でヒト以外の生物は絶滅したわ」

「オレたちは、この星を死の星にしてしまった。ただ、今ならまだ間に合うんだ。絶滅した生物のサンプルは全て保存してある。今からすぐに生態系の再生を開始すれば、元に戻せるんだが……」

 インの話の続きをルーが引き継ぐ。

「でも、このことを何度も説明しているのに、上層部がまったくりあわないのよ。……というか、みんな性格が変わってしまったように、いつもイライラしていて、それどころじゃないって感じなの」

 ルーの言葉にキウが頷く。

「私達の方もそうなの。黒一族はもともと温和で争いごとは好まない性格なのに……土や水を操れるヒトが白一族と協力すれば、なくなってしまった自然を戻せるのに、そのことは全然考えてくれないの。白一族を滅ぼすの一点張りで……いつから、こうなっちゃったんだろ?」

 ラウがテーブルの上で両手を組んで結論を言った。

「たった数十年で世界は激変しました。それは私たちヒトが原因ですが、異文化を持った種族の争いが原因、というには時間が短く不可解な点が多くあります。この戦争には、もっと違う本当の原因があると私たちは考えています。そして、その原因を知るために、こうして定期的に集まって情報交換をしているのです」

「……本当の原因…………」

 プアールが呟くと同時に目の前が真っ白になった。

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