語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

白と黒の戦争 2

 子どもが無言で地面に銃口を向けると地面が少し盛り下がり、そのまま穴が開いた。そこから、金髪に青紫の瞳の女性が穴から這い出してきた。

「撃たないでね、味方だから。助けにきたけど、一緒に逃げる?」

 まるで食事にでも誘うかのような気軽な口調。女性は金髪に切れ長の瞳、豊かな胸に引き締まった体、と全てが整った文句のない美しい外見をしていた。だが、その特徴は独特の親しみやすい雰囲気が目立たなくさせている。

「このまま、ここにいても殺されるだけよ。いいの?」

 どこか茶目っ気のある言葉に、子どもはかまえていた銃を腰に収めて女性に近づいた。

「こっちよ」

 女性の誘導に従って穴の中を覗き込むと鉄で出来た梯子があった。そのまま穴に入り梯子を降りると、座席が四つ並ぶ小さな部屋に出た。

 モニターと計器の前に座っている白髪に垂れた犬耳のついた男性が水色の瞳を細めながら笑顔で振り返る。こちら男性の顔も整っており、明るい笑顔も付いているため爽やかな好青年といったところだ。

「おかえり。とりあえず、ここから離れるから席に座って」

「あなたは、そこに座って」

 女性が男性の隣に座りながら後ろの席を指さす。子どもが言われた通りに後部座席に座ると部屋全体が揺れ出した。

「このまま、地下を走っていくか?」

 男性の問いに、女性がレーダーで周囲の様子を確認しながら答える。

「早くここを離れたほうがいいわ。すぐ地上に出て」

「わかった」

 揺れがなくなると同時に、白一色だった壁に外の景色が映しだされる。そこは見慣れた赤茶けた荒野だったのだが突然、地面が波のように動きだした。

 地中から出てきた車は安定しない地面から逃げるように少しだけ浮いた。

「追っ手がきたな」

 大地が波から壁へと姿を変え、車を挟み込むように迫ってくる。

「逃げ切れる?」

「やれるだけ、やってみるさ」

 その言葉と同時に体に重力が加わる。だが、すでに避けきれない程の大きさに成長した壁が車の行く道を塞いでいた。このままだと確実に壁に衝突してしまう。

 女性はボックスの中にあったケーブルを取り出しながら言った。

侵入ダイブするわ」

「は?おい!」

 男性が止める間もなく、女性がケーブルを自分の髪飾りのジャックポットに刺す。その姿に男性は操作していた計器から手を離し、天井から降りてきた照準計を覗き込んだ。

「あの壁、壊すからな。しっかり掴まっていろよ」

 そう言いながら、どこか楽しそうに口角が上がる。

「避けろよ」

 男性の独り言のような呟きの後、十数発のミサイルが発射された。ミサイルは全て命中して目の前を塞いでいた壁が崩れる。だが、壁は岩盤となって空から降り注いできた。車はすれすれで岩盤を避けていくが、避けきれそうにない岩盤を男性がレーザーで砕いていく。

「下から来るぞ!」

 男性の言葉に女性の口は動かない。代わりに何故かスピーカーから女性の声がした。

『飛行モードに変形。スピードを上げるわよ』

 次の瞬間、体が椅子に縛りつけられるような圧迫感に襲われた。と、同時に地面がトゲの形に変わり突き出してきた。
 上から降りかかってくる岩盤と下から突き上げてくる岩を避けるため、宙を飛ぶ車は乗客を完全に無視した動きをした。あらゆる方向から襲いかかってくる重力に指一本動かせない。

 全ての岩を避けたあとも、車はそのままのスピードで平地を走っていた。

「逃げ切れたみたいだな」

 男性の言葉に女性の手が動き、髪飾りに刺していたケーブルを抜いた。

「体のあちこちが痛いわ」

 そう言いながら女性が狭い席で手足を伸ばす。

「なんの準備もなく侵入するからだ」

 呆れた表情の男性に対して女性がすました顔で答える。

「なに言っているの?私が侵入して運転していなかったら今頃、岩に衝突してペッシャンコよ」

 そう言って女性が後ろを振り返る。

「あなたも、そう思うでしょ?」

 子どもに同意を求めるが、白銀の瞳は体とともに固まったまま返事はない。その姿に男性は苦笑いをした。

「あんな運転を体験したらそうなるよな。オレにはあんな芸当、とてもじゃないが出来ないぞ」

 そう言って男性は一息つくと思い出したように言った。

「そういえば、まだ自己紹介していなかったよな?オレの名前は、イン・ヒルバ。インって呼んでくれ。こっちはルー・リャン」

「ルーでいいわ。あなたの名前は?」

 質問に対して、子どもは無言で首を横に振った。

 全にして個、個にして全。個でも全でもある存在のため、名前は与えられなかった。

 そんなことを考えている子どもの思考など知るはずもないルーが首を傾げる。

「名前、覚えてないの?じゃあ識別番号は?」

 識別番号とは名前とは別に個体を判別するため生まれた時に与えられるものであり、同じ番号のヒトはいない。個人を証明するものなので、名前と同じように覚えるのが普通である。

 だが、子どもは静かに首を横に振った。

「それも覚えていないの?なら、どうして一人で地上を歩いていたの?何処に行こうとしていたの?」

 青紫の瞳を白銀の瞳が無言のまま見つめる。
 微妙な沈黙が流れていたが、その雰囲気に耐えきれなくなったインが明るい声で間に入った。

「もしかして記憶喪失とかか?まあ、理由はどうであれ、呼び名がないのは不便だよな。よし、オレが名前つけてやるよ。そうだなぁ…………プアール……プアール・コット。どうだ?良い名前だろ」

 自身満々の言葉に、ルーは吹き出した。

「歴史上最高の賢者の名前をつけるなんて思いもしなかったわ。でも、どうしてその名前なの?」

 ルーの質問にインは顔を後ろに向けてプアールと名付けた子どもを見た。

「おまえは誰よりも知識をもっている。だろ?」

 インの確信を含んだような言葉に、プアールは何かを考えるようにじっと黙っている。だが、ルーにはその姿が返事に困っているように映り、インの頭を軽く小突いた。

「まったく、何言っているの。結局はいつもの思いつきでしょ?あなたも嫌だったら嫌って、言っていいのよ」

 ルーの言葉にプアールが静かに首を横に振った。

「この名前プアールでいいの?」

 ルーが少し驚いた表情をしているが、プアールは無言のままコクンと一回頷いた。

「ほれみろ。わかる奴には、この名前の良さがわかるんだよ」

 威張るインにルーは再び頭を軽く小突いた。

「たまたまでしょ。ほら、着いたから降りるわよ」

 いつの間にか壁に映し出されていた外の景色が消え、ただの壁になっている。後ろにあるドアが音もなく開いた。

「ちょっと狭いから気をつけて。こっちよ」

 ルーに案内されるまま降りる。そこは、茶色い壁にパイプや鉄筋がむき出しになっている倉庫だった。

「ここは昔、地下資源の採掘場だったのよ。倉庫は埃っぽいけど、居住区はキレイだから」

 案内されるまま底の見えない谷に架かる細い橋を渡り、重厚な作りの自動ドアをくぐる。そのまま窓のない廊下を歩いていると、木で作られたドアがあった。

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