語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

城と骨董品

 輝いていた世界がほどよく落ち着いた明るさになったかと思うと、夕暮れのように周囲が暗くなり、月のない闇夜の世界が広がった。先ほどいた場所ではキラキラと輝いていた空間が色を失くしてガラクタのように積みあがっている。
 不気味な静寂に包まれた中を紫依は静かに歩き出した。しばらく適当に歩いたところで紫依はふと足を止めた。視線の先には色を失くした空間の小山がある。

「ここから入れそうですね」

 紫依が小山の隙間を覗き込むと、不気味な黒い霧が漂ってきた。紫依が息を止めると左手をその隙間に入れると、体が隙間に吸い込まれた。

 次に目に入ったのは黒を基調とした様々な色が交わった世界だった。
 水の上に油を浮かべた時に出来るようなグニャリと曲がった世界。何一つ真っ直ぐなものはなく、見るもの全てが歪んでいる。ここが普通のヒトでは入ることも出来ない電脳空間の最下層である。

 全てが歪んだ最下層では、普通は平衡感覚が狂って立っていることも出来ないのだが、紫依は平然と歩きだした。足音も歪んでいるため、様々な方向から違う音となって耳に入ってくる。視覚、聴覚が利かないが紫依はなんでもないことのように進んでいった。

 その途中で紫依は足を止めることなく右手を下に向けて振り下ろした。それだけで斜め右後ろにいた何かが悲鳴をあげて崩れ落ちる。

「何かのプログラムが迷い込んで狂暴化したようですね」

 何かの拍子で最下層まで落ちたプログラムが、この歪んだ世界の影響を受けて狂暴化、凶悪化することがある。その狂暴化したプログラムが最下層から抜け出して、中層や上層にある空間を荒らすことが、ごくたまにあるが、それらは大抵すぐに駆除される。

「……この辺りにありそうなのですが」

 紫依は金色に輝く鍵を取り出した。プアールから受け取った時より明らかに輝きが増している。

 軽く周囲を見回した後、紫依は深紅の瞳を閉じて右手を突き出した。その瞬間、全身を光が包み、周囲の景色が一変した。

「やはり、ここでしたか」

 紫依が目を開けると、幅が広い長い廊下があった。クリーム色の壁で天井には金細工が施されている。廊下の真ん中には赤い絨毯がひかれ、左右にはアンティーク彫刻で造られた台があり、その上には陶器の壺や象牙の彫刻、絵画など様々な骨董品が並んでいる。それは、さながら美術館のようであった。

「相変わらず美しいですね」

 骨董品に統一感はないが全てが一級品であることは一目見るだけでわかる。これらは賢者が住む城が管理している情報を目に見える形に変換した結果であった。全ての情報が一級品であるため、一級の骨董品へと姿を変えているのだ。

 紫依は賢者が住む城を浮上させるために中心部へと歩いた。しばらくすると眼前に黄金と白銀で飾られた扉が現れた。

「ここですね」

 紫依が金色に輝く鍵を取り出し、鍵穴に近づける。そこで微かな音に気が付いた。

「これは……オルゴール?」

 今にも途切れそうなほどゆっくりと、でも一つ一つの音はしっかりとしている。紫依が音の元を探すと扉のすぐ横にある台の上に水晶で出来たオルゴールがあった。部品の全てが透明であるため、ネジから針まで動いている様子が見える。

「ここにオルゴールがあったなんて気づきませんでした」

 ラファエルの時に何度かここに来たことがあったが、オルゴールの存在に気が付いたことはなかった。
 止まりそうで止まらないオルゴールから目が離せずにいると、紫依の脳裏に映像が流れてきた。

「これは……このオルゴールの情報?」

 紫依が慌ててオルゴールから視線を外そうとしたが、情報は映像となって強制的に頭に入ってきた。


**********


 赤茶けた荒野を黒い煙が地を這うように流れていく。生き物が焼け焦げた臭いが充満する大地に転々と何かが転がっている。

 黒い煙で視界を塞がれた中を小さな影が一人で歩いていた。その小さな影はしばらく歩くと腰につけているポーチから球体を取り出し、掲げるように上空へ差し出した。
 すると、その球体は上下に割れて光輝きだし、その場で回転を始めた。しばらくして、その球体は自然と回転を止めると、輝きが消えて元の形へと戻った。

 小さな影は球体をポーチの中に戻すと、今度は小さなカプセルを取り出した。それから、その場に屈み、地面に散らばっている肉片の一部をカプセルの中に入れた。そして、その小さなカプセルをポーチの中に収めた。

 それからも小さな影は黒い煙が覆っている中を適当に歩きながら、地面に落ちている肉片や髪の毛などを採取していった。

 そんなことを黙々と繰り返していた小さな影が別の動きをした。警戒するように周囲を見渡しながら右手を腰に装着している銃に添える。

 そこに突風が吹いて黒い煙を一蹴し、小さな影が姿を現した。
 年は十代前半から中頃ぐらいで、少年にも少女にも見える顔立ちをしている。銀色に輝く髪とアーモンド形をした大きな白銀の瞳。それから猫のような耳と尻尾が生えている。

 そんな性別不明の子どもを囲むように大人たちが銃や剣などの武器を構えていた。背中に翼があったり、尻尾が生えていたり、獣耳だったりと、大人たちは様々な姿をしていたが、共通していることは全員が黒髪、黒瞳で顔色が悪く、疲労感が漂っていることだった。

 その光景に子どもはゆっくりと両手を顔の横まで挙げた。抵抗の意思がないことを表したのだが、周囲を囲んでいる大人たちの一人が憎しみを含んだ声で呟いた。

「白一族だ」

 その言葉に他の者が同意する。

「銀髪に銀瞳。上流階級者だ」

「殺せ……」

「殺せ」

 誰からともなく発せられた言葉が、次々と伝染していく。

「殺せ!」

「殺せ!!」

「殺せ!!!」

 まるで呪文でも唱えているかのように全員が声をそろえて子どもとの間合いを詰めていく。

「やめなさい」

 全員が殺気立つ中、低く落ちついた声が響いた。肩で切りそろえられた黒髪を風になびかせながら青年が歩いてくる。女性のようにも見える顔は綺麗に整っているが、それゆえに感情の見えない表情が冷徹な印象を与える。

 黒い髪の隙間から生えている豹のような黒耳がピンと立ち、切れ長の黒い瞳がその場にいる全員を鋭く射抜いていく。

「武器を下げなさい」

 青年の命令に誰も動かない。それどころか殺気のこもった視線が青年に向けられる。

 一触即発のような緊迫した雰囲気が青年を包む。

 そこに青年より明らかに年上である中年男性がうやうやしく出てきて、青年にひざまずいた。

「ラウ様、こやつは白一族です。我々は奴らに散々、苦しめられてきました。子どもとはいえ、このままにしておけません」

 中年男性の言葉に、青年は口元だけで冷たい笑みを浮かべた。

「誰が、このまま生かすと言いました?もう少し行けば、クイの町に着きます。そこで公開処刑にしたほうが町の民も喜ぶでしょう」

 青年の言葉に今まで不信の視線を向けていた周囲から歓声が上がった。

「さすがラウ様、そこまでお考えとは。さしでがましいことを致しました」

 そう言うと、中年男性が青年の代わりに指示を出す。

「こやつを捕まえろ」

 その言葉に逆らう者はなく、公開処刑宣告をされた本人でさえ抵抗することはなかった。

 無抵抗だった子どもは、あっさりと両手足を縛られて袋の中に入れられ、そのまま他の荷物と同じように荷台に乗せられて運ばれていった。

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