語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

記憶の譲渡

 朱羅は大剣を右手に出して女性に迫った。

「答えないのであれば、実力行使させてもらう」

 朱羅が大剣をかまえたところで声が響いた。

「待って下さい」

 その声に朱羅は驚いた表情をしたが、それ以上に驚いた表情で女性が言った。

「深層意識の中で眠りにつくようにしていたのに、どうやって目覚めたのですか?」

「朱羅の声が聞こえました」

 紫依の返答に女性が固まる。

「それだけで、目が覚めたと?」

「はい」

「ですが、簡単には出てこれないようにしていましたのに……」

 紫依の出現に明らかに戸惑っている女性に紫依が大鎌を見せる。

「全てを知りました。そのおかげで、あの球体から出ることが出来ました」

「……そうですか」

 想定外の事態に女性が俯いて考える。そんな女性に紫依は大鎌を消して右手を差し出した。

「私は全てを受け入れます。もちろん、あなたも」

 女性が再び驚いた表情で紫依を見る。

「よろしいのですか?あなたは出来ますの?」

 それは女性がどうしても朱羅に言わなかった『しなければならないこと』を出来るのかということだ。
 紫依は凛とした声で答えた。

「あなたも私の一部です。あなたがしようとしていたことを私がするのは当然です」

 迷いのない姿に女性は朱羅を見て微笑んだ。

「さすが、ミカエルの生まれ変わりが選んだ人ですね」

「君の生まれ変わりだ」

「相変わらず、やさしいのですね」

 そう言うと女性は紫水晶の瞳を紫依に向けた。

「私の知識と技術の全てを、あなたに」

 女性は差し出されていた紫依の手を握って姿を消した。紫依は小さく息を吐くと朱羅に視線を向けた。

「ありがとうございます。朱羅のおかげで私は全てを知ることが出来ました」

 礼を言う紫依に朱羅が頭を下げる。

「いや、あんなに記憶は見ないと言っていたのに、結局はこうなった。すまない」

 紫依が慌てて朱羅の頭を起こす。

「そんなことありません。朱羅がいなかったら私はずっと眠ったままでした。約束通り起こしてくれて、ありがとうございます」

 それでも不満そうな朱羅に紫依が訊ねる。

「それに記憶は見ていないのでしょう?」

「あぁ」

 しっかりと頷く朱羅に紫依も頷いた。

「でしたら、気にすることはありませんよ。私はもう大丈夫ですので戻って下さい」

「わかった」

 朱羅が翡翠の瞳を閉じると、浮遊感が消えて全身に気怠い重さがかかる。意識が現実に戻ったことを実感した朱羅が目を開けると、体はソファーに横たわっていた。

 ぼんやりと視線だけ動かしていると、椅子に座ったアークが覗き込んできた。

「お疲れさまです」

「……紫依は?」

 朱羅の質問にベッドから体を起こした紫依が答える。

「ここにいますよ」

「体に異変はないか?」

 朱羅がソファーから立ち上がって紫依に近づく。紫依もベッドから立ち上がりながら頷いた。

「大丈夫だと思います。アークさん、急なことで悪いのですが、今からラファエルさんが見た神の中心部の情報をお渡ししたいと思います。よろしいですか?」

「今からですか?私は早い方が助かりますが……」

 アークが綺麗な眉をよせて朱羅に視線を向ける。

「そんなに急ぐ必要はないだろ?記憶が戻ったことで体にはかなりの負担がかかっている。今は体を休めるべきだ」

 朱羅の意見に紫依がキッパリと首を横に振る。

「私は大丈夫です」

「だが……」

「情報を渡しましたら休みますから。情報はすぐにお渡しできます」

 譲りそうにない紫依の様子に蘭雪が呆れたように口を挟んだ。

「さっさと情報を渡して休んだほうが紫依の体には、いいんじゃない?その方がゆっくり休めそうだし」

 記憶を見ないと言っていたのに、結局は紫依の意識の中に入った朱羅はその罪悪感からあまり強くは言えず、渋々折れた。

「……わかった」

 朱羅が苦々しそうに頷く。

 アークは床から出てきたゴーグルを紫依に渡した。

「ありがとうございます」

 紫依はベッドに腰かけると、顔の半分をおおうゴーグルを装着した。アークがゴーグルから伸びているケーブルの一本を自分の首の後ろに刺す。

「準備できました」

「では、情報を渡します」

 そう言いながら紫依が瞳を閉じる。アークは茶色の瞳を少し伏せたまま止まった。少しして再び紫依が瞳を開ける。

「私が見た神の中心部の記憶は以上です。私への負担を考慮して、重要な記憶から優先的に思い出すようになっていましたので、全ての記憶は見ていません。ですので、これからも少しずつ何かの拍子に記憶を思い出すかもしれません」

「いえ、今はこれで十分ですよ。ありがとうございます」

 ゴーグルを外した紫依に朱羅が声をかける。

「これでいいだろ?あとは休め」

「……そうですね」

 紫依が頷いたので朱羅がアークたち三人に視線をむける。蘭雪は椅子から立ち上がって紫依の頭を撫でた。

「あまり一人で思いつめないでね」

「はい」

 オーブも椅子から立ち上がって紫依に声をかける。

「今は考え込まずに、ゆっくり休めよ」

「そんなに心配しなくても休みますよ」

 そう言って紫依がどこかぎこちなく微笑む。その表情に二人が顔を見合わし、そのまま蘭雪が朱羅に視線を向けた。漆黒の瞳からの無言の訴えを朱羅は理解したらしく、しっかりと頷く。その様子にオーブはアークと蘭雪に軽く声をかけた。

「オレたちがいたら紫依が休めないから、さっさと行こう」

「そうね」

 オーブと蘭雪が部屋から出て行く。アークも続いたが部屋から出る前に振り返った。

「なにかありましたら、すぐに呼んで下さい」

「はい」

 紫依の返事にアークは一礼で返すと部屋から出て行った。

 三人が部屋から出て行く姿を見送った朱羅はベッドに腰かけている紫依に声をかけた。

「一つだけ聞いてもいいか?」

「はい」

「ラファエルが残したプログラムは何をしようとしていた?」

 紫依の頭の中に深層意識で見た記憶が流れる。重要だからこそ重い記憶の数々。感情の閾値を高くしている紫依でも受け止めるだけで精一杯だった。

 紫依は今まで経験したことのない感情の嵐を抑えながら、ゆっくりと答えた。

「今は、まだ言えません」

 そう言って紫依は今までに見せたことのない微笑みを見せた。顔はアンティークドールのように綺麗に笑っているのに、深紅の瞳が今にも泣き出しそうに揺れている。儚く、今にも透けて消えてしまいそうなほど存在感がない。

 朱羅は無理やりにでも聞き出したい衝動を抑えて両手に力を込めて言った。

「……時がきたら教えてくれるか?」

 朱羅の言葉に紫依が微かに頷く。

「……はい」

「わかった。休む邪魔をして悪かったな」

 部屋を出て行こうとする朱羅に紫依が慌てて声をかける。

「あ、あの!」

 朱羅が振り返ると紫依は俯いていた。悩んでいるのか両手を膝の上に置いて握りしめている。しかし、数秒すると意を決したように顔を上げて言った。

「も、もし、お時間があるなら、私が眠るまで……あの、手を握っていてもらえませんか?手を握ってもらえると安心するというか、よく眠れるというか、あの……」

 最後のほうは言葉にならず紫依の口の中で言葉が消えていく。ちなみに顔は真っ赤だ。
 一方の朱羅は返事も忘れて少し驚いた顔をしていた。まさか紫依からこんなお願いをされることがあるとは考えてもいなかったのだ。

 朱羅が無言になったため紫依は激しく首を左右に振った。

「や、やはり先ほどのことは聞かなかったことにして下さい!め、迷惑ですよね!」

「いや、少し驚いただけだ」

 そう言いながら朱羅が紫依に近づく。

「で、ですが……」

「気にするな」

 紫依が座っている隣に椅子が現れる。朱羅はその椅子に座ると手を出した。

「休め」

「は、はい」

 紫依が戸惑いながらもベッドに横たわると、朱羅がそっと紫依の左手を握った。

「あ、ありがとうございます」

「気にせずに休め」

「……はい」

 紫依は握られた手のぬくもりに感情が落ち着いていくのを感じた。先ほどまで暴れていた記憶が静まり、いつもの平穏へと戻っていく。穏やかな水面で揺れているような感覚に包まれながら、紫依は眠りについた。

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