語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

感情の秘密

 決心をした朱羅は静かに声を出した。

「アークに繋げてくれ」

 朱羅の指示に反応してアークの顔が写ったスクリーンが出現する。アークはいつもの微笑みを浮かべたまま訊ねた。

『どうしました?』

「紫依の記憶の中に入る」

 朱羅の突然の方針転換にアークが驚く。

『あれだけ反対していたのに、どうしたのですか?』

「紫依の中で異変が起きている。それを確かめに行く」

『わかりました。そちらに行きます』

 数分後、アークが部屋の中に入ってきた。その後ろにはオーブと蘭雪がいる。
 その光景に朱羅の顔が微かに歪んだが、そのことに気が付いた蘭雪が心外そうに言った。

「まさか、除け者にするつもり?」

 朱羅が諦めたようにため息を吐く。

「俺は必要な情報以外は話さないからな」

「それでいいわよ。気を付けていってらっしゃい」

 満足そうな蘭雪に対して、アークがさり気なく付け加える。

「肝心の情報も忘れないで下さい」

 朱羅はその言葉には答えずに、いつも身につけている水晶のネックレスを外した。ベッドに寝ている紫依の額の上に水晶を掲げる。そして翡翠の瞳を閉じると、朱羅の体が崩れ落ちた。

 朱羅の体が倒れる前にアークが素早く支える。

「頼みましたよ」

 アークは床から現れたソファーに抜け殻となった朱羅の体を乗せた。

「とりあえず、座って待ちましょうか」

 アークの声に反応して床から椅子が現れ、三人は向かい合うように椅子に座った。

 微妙な沈黙が流れる中、蘭雪が思い出したように声を出した。

「獅苑に繋いで」

 宙にスクリーンが現れ、中央に獅苑の顔が映し出される。液体の中にいるのか黒髪が重力に逆らってふよふよと漂っていた。

『お呼びですか?』

 液体の中にいるが音は濁ることなくクリアに聞こえてくる。蘭雪は少しだけすまなそうな顔をして言った。

「調整中に悪いわね。ちょっと紫依について聞きたいことがあって」

『私にわかることでしたら』

「ありがとう。以前、電脳空間で初めて紫依と会った時に精神プログラムは見なかった?」

『右腕を修復したときに少しだけ見ました』

「そのときに変わったところはなかった?主に感情面あたりで」

 蘭雪の質問に獅苑が少し考えて答える。

『そういえば感情閾値が高く設定してありました』

 あまり聞きなれない単語にオーブが訊ねる。

「感情閾値ってなんだ?高く設定してあったら、どうなるんだ?」

『感情を感じるラインのことです。閾値が高いと普通の人が楽しいと感じることでも何も感じません。相当楽しいようなことでないと楽しいとは感じないでしょう』

「普通はそんなことを設定するなんて出来ないよな?」

 オーブの疑問に蘭雪が答える。

「ええ。精神を電脳言語に変換できる紫依だから出来るのよ。感情の高ぶりで力が暴走しないよう、防衛のために高くしたのでしょうね」

『はい、私もそのように思います。特に怒りや恐れに対しての閾値が異常に高く設定してありました』

 蘭雪は顎に手を置きながら獅苑を上目使いで見た。

「ねえ、それって本人にストレスになったり、精神が崩壊する原因になったりする可能性はある?」

『その可能性は低いと思います。精神に負担を掛けず、閾値が徐々に高くなるように上手くプログラムが組んでありましたから』

 その説明に蘭雪が確信を突いたように言葉を続ける。

「上手くプログラムが組んであったということは、今の紫依が出来るようなものではない、ということかしら?」

 蘭雪の質問の意図を理解した獅苑は言葉を選びながら答えた。

『……そうですね。ラファエル博士なら出来ると思いますが、ミス龍神では無理だと思います』

「じゃあ誰が組んだんだよ?そんな面倒なプログラムを」

 オーブの問いに蘭雪が当然のように答えた。

「紫依の中にいる、もう一人しかいないわね」

「もう一人って誰だよ?なんで紫依の中に別の人間がいるんだ?」

「電脳言語化できる紫依の精神なら別の人間との共存も可能よ。オーブも見たでしょ?紫水晶の瞳を」

 勘付いたオーブは軽くため息を吐きながら寝ている紫依を見た。 

「やっかいな精神だな」

「まったくね」

 同意する蘭雪にオーブが苦笑する。蘭雪はスクリーンの先で待機している獅苑に微笑んだ。

「ありがとう。参考になったわ」

『では失礼します』

 獅苑が一礼してスクリーンが消え、再び静寂が室内を包んだ。

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