語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

力の具現化

 その後もアークの説得も虚しく朱羅は紫依の記憶を見ることを頑なに拒絶した。当人である紫依は逆に「かまいません」の一点張りで、二人の意見はどこまでも平行線だった。

 着地点が見えないまま数日が経過した、ある日のこと。

 紫依は広い室内競技場のような場所で、この世界の服を着て軽く体を動かしていた。服はオーダーメイドのように体にフィットしているが、ストレッチ素材で出来ているのか見た目より生地がよく伸びて動きを妨げない。
 上着は詰襟、長袖で肌を出すことを嫌う紫依には好みのデザインだった。腰から下はスカートのように広がって足を覆っているが、前が割れて足が見える。当然、ズボンを履いているが、ショートパンツであるため肌が見える。しかし、そこは太ももまで覆うブーツを履いているので、結果として肌はほとんど出ていない。

 紫依と向かい合うように立っている朱羅も同じようなデザインの服を着ていた。ただズボンはショートパンツではなく、普通の丈のズボンにショートブーツを履いている。

「どうだ?」

 朱羅の声に準備運動をしていた紫依が満足そうに答える。

「とても着心地がいいです」

「体の調子は?」

「ここ数日しっかり休みましたので、問題ないと思います」

 紫依の答えを聞いて朱羅は部屋の隅にいるオーブと蘭雪に声をかけた。

「そっちもいいか?」

 オーブと蘭雪が手を振る。

「おう、いいぞ」

「思いっきりやっていいわよ」

 オーブと蘭雪もこの世界の服を着ていた。紫依や朱羅に比べると肩や胸や足など部分的に肌の露出があるが、基本的なデザインは似ている。

 朱羅が視線を再び紫依に向けて声をかけた。

「前、君の家の地下で力を具現化させて武器にする練習をしたのは覚えているか?」

「はい」

「あの時は力が大きすぎて建物が壊れそうになり途中で止めたが、ここはオーブと蘭雪が結界を張っているから、ここが壊れることはない。遠慮せずに力を解放しろ」

「はい」

 紫依は大きく息を吸うと両手を前に出して、深紅の瞳を閉じた。窓がない室内だが、どこからか風が巻き起こり、少しずつ紫依の手の中に風が集まっていく。

 その光景を見ながらオーブが蘭雪に小声で訊ねた。

「紫依の力ってラファエルの時より強いように感じるんだけど、どう思う?」

「私もそう思うわ。朱羅は気づいていないみたいだけど、私たちって前世の時より力が強いのよね。強い力を持った素材をベースにして生まれ変わらせたのが原因なんでしょうけど」

 蘭雪の言葉にオーブが明らかに体ごと引く。

「自分の身体なんだから素材とか言うなよ」

「あら、事実は事実よ。普通の身体に私達の前世の魂が入ったら、それだけで力に耐えられなくて壊れるもの。そんな力に耐えられて壊れない身体っていったら、もう素材レベルでしょ?しかも、そんな素材レベルのレア身体が同じ時代に四体もよくあったと思うわ」

「どういうことだ?」

「まるで誰かが準備していたみたいってこと。偶然でここまで強い身体が生まれる確率は数千年に一人の確立なのよ」

「そこはアークが何かしたんじゃないか?」

「それにしても出来過ぎなのよ。異世界とはいえ、私たちを生まれ変わらせる準備をしていたら神やルシファーが邪魔をしそうなのに。不気味なぐらい順調なの」

「そこは、ここで議論しても事実はわからないだろ?それより話を戻すぞ。前世の時より大きな力を具現化した武器を、前世の記憶がない紫依が扱えると思うか?」

「そうね……扱うことに問題はないでしょうけど、その前に具現化できるかが問題ね」

「つまり具現化さえ出来たら扱えるってことか?」

「私はそう推測するわ」

 そう言いながら蘭雪が左手を前に出した。そこに突風が襲いかかったが、見えない壁に弾かれて二人の左右にある壁に激しくぶつかった。

「結界がなかったら、全壊していたな」

 オーブの視線の先には、荒れ狂う風の中でどうにか力を一つにまとめようとしている紫依の姿があった。部屋全体にオーブと蘭雪が結界を張っているため建物には傷一つないが、なにもしていなければ時折発生する突風で壁や柱は穴だらけになって崩壊していただろう。

「このまま武器を具現化できれば第一段階クリアだな」

「そうね」

 蘭雪がいつもの余裕の微笑みを消して真っ直ぐ紫依を見つめる。

 三人の視線が紫依に集まる中、吹き荒れていた風が徐々に静まっていく。紫依の手に力が凝縮され、ぼんやりと形が出来ていく。

「あと少しだな」

 オーブが呟くと同時に紫依の手の中が眩しく光り、全てを弾き飛ばした。

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