語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

司令官

 壁しかない簡素な廊下を歩きながら紫依が口を開く。

「窓がないのですね。照明もないようですが適度に明るくて不思議な感じがします」

 紫依の疑問にオーブが答える。

「あぁ、ここは地下だから窓がないんだ。照明は壁自体が適度に発光しているから、いつでも明るいしな。地上は神からの直接攻撃を受けるから、全ての施設は地下に点在しているんだ。移動には転移装置を使うから道とか通路とかは必要ないから地下でも問題はない」

「すごいですね」

「この世界の技術なら、たいしたことじゃないさ」

「そうなのですか」

「そうそう。まあ、これからも驚くことがあると思うぞ。お、ここだ」

 オーブが何もない壁に手をつける。すると、そこにあった壁が消えて中の部屋が丸見えとなった。

「壁が消え?え?ドアはないのですか?」

 紫依が無表情のまま周囲を見回していると、部屋の中にいた茶髪の美しいヒトが三人の前に歩いてきた。

「ようこそ。こちらへどうぞ」

 椅子も何もない少し広めの部屋に三人が入ると、消えていた壁が現れて廊下が見えなくなった。

「あの、どういうことですか?」

 閉じ込められたような雰囲気に紫依が戸惑っていると、オーブが安心させるように軽く笑いかけた。

「まあ、まあ、落ち着いて。一つずつ説明していくから。とりあえず座ろう」

 その言葉に反応したかのように床から椅子が出てくる。オーブはその椅子に当然のように腰かけた。

「え?どうして椅子が?」

 不思議そうに床を見つめる紫依に朱羅が説明する。

「この世界では、部屋にいるヒトの会話や仕草から必要だと判断したものが壁や床から出てくる。逆に必要でなければ壁や床に収まっている。そもそもドアというものはない。その部屋に入りたいと思えば、さきほどのように壁が消える」

「ですが、私がいた部屋にはドアがありましたよ?」

「ドアがない部屋とは意外と閉塞感があって、慣れていないと精神的に負担になるからな。君がいる部屋にはドアを設置しておいた」

「そうなのですか……あ、あと、もう一つお聞きしてもいいですか?」

「なんだ?」

「先ほど、必要と判断したものは壁や床から出てくるということでしたが、その判断は誰がしているのですか?」

「ヒトではない。この部屋を管理しているプログラムだ」

「プログラム?」

「この部屋の管理人と考えればいい」

「管理人……」

 紫依が改めて部屋を見回す。そこに茶髪の美しいヒトが紫依に声をかけてきた。

「ご挨拶が遅れて失礼しました。この世界で神を落とす同志の指揮をしております、アークといいます」

 中性的な顔立ちに穏やかな笑顔と空気に包まれており、男性か女性か判別がつかない。思わず性別を確認したくなる容姿だが、紫依はそれよりも先に頭を深々と下げて言った。

「紫依・シェアード・龍神と申します。あの、初めてお会いした時に失礼な態度をして、すみませんでした」

 頭を上げる様子がない紫依にアークが慌てて両手を横に振る。

「いえ、こちらこそ配慮が足りず、あのようなことになってしまい失礼しました。あなた方の世界とこちらの世界では、いろいろと違うことがあり、配慮が欠けることがあると思います。ですが、これからはあなたの力が重要になります。どうか、力を貸して頂けませんか?」

 その言葉に紫依が真っ直ぐ顔を上げる。

「そんな!こちらこそ知らないことばかりで、ご迷惑をおかけすると思います!」

「では、お互いさまですね」

 そう言うとアークが手を差し出した。紫依が少しだけ深紅の瞳を大きくして、アークの手を見つめる。そして顔を上げると微笑んでいる茶色の瞳と視線が合った。

 アークが穏やかに口を開く。

「よろしくお願いします」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 紫依がアークの手を握る。

 二人の挨拶が終わったと判断したオーブが苦笑いを浮かべながら声をかけた。

「とりあえず、座って話さないか?この世界のこととか、いろいろ説明することもあるだろ?」

「そうですね」

 アークが頷くと、オーブの前に円卓と三人分の椅子が床から出てきた。

「お二人もおかけ下さい」

 紫依と朱羅が椅子に座ると、アークは申し訳なさそうに微笑みながら紫依に言った。

「本当は他の方々も挨拶をするべきなのでしょうが、ここの基地の空気はこの世界のヒトにはよろしくないので、私が代表で挨拶と説明をさせて頂くことになりました」

「どうして、よくないのですか?」

 紫依の質問にオーブが答える。

「この世界はオレたちがいた世界と違って空気が清浄すぎるんだ。逆に言うと、これぐらい清浄な空気でないと、この世界のヒトは生きられないってわけなんだけどね。大気が汚染されたオレたちの世界の空気は、この世界のヒトからしたら毒っていうこと。反対に、この世界の清浄すぎる空気はオレたちの体にとっては毒になるんだけどな」

 オーブの説明に紫依が軽く首を傾げる。

「ですが、この世界に来た時に外に出ましたが、何も問題はありませんでしたよ?温泉に入っている時も、何も感じませんでした」

「あ、それは首に付けていた浄化装置のおかげ。それを付けていたら体の周囲をオレたちの世界と同じ空気が包むから。ただし、一時間の時間制限付きだから。今はこの基地内をオレたちの世界の空気と同じものにしているから問題ないよ」

「そうなのですか」

 紫依が自分の首に触れるが、そこには何もなかった。いつの間にか首輪を外されていたことに無表情のまま驚いていると、穏やかに二人の会話を聞いていたアークと視線が合った。

 そこで紫依が何かに気が付いたように少し慌てて訊ねる。

「アークさんの体は大丈夫なのですか?」

 今の説明が本当なら、この世界の住人であるアークには毒であるはずだ。心配そうな紫依に対して、アークは穏やかに微笑んだまま答えた。

「大丈夫ですよ。私の体は特別ですから」

「特別……ですか?」

 どう見ても普通より華奢にしか見えない体格だがアークはゆっくりと口を開いた。

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