語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

目覚め

 紫依は柔らかな布団の上で目を覚ました。淡い水色の天井を眺めながら現状を思い出す。

「えっと……私は温泉に入っていて……お話しを聞いて……」

 そこで紫依は慌ててかけ布団をめくり、自分の体を確認する。体に巻いていたはずのバスタオルはなくなり、かわりに体の線に沿ったシンプルながらも独特の形をした服を着ていた。

「い、いつの間に着替えを?まさか誰かが!?」

 紫依が顔を赤くしながら軽くパニック状態になっていると、ドアを叩く音がした。

「紫依?起きたか?」

 聞きなれた声に紫依が反射的に返事をする。

「はい。起きました」

「じゃあ、入るぞ」

 淡い金髪を揺らしながらオーブが部屋に入ってくる。その手にはピッチャーとガラスのコップがあった。

「温泉でのぼせたんだって?とりあえず水が飲めるか?」

「え?あ、そういえば……」

 紫依は獅苑の話の途中から意識をなくしていたことを思い出した。話の途中で何度か温泉から上がろうとしたが、バスタオル一枚という姿と、獅苑の話が興味深かったこともあり、その機会を逃した結果のぼせてしまったのだ。

 オーブがコップに水を注いで紫依に手渡す。紫依はベッドに腰かけたままコップを受け取って水を飲んだ。ほどよく冷えた水が体の中を落ちていくのを感じる。

「ふぅ」

 一気に水を飲み干した紫依を見てオーブがすまなそうに笑う。

「迎えに行くのが遅くなって悪かったな」

「オーブが助けてくれたのですか?」

「いや、迎えに行ったのは朱羅だ。あの時は蘭雪が目を覚ましてバタバタしていたんだ」

「そうなのですか……」

 と、そこまで考えて紫依の顔がポンッという効果音が聞こえそうなほど真っ赤になった。

「ど、どうした?風邪ひいたか?熱か?」

 紫依が顔を真っ赤にしたまま手足をバタバタさせながら慌てて答える。

「あ、いえ、風邪ではないです。その、あの、それは朱羅が私を温泉から引き上げた……ということですよね?」

「あぁ、そうだ」

 当然のように頷くオーブに対して紫依の意識がどこかに逝きかける。

「おい!しっかりしろ!どうしたんだ?」

 オーブの声に引き戻されて紫依が頭をフラフラさせながら俯く。

「あ、いえ、大丈……夫、です」

「いや、全然大丈夫じゃないだろ!どうしたんだ?」

「肌を……朱羅に見られたと思うと……もう顔を合わせられません」

 そのまま紫依がベッドに倒れ込む一方で、オーブは納得したように胸の前で両手を組んだ。

「紫依にとっては死活問題だな。まあ朱羅はまったく気にしてないだろうけど」

「……そうですか?」

「朱羅や蘭雪は仕事柄、人間の体なんて内臓から骨まで全てを知り尽くしているからな」

「……確かに、そうですけど……でも、やはり私は……」

 そう言いながらかけ布団に顔をうずめる紫依を見ながらオーブが苦笑いをする。

「羞恥心が異常に高いよな。他の感情は鈍いのに」

 オーブの独り言に紫依が片目だけをかけ布団の隙間から覗かせる。

「……なにか?」

「いや、なんでもない。それより、これからどうする?体に異常がないか朱羅に検査してもらわないといけないけど」

「む、無理です!他の、他の方にお願いします!」

「そうは言ってもなぁ……」

 オーブが頭をかきながら考える。

「蘭雪はまだ安静にしてないといけないしなぁ……」

 悩むオーブに紫依が泣き出しそうな声で呟く。

「ふ、服の着替えまで……いくら仕事で人の体を見ることに慣れているとはいえ、裸を見ら、れ……」

 紫依が自分の発言で現状を再確認してダメージを受ける。

「裸は見てないと思うぞ。着替えに朱羅は関わってないし」

「え?」

「この世界は自分で着替えなくても勝手にしてくれるんだ」

「どういうことですか?」

「うーん……説明するより実際に見たほうが早いか」

 オーブが右手を出して少し大きめの声で命令する。

「青いグローブを装着」

 その言葉に反応してオーブの右手が光に包まれる。そして光が収束するとオーブの右手には青い布でできたグローブがはめられていた。

「こんな感じで簡単なデザインの服だったら自分で着替えなくても装着できるんだ。凝ったデザインとか着たい服があれば、その情報を入力したら同じような感じで装着することができる。だから紫依の服を誰かが着替えさせた、とかじゃないんだよ」

「で、では裸は見られていないのですか?」

 ぐいぐいと迫ってくる紫依にオーブが体を後ろに引きながら首を縦に振る。

「あぁ。この部屋に運んだだけだと思う」

「そうですか……」

 紫依が力尽きたようにベッドにうつ伏せる。

「じゃあ、朱羅に検査してもらっていいか?」

 その言葉に紫依の体がビクッと跳ねる。

「どうした?」

「いえ……でも……やはり顔を合わすのは……」

 紫依がうつ伏せたまま顔をベッドにこすりつける。その光景を見ながらオーブが、面倒だな、と考えだしたところでドアの外から声が響いた。

「オーブ、紫依は起きたか?」

 その声に紫依が反射的に起き上がり逃げようとする。そこにオーブが袖から銀のナイフを取り出して紫依を囲むように四方に投げた。そのままナイフが結界となり紫依を閉じ込める。

 紫依が慌てて結界を壊そうとしているとオーブがドアの外に向かって叫んだ。

「朱羅!紫依が逃げるぞ!」

 どうしても朱羅と顔を合わせたくない紫依が、その言葉に動きを止める。そこに部屋に飛び込んできた朱羅が結界ごと大剣を突き刺し、紫依の首の横に突きつけた。

 強制的に顔を突き合わす結果となった紫依が呆然と朱羅の顔を見つめる。一方の朱羅は紫依の全身を眺めて質問をした。

「何故、逃げようとした?」

「あ、いえ、それは、その……」

 顔を赤くしたまま紫依が視線を逸らす。その様子にオーブが苦笑いをしながら助け船を出した。

「おまえに肌を見られたのが恥ずかしかったんだとさ」

「……どうして恥ずかしいんだ?」

 心底不思議そうにしている朱羅に対して紫依が両手で顔を隠してうつむいている。

「紫依の性格を考えれば分かるだろ?これじゃあ、検査どころじゃないな」

「検査なら連れて帰った時にしたから、これからする必要はない」

「あれ?じゃあ、なんでおまえはここに来たんだ?」

「アークが改めて挨拶をしたいと言っている」

「あぁ。そういえば、この世界の説明もしといたほうがいいよな。紫依、動けるか?場所を移動するぞ」

 オーブに促されて紫依が顔を上げる。

「え?」

「ほれ、さっさと行くぞ。アークとは一度顔を合わせているけど、紫依は混乱していたから覚えてないだろ?」

 オーブが歩き出そうとしたため、紫依は慌ててベッドから立ち上がった。

「あの、誰かと会うのですか?」

「俺たちを統率しているヒトだ。司令官のような存在だな」

 朱羅がさり気なく説明を入れる。紫依は先ほどまで朱羅を避けていたことを忘れ、普通に質問をした。

「私はその方とどこかでお会いしているのですか?」

「……温泉に入る前にひと騒動あっただろ?君が目を覚ました直後にアークが挨拶をしたそうだ」

「そうなのですか?」

 紫依は少し首を傾げて考えた。

「どうしましょう……思い出せません」

「あの時は錯乱していたからな。アークも気にしていない」

「ですが失礼な態度をしてしまいました……」

 どこか落ち込んだようにうつむく紫依の頭を朱羅が軽く撫でる。

「なら、これ以上失礼にならないようにアークが待っている部屋に行くべきなのではないか?」

「そうですね」

 朱羅に触られても気にする様子なく頷く紫依を見てオーブが軽く笑う。

「じゃあ、行こう」

 オーブを先頭に三人は部屋を出て行った。

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