語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

白の回想

 薄暗い部屋に巨大なスクリーンがあり、そこには温泉の中にある資材を掴んでいる獅苑の姿が映し出されていた。

「ずいぶんと懐かしい話をしていましたね」

 中性的な声に反応して、スクリーンの前にいたヒトが振り返る。

 それは年齢が十歳ぐらいの男の子にも女の子にも見える子どもだった。プラチナのように輝く銀髪と、アーモンドのように丸い白銀の瞳をしていたが、それ以上に特徴的なモノが頭と腰の少し下から生えていた。
 銀髪の間から猫のような大きな耳と、細いしっぽが生えているのだ。ピクピクと音がする方向に反応する耳は見るからに本物だ。しっぽも滑らかに自由に動いている。

 銀髪の子どもは声の主を見て面白くなさそうに言った。

「そういうおまえこそ、いつからそこで見ていた?盗み見とは趣味がよくないぞ」

 鋭い指摘にも茶髪の美しいヒトは優雅に微笑んだ表情を崩すことなく答える。

「最初に盗み見していたあなたに言われたくないですよ」

「自分の守護者の状況を確認していただけだ」

「では、そういうことにしておきましょう」

 含みを持った言い方に銀髪の子どもが不機嫌そうに眉をよせる。

「どういう意味だ?」

「あなたは意外と過保護ですからね。ところで今さらなことですが、あの時どうして獅苑の前に姿を現したのですか?」

「道に迷っていたからな。迷子の子どもに道を教えただけだ」

「賢者の住む城の存在と、そこに何があるのかを教え、獅苑に生きる道の一つを示した。確かに迷子の子どもに道を教えたようなものですが、何故あなた自らがそのようなことを?あなたは限られたヒト以外に姿を見せてはいけない。そのことはご存知でしょう?」

 その言葉に銀髪の子どもは自嘲気味に笑った。

「そんなことは私が一番よく知っている」

 そう言うと銀髪の子どもが右手を出した。その上に文章が表れる。

「獅苑の仲間……騎士団が残した言葉だ」

『私たちは与えられた命を生きた。もう、死の記憶はいらない』

 それを読んだ茶髪の美しいヒトが淡々と問う。

「償いのつもりですか?」

 数秒の沈黙の後、銀髪の子どもが口を開いた。

「一度、死んだのに甦らされることは、本人には辛いことなのか?」

「私には、わかりません」

「ミカエルたち四人に前世の記憶はなかった。前世で私と出会ったことも、その時になにがあったのかも、全てを忘れていた。だから、ミカエルたちには一から神を落とす計画を説明し、納得してもらった。そのため時間もかかった。次はそんな無駄を失くすために、ミカエルたちは記憶を維持したまま生まれ変わらせた。その結果、前世の記憶を持った朱羅たちが生まれた」

 銀髪の子どもの説明に茶髪の美しいヒトが同意する。

「そのおかげで今回は順調に進んでいます。もし今回も失敗したら、彼らには次も記憶を維持したまま生まれ変わってもらうでしょう」

「……そうだな。神を落とすため、この世界の力のほとんどを彼らに与えた。これで神を落とせるのは彼らだけになった。そのため神を落とすまで甦る。いや、甦らせられる、か」

「甦った後、どう生きるかは彼らが決めることです。ですが、遺伝子に組み込まれたプログラムには逆らえません。彼らは神を落とすまで、そのために生きるでしょう」

 銀髪の子どもが薄暗い天井を見上げる。

「私は、とんでもないことを始めてしまったのか?」

 ただ、彼らに再び会いたかっただけなのに。自分に名を与え、喜びや悲しみを教えてくれた彼らとともに、もう一度笑い合いたかっただけなのに。
 生まれ変わった彼らは記憶がなかったためか、自分が知っている彼らではなかった。まったくの別人だった。根本は同じなのに、性格も話し方も違う。同じところは一つもない。

 銀髪の子どもが過去を思い出していると、茶髪の美しいヒトが声をかけた。

「後戻りは出来ません」

 茶髪の美しいヒトが穏やかな表情とは対照的に強く断言する。

「私たちに出来ることは見守り、導くことです」

「……そうだな」

 銀髪の子どもが視線を戻すと、茶髪の美しいヒトの姿は何処にもなかった。独りとなった銀髪の子どもは右手の中にある文章の最後に視線を落とした。

『私たちのディオを頼む』

「あいつは頼まれなくても生きていける。自分で生き方を決めたからな」

 そこに、ふと頭の中で声が響いた。

『どうして生きようと思うんだ?』

 遠い昔、自分にこの名を与えたヒトが訊ねた言葉に、銀髪の子どもは力の抜けた笑みを浮かべた。

「答えはまだ見つかっていない。だが、今は少し楽しい」

 過ぎ去った日々を再び取り戻すことは出来ないが、懐かしむことは出来る。
 誰も知らない四人のことは自分が覚えていれば十分なこと。今の人生を生きている彼らに教えることでも伝えることでもない。

「さて、手がかかる守護者の身体ボディ調整の準備でもしてやるか」

 過去は変えられないが、未来は次々と変わっていく。世界は予想外のことばかりで意外と飽きない。

 銀髪の子どもは巨大なスクリーンを消すと部屋から出て行った。

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