語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

黒の回想8

 一番年下だったせいか、皆から弟のように可愛がられていた。よく上から頭を撫でられ、声をかけられた。
 戦闘訓練や青の騎士団との戦闘が毎日の日課である中、眠る前の語らいが唯一の楽しみだった。語らいといっても、その日にあったことを話すだけなのだが、何故か面白くて笑い合っていた。
 時間を忘れて話すが、最後は見回り来る団長の足音で全員が慌てて眠りについた。
 訓練で大怪我を負い、傷がなかなか治らずに高熱にうなされていた時はカルロスが一晩中看病してくれた。

 それは一つの大きな家族だった。

 皆、様々な色の瞳をしていたが同じ色をした瞳を持つ者はいなかった。それぞれが特殊能力を持ち、得意な戦術を持っていた。

 その全てを教えてくれた。

 そして全てをかけて助けてくれた。

 神から地上の建物が攻撃された時、別の場所にいた主の元にたどり着けないと判断した仲間は、私だけでも助けようと避難させた。崩れゆく建物に押しつぶされていく仲間。その中で必死に道を作り、安全な場所まで私を導いてくれた。

 次に目覚めた時、記憶を無くしていた。いや、わざと忘れたのだ。忌まわしい記憶を封じるように全てを消した。

 そして、思い出した。

 カルロスが最期に言った言葉を聞いて。

 神からの攻撃があったときも、カルロスは同じことを言った。

 何故、私にそんなことを言うのか?

 私に何を求めているのか?

 解らない

 わからない

 ワカラナイ

 いくら考えても答えはみつからない

 暗い世界に独り……

 闇に溶けていく…………




「獅苑……獅苑……」

 名前を呼ばれ、獅苑が黒い瞳を開けると、そこに暗闇はなく、青一色の世界だった。

 足下は一面の水。波もなく鏡のように光を反射している。永遠に広がる水面と同じように、透き通った先にあるはずの水底は見えない。風もなく、あるのは静寂だけ。

 獅苑の体は直立のまま水面ギリギリのところで浮かんでいた。

「……これは、海?」

 黒い瞳が水面に写っている少しだけ成長した自分の姿を写す。

「ここは……?」

 自分の名前を呼んだ声の主を探して周囲を見る。だが人影はなく、声も聞こえなかった。

「空耳か」

 獅苑はため息を吐いて再び黒い瞳を閉じる。

「そろそろ起きて下さいな」

 聞き覚えがある声に獅苑がもう一度瞳を開ける。すると目の前にはラファエルが優雅に微笑んだまま水面に立っていた。

「いつの間に……」

「始めからいましたわよ」

 獅苑は周囲を見回した後、ラファエルに訊ねた。

「ここは何処ですか?」

「ここは電脳空間にある私の庭……のような場所ですわ」

「電脳空間?電脳空間に侵入するにはゴーグルが必要なのでは?」

 そう言って獅苑が顔を触るが何も装着していない。ラファエルは秘密を打ち明けるように、こっそりと説明を始めた。

「私の精神はゴーグルがなくても電脳空間に侵入することができるのです。とても珍しいことなのですが、なんと獅苑も同じように電脳空間に侵入できる精神であることが、ルカルサの研究施設にあった資料から判明しましたの。ルカルサが獅苑のことを最高傑作と話していたのは、この精神のためだったようです。この能力を使って神の機能を乗っ取ろうと考えていたようですから。ですが、今回はこの精神のおかげで、あなたを助けることが出来ました。とはいえ、この能力のことは内緒ですよ?」

 念押しするラファエルに対して、獅苑は興味なさそうに淡々と呟いた。

「私の……精神が?それも特殊能力の一つだったのでしょうか……」

 獅苑は自分の手に視線を落とした後、改めて周囲を見回した。その様子にラファエルが呟く。

「海のほうがよかったかしら?」

「え?」

 返事に戸惑う獅苑の姿にラファエルは上げかけていた左手を下げた。

「いえ、話を戻しましょう」

 そう言うとラファエルは獅苑に背を向けて話し始めた。

「獅苑は、これからどうされますか?」

「……」

 黙る獅苑にラファエルが言葉を続ける。

「復讐をしますか?」

「復……讐?」

 考えもしなかった言葉を出してきたラファエルの背中を獅苑は無言で見つめた。この可憐な外見から、どうしてそのような言葉が出てくるのか。

「建物を壊して、仲間の命を奪った神を憎んでいますか?それとも自分を造り、仲間をもてあそんだルカルサを恨んでいますか?」

 いきなり突きつけられた事実を噛みしめながら獅苑は俯いた。

「……わかりません」

「では獅苑は、これからどうしますか?」

「わからりません。私は、どうしたらいいのか……どうすればいいのか……」

 首を横に振って黙った獅苑にラファエルは質問を変えた。

「仲間の遺志はどうなりますか?」

 獅苑が驚いて顔を上げる。

「あなたが今、生きていられるのは仲間のおかげでしょう?」

 ラファエルが振り返り、宝石のような紫水晶の瞳を獅苑に真っ直ぐ向ける。

「神が建物を破壊した時にあなたが死ななかったのは仲間のおかげなのでしょう?」

「どうして、そのことを?」

「その時のことがルカルサの研究施設に記録として残っていました」

「……そうですか」

 黙る獅苑にラファエルが続ける。

「あなたの命は、あなただけのものではありません。あなたを助けた仲間の命も、その中にあると思います。あなたには仲間の遺志を引き継ぐ義務があるのではないのでしょうか?」

 獅苑は何か言おうとしたが言葉にならず、うなだれるように顔を下に向けた。

「私には……わかりません。仲間が私に何を望んでいたのか、どうしろというのか……」

「カルロスは最期になんと言いましたか?」

 記憶に甦る赤い瞳。ランスロットに抱えられたまま自分に言おうとした言葉は声になっていなかったが、はっきりと伝わった。

 最期の力でカルロスが伝えた言葉と重ねるように、獅苑はゆっくりと口を開いた。

『……生きろ』

 噛み締めるように呟いた言葉を吹き消すように、堂々とした言葉が響いた。

「なら、そうしなさい」

「え?」

 戸惑う獅苑にラファエルは花が咲いたような笑顔を見せた。

「わかっているじゃないですか。生き方は、そのうち見つければよろしいですわ」

「ですが……」

「生きながら、いくらでも悩みなさい。時間はいくらでもあるのですから。それに、あなたの帰りを待っているヒトが他にもいますのよ」

 ラファエルが微笑んだまま獅苑の胸を小突く。

「え?」

 軽い力だったのに体がバランスを崩して倒れそうになる。獅苑はどうにか踏ん張ろうとしたが全身が水面へと引っ張られ、背中から水の中に引きずり込まれた。

 いつの間にか閉じていた瞳を開けると、獅苑は何故か水槽の中にいた。驚いている獅苑の耳にウリエルの叫び声が入る。

「うおっ!どういうことだ!?脳波形に変化はなかったぞ!おい!聞こえるか?お前、本当に獅苑か?」

 失礼な質問をしながらウリエルが騒ぐ。

「ラファエルを呼べ!あぁ、これで三日ぶりの仮眠が出来なくなった。あ、ミカエルも呼べ。早く!」

 前触れのない突然の獅苑の目覚めに研究室は騒然となった。

 それから獅苑は検査三昧の毎日を送り、水槽から出られたのは一週間後だった。

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