語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

黒の回想7

 手を伸ばしてくるミカエルに獅苑がうずくまったまま堪えるように叫んだ。

「触れないで下さい!」

 獅苑の全身が小刻みに震えている。血を流していた足の傷が塞がり、そこから筋肉が暴走したように膨れ上がっていく。

「逃げて、下さい……体が……」

 言い終わる前に体を押さえていた両手が大きく開き、大剣へと姿を変えた。そのまま全身が黒く変色していく。

「逃げて下さい!」

 見えない糸に操られているように獅苑の手足が動く。体は止めようとしているのだが、大剣となった手がミカエルに振りかかり、巨大化した足が地面を蹴る。

 ミカエルは攻撃を軽く受け流しながら獅苑の全身を観察した。

 攻撃をしている最中にも獅苑の全身の筋肉が暴走して姿を変えていく。華奢ながらも猫のようにしなやかだった体格の面影はなく、顔も膨れ上がり原型がわからない。もはや筋肉ダルマに太い手足が生えただけの物体となっていた。

「姿は醜いけど力は最強よ!この姿になればキメラなんて子猫同然。これだけの力を持つ騎士団が集まれば神を落とすなんて簡単なことよ!」

「それを、この場にいる全員ができるというわけか」

 ミカエルが水槽から出てきた騎士たちを眺めながら話す。ルサルカは演説をしているかのように自慢げに言った。

「そうよ。でも、これは最終手段。だって、あまりにも醜い姿なんですもの。さあ、私の騎士たち!侵入者を殺しなさい!」

 ルサルカの声に全員が武器をかまえる。

「さて、どうするか」

 ミカエルがどう対処するか考えていると小さな声が聞こえた。

「……頼みがあります」

 その言葉にアイスブルーの瞳が筋肉に埋もれた黒い瞳を見た。

「殺して下さい。意識が……あるうちに……」

 少しずつ攻撃が鋭く正確になっていく。何も言わないミカエルに獅苑は叫んだ。

「お願いします!」

「獅苑!」

 泣くのを堪えているような感極まった声が天井から響く。突然現れた声の主は、三対の翼を羽ばたかせながら巨大化した獅苑の体に抱き着いた。

「無事でよかったですわ」

 黒い瞳が大きくなるが、体は虫を振り払うかのように腕を振っている。

 その光景を眺めながらミカエルが降ってきたヒトに淡々と声をかけた。

「いや、完全に無事とは言えないぞ。それにしても、よくそれが獅苑だとわかったな」

 獅苑の意思とは関係なく剣となった両手が抱き付いてきたヒトを攻撃する。だが、剣が体を突き刺す前に、そのヒトはふわりと獅苑から離れてミカエルの隣に降り立った。

「あら、どこからどう見ても獅苑ですわよ」

 全身の筋肉が盛り上がり巨大化した体、見た目からして硬くどす黒くなった皮膚、そして原型をとどめないほど変形した顔。
 どう見ても獅苑の名残はどこにもないが、それでもラファエルは自信満々に獅苑だと言い切った。

 その確信がどこからきているものなのか分からないが、ミカエルは簡単に現状を説明した。

「獅苑の細胞を遺伝子レベルで暴走させているらしい。自我も薄れかけている」

「あら、それは大変ですわ」

 獅苑からの攻撃を優雅に避けながらラファエルは液体が入った筒を懐から取り出した。その筒を見てルサルカが叫ぶ。

「それを、どこで!?」

「この地下研究所内を探索していたら見つけましたの。ちょっと失礼」

 ラファエルが軽いステップで暴れる獅苑の背中に飛び乗る。

「少し我慢して下さいね」

 獅苑の後頚部にラファエルが筒を突き刺すと、暴れていた獅苑の体が急に止まり、そのまま倒れた。

「遺伝子固定材というものらしいですわ。これで暴走は止まります」

 そう言いながらラファエルは倒れた獅苑の頭をいとおしそうに撫でた。

「乱暴なことをして、ごめんなさいね。もう少ししたら動けるようになりますから、そうしたら一緒に帰りましょう」

「ラファ……博……せ」

「無理に話さなくてもいいですわよ。後でゆっくりお話しをしましょう」

 そう言ってラファエルが微笑む。その表情に獅苑の目から液体がこぼれた。

 その光景を、武器をかまえた騎士たちが無言で見つめる。そこにルカルサのヒステリックな声が走り抜けた。

「なにをしているの!?早く侵入者を殺しなさい!主の命令よ!」

 その言葉に反応して騎士たちが一斉にルカルサの方に向いた。

「な、なによ?どうしたの?」

 思わぬ反応にルカルサが怯む。そこに白い鎧を着たヒトがカルロスを抱えて現れた。
 刈り上げた短い金髪と鋭い琥珀の瞳が怖い印象を与えるが、外見に反してカルロスを大事に運んでいる。

「……ランス、ロット……団長……」

 獅苑の呟きが聞こえたのか琥珀の瞳が黒い瞳を捕らえる。だが、すぐに視線をルカルサに向けて口を開いた。

「主が道を違えた時に諭すのも我が騎士団の役目。だが、それ以前に主が主たる資格を持っていなかったことを見抜けなかったこと。それは我が罪。よって我はただ今をもって団長を辞任する!」

「……な、なにを言っているの?」

 狼狽えるルカルサの前に青の騎士団の中から一人の青年が歩いて出てきた。

 ルカルサが慌ててその青年に声をかける。

「ガウェイン、早く侵入者を殺しなさい!」

「私は今日こんにちまで青の騎士団の団長を務めておりましたが、それも今をもって解任させて頂きます。そして、これから行うことは私個人の行動。もし、私の行うことが許せない者がいれば全力で止めなさい」

 ガウェインの言葉に全員が武器を下げる。

 ラファエルたちが成り行きを見守っていると、青い鎧を着た少年が片膝をついて、そっと声をかけてきた。

「彼を連れて脱出して下さい。ここはもうすぐ崩落します」

 ラファエルが小声で訊ねる。

「あなた方はどうなさるのですか?」

「我々は一度死んだ身。死者は死の世界に還るのみです」

「なら……私も……」

 かすれた声を出す獅苑に青い鎧を着た少年が首を横に振った。

「君は彼らとともに行きなさい」

「いや……私も白騎士団として最期まで……」

「白騎士団……いえ、青も白も関係ない。我々騎士団の意志を消さないためにも、ここは逃げなさい」

「ですが……」

 言いかけて獅苑は鋭い視線に気が付いた。琥珀の瞳がまっすぐ見つめている。そして、どうにか呼吸しているカルロスも真っ赤な瞳で獅苑を見ていた。
 そのままカルロスの口が微かに動く。その口の動きを読み取った獅苑は、全身の力が抜けたように呆然と立ちすくんだ。

 ランスロットは視線をルカルサに戻すと睨みながら力強く断言した。

「貴殿には、その身をもって我々の同胞を傷つけた罪を償ってもらう!そして全てをここで終わらせる!」

 ランスロットの宣言に騎士たちが一斉に抜刀して呼応した。青い鎧を着た少年がミカエルとラファエルに声をかける。

「さあ、早く!」

「わかりました」

 ラファエルが強く頷くと同時にミカエルが獅苑の体を担ぎ上げる。

「我らが同胞をお願いします」

「はい」

 そのままミカエルとラファエルが走り出す。背後からはルカルサの言葉にならない叫び声と、天井が崩れていく音が響いた。




 ミカエルとラファエルが建物の外に出ると背後から爆風と砂が体を叩きつけてきた。思わず振り返る二人の目の前には初めから建物などなかったかのように砂山だけがあった。

「とりあえず、このまま帰るぞ」

「そうですね……って、獅苑!大丈夫ですか!?」

 ラファエルがまったく動かない獅苑の体に触れる。すると硬くなった黒い皮膚がボロボロと崩れ落ちた。
 よく見るとミカエルが通った跡には黒い皮膚が点々と落ちている。

「獅苑!?」

 ラファエルの呼びかけに返事はない。それどころか皮膚だけでなく指先や足先が崩れて始めていた。

「早く戻るぞ」

 ミカエルは獅苑の体がこれ以上崩壊しないように慎重に抱えて走り出した。

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