語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

黒の回想6

 獅苑の後ろにあった水槽が割れ、白い鎧をまとった体が獅苑を飛び越えてキメラに飛び掛かる。右手には水槽の前に立てかけてあった剣を持っていた。

 突然の攻撃にキメラの反応が遅れて一撃が入る。
 カルロスはそのまま一気にキメラを倒そうとしたが、剣は金属音とともに跳ね返された。動物的な見た目とは違い、キメラの皮膚は金属のように硬いらしく、剣が通らない。

 剣が弾かれて攻めきれないカルロスに対して、もう一頭のキメラが鋭い爪で攻撃をする。巨体の割に素早い動きで攻撃を繰り出すキメラに対して、カルロスは防戦だけで精一杯になっていた。

「カルロス!」

 苦戦するカルロスに獅苑が叫ぶ。
 始めは動揺していた女性はすぐに落ち着きを取り戻してキメラに指示を出した。

「バカな子ね。一人でキメラに敵うわけないでしょ。キメラ一頭で騎士団五人分の力があるんだから。死なない程度に痛めつけたら培養液の中に入れておきなさい」

 女性の指示に従うようにキメラが致命傷を外して攻撃をしていく。

 獅苑は静かに剣に変えた右手を構えて戦いに入ろうとしたが、振り返った赤い瞳がそれを制止した。

「……」

 声もなく、口も動かなかったが言葉は伝わった。だが、それは獅苑にとって認めたくないものだった。

 そうするためには、カルロスを……

 躊躇う獅苑の目の前でカルロスの体が傷付いていく。手足を噛まれ、次々と傷を負っていくが、カルロスは逃げることなくキメラに立ち向かっていく。そんな光景を前に獅苑はどうすることもできず立ちすくんでいた。

 そこにカルロスは全身でキメラを押さえつけると、獅苑に向かって叫んだ。

「逃げろ!」

 カルロスが叫ぶと同時に血を吐く。獅苑はカルロスの方へ足を動かしかけたが、赤い瞳に睨まれ、踵を返して走り出した。

「捕まえなさい!」

 女性の命令に一頭のキメラがカルロスの体の下から抜け出して獅苑を追いかけた。




 傷が熱を持ち、焼かれているかのように痛みが走った。全身から血が流れ出たため、目の前がかすみ今にも倒れそうになる。だが、それよりも強い感情に体が引き裂かれそうだった。

 怒り

 憎み

 恨み

 悔しさ

 そして、哀しみ

 全ての感情が混ざりあうが、それでも何かが足りない。
 そして、その全てを虚無が飲み込んでいく。

 足から力が抜け、体が床に叩きつけられる。
 いつの間にか痛みも何も感じなくなっていた。

 頭の中が真っ白になっていく。

 自分の存在とはなんだったのか。
 自分が生きている意義があるのか。

 全てがどうでもよくなり闇に溶けていく。

「獅苑!」

 聞き覚えのある声に黒い瞳を開けると、目の前にオパールグリーンの髪が舞い降りた。

「ラファエル博士と一緒にいた……」

 獅苑が思い出そうとしていると、アイスブルーの瞳が覗き込んできた。

「生きてるか?」

「……はい」

 ミカエルは簡潔に獅苑の生存確認を済ますと、一頭のキメラとともに現れた女性に声をかけた。

「やはり貴様だったか。ルサルカ」

「知り合いですか?」

 獅苑の質問にミカエルが答える。

「五十年前まで神の中で異世界の文明と遺伝子について研究をしていたが、研究内容が問題視され追放となった」

 ルサルカは獅苑を指差しながら胸を張って演説をするように語った。

「久しぶりね、ミカエル。わたしの最高傑作であるディオはどう?これだけの作品は天才と呼ばれるあなたでも造れないでしょう?このことを知れば、神はわたしを追放したことを後悔するでしょうね。まあ、そのころには神はわたしが造った騎士たちによって地上に落ちているでしょうけど。そして、わたしはわたしの理想郷を造るのよ」

「貴様と話している暇はない。行くぞ」

 獅苑を立たせるミカエルにルサルカは笑った。

「あなたがディオを欲しがるのは分かるわ。でも渡すわけにはいかないのよ」

 ルサルカの言葉に答えるようにキメラがうなる。

 だがミカエルはルサルカの脅しにも平然としたまま言った。

「貴様こそ何を言っている?獅苑はモノではない」

 その言葉にルサルカが面白そうに声を出して笑った。

「ミカエル、あなたは一度、精神検査を受けたほうがいいようね。ディオはわたしが異世界から連れてきて改造したモノで、わたしの所有物よ。所有権はわたしにあるわ」

 ルサルカは笑うのを止めてキメラを見た後、視線をミカエルに戻した。

「こいつに喰われたくはないでしょう?対抗する術を持たないあなたが生き残るにはディオを渡すしかないのよ」

 そう言ってルサルカが余裕の笑みを浮かべる。だが、ミカエルはきっぱりと断言した。

「断る」

「なら、死になさい!」

 ルサルカの声とともにキメラが地面を蹴った。
 とっさに獅苑がミカエルの前に出て庇おうとしたが、それをミカエルが左手で止めて後ろに下げた。思ったより強い力に獅苑は逆らえず、ミカエルの後ろに下がる。

 まっすぐ飛び掛ってくるキメラにミカエルはまったく動かなかった。そのままキメラがミカエルの目前まで来たところで、キメラの動きがピタリと止まる。

「どうしたの?」

 ルサルカが声をかけると同時に、キメラの体が真っ二つになって床に転がった。

「どういうこと!?何が起きたの!?」

 予想外のことにルサルカが慌てる。

「この程度の力で神を落とすつもりだったのか?」

 ミカエルが右手に持っている大剣を軽く振った。その姿にルサルカが大声をあげる。

「どこに武器を持っていたの!?それよりも……そんな剣で斬ったというの?鋼鉄に近い強度の皮膚を持つキメラを!」

 ルサルカの驚きを無視してミカエルが平然と獅苑に声をかけた。

「一人で歩けるか?」

「……あ、はい」

 ミカエルの声に呆然としたまま獅苑が返事をする。その様子にルサルカは再び叫んだ。

「ディオは渡さないわ!」

 ルサルカが懐からスイッチを取り出して押す。すると、水槽の中の水が抜かれていった。

「全員を出すつもりか。早くここから……」

 ミカエルが獅苑に視線を向けると、獅苑は両手で体を抱きしめるように小さくうずくまっていた。

「どうした?」

 手を伸ばしたミカエルに対して獅苑が何かを堪えるように叫んだ。

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