語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

黒の回想5

 体中から流れ出る血は赤く、錆びた鉄の臭いがする。血も髪や瞳と同じように黒いのでは、と獅苑は考えていたので、このことは少し意外だった。

 獅苑は両側を水槽に囲まれた暗闇の中をひたすら走った。水槽の中から様々な色の瞳に見つめられたが気にすることなく足を動かした。

「……おかしい」

 能力の一つである超回復で傷はすぐに治癒するはずなのだが、傷からは止まることなく血が流れている。

「攻撃をされた時に回復を阻害するウイルスにでも感染させられたか?」

 時間さえ稼げば超回復で傷が治るため、持久戦に持ち込み相手の体力を削りながら勝機を狙おうと考えていた。しかし、それができなくなったため獅苑は頭を切り替えた。

「地形と現状の把握が必要だな」

 そこで獅苑は足を止めて周囲を見渡した。等間隔で並ぶ水槽とその前に立てかけてある武器以外は何もない。

「この武器を使って遠距離から攻撃するか。あと他の武器で罠を作って……」

 獅苑が目の前の水槽に立てかけてあった弓を手に取ろうとして突き刺すような殺気を感じた。

「誰だ!?」

 獅苑が飛び退いて殺気の元に視線を向ける。すると水槽の中で青い鎧をまとった青年が視線だけで獅苑を睨んでいた。

「青い……鎧?どこかで、見たことが……?」

 獅苑が頭を押さえながら周囲を見ると、広い部屋の両側の壁に紋章が描かれた旗が飾られていた。左側には盾の中に剣とライオンが描かれた紋章が、右側には盾の中に剣と鷲が描かれた紋章がある。

「見た……ことがある。どこかで……どこで見たんだ?」

 獅苑は手がかりを探すように見回した。そこで水槽に入っている少年や青年が着ている鎧の色が左右で違うことに気が付いた。
 左側は青い鎧を身に付けており、右側は白い鎧を身に付けている。ただ違うのは色だけで形や素材は同じものである。

「どういうことだ?これは、誰なんだ?」

 獅苑が混乱していると女性の声が響いた。

「ディオ、これが最後の忠告よ。私に忠誠を誓いなさい」

 女性が両側に大きな牙と爪、そして翼を持つライオンのような外見をしたキメラをひきつれて近づいてくる。
 女性の接近に気が付いていなかった獅苑は、無意識に傷ついた足を引きずりながら後ずさりをした。

 トン。

 背中に水槽があたり、視線を少しだけそちらに向ける。そこには白い鎧に身を包んだ茶髪の少年が瞳を閉じて浮かんでいた。

 水槽の中を見つめる獅苑に女性が悠々と説明を始める。

「覚えていない?そこにいるのは皆、おまえの同胞よ。神から攻撃をされた時に死んでしまったけど、私の力で再び甦るの。もちろん、死ぬ前の記憶はあるわ。おまえのことも覚えているわよ」

 女性の声が聞こえたのか少年の瞳が薄っすらと開く。血のように赤い瞳と視線が合った瞬間、少年の口元が少し緩んだ。

「……カル……ロス?」

 少しだけ年上だったせいか獅苑に対して、いつも兄貴風をふかせていた。だが実際は行動が獅苑より幼く、周囲からバカにされながらも温かい目で見守られていたお茶目キャラでもあった。

 そんなカルロスは、よく自分の夢を語っていた。

『ディオ、海って知ってるか?しょっぱい水たまりが地平線の先まであるんだとよ。どんんだけ、しょっぱいんだろうな?いつか一緒に見に行こうぜ。で、どっちがたくさん飲めるか飲み比べしよう!』

 このようなことを言っては、みんなを笑わせていた。

「そうだ……カルロスだ」

 記憶の欠片を拾っている獅苑を女性の声が遮った。

「あら、覚えているじゃない」

 現実に引き戻された獅苑は初めて女性を睨んだ。

「前の戦いで死んだとは、どういうことですか?こうして生きているように見えますが?」

「魂が肉体を離れる前に固定して修復したのよ。彼らはわたしが異世界で選りすぐり、この世界に連れてきて遺伝子改造をした傑作たちですもの。そう簡単には手放さないわよ」

「異世界から連れて来た?遺伝子改造?それは彼らの同意の上ですか?」

 その言葉に女性はくだらないと言うように笑った。

「何故そんなことを気にしないといけないの?わたしに選ばれたってだけで名誉なことなのよ。その上、強くなるために改造をして特殊能力まで使えるようにしてあげたわ。彼らが、わたしのために生きて戦うのは当然のことよ。これまでも、わたしのために戦っていたじゃない。ディオ、あなたのあるじは誰かしら?」

 微笑む女性を見て獅苑は水をかぶったように頭が冷えた。様々な記憶が頭を駆け巡っているが、感情は冷静で全てが透き通って見える。

 獅苑は淡々と答えた。

「そうですね。私たち白騎士団の使命はあるじを守り、主に害をなすものを排除すること。その中でも青の騎士団は必ず滅ぼさなければならない敵であり、私たち白騎士団は昼夜を問わずに戦っていました」

 獅苑は一度言葉を区切るとライオンが描かれた紋章を指さして叫んだ。

「その青の騎士団が何故ここにいるのですか!?」

 怒り顔の獅苑に対して女性が涼しい顔で平然と答える。

「彼らも私が造ったからよ」

 衝撃の言葉に獅苑の思考が止まる。

「な……ぜ……?」

「この世界で一番美しいモノって何か知ってる?」

 突然の質問に混乱している獅苑は何も言えなかった。そんな獅苑の態度を気にする様子なく女性が言葉を続けていく。

「騎士道精神。なにがあっても主を守り抜く姿。それは外見だけでなく、精神も磨かれた究極の美。その美をわたしは手に入れたのよ」

「まさ……か、自分のために戦う騎士の姿を見たいがために異世界から連れてきて改造をした、と……?」

 獅苑の指摘に女性が恍惚の表情を浮かべる。

「そうよ。青の騎士団も白騎士団も素晴らしい私の傑作品よ。わたしのためだけに戦い、傷つく。それでも不屈の精神で何度も立ち上がる。なんて美しい姿!それが、次はわたしのために敵対していた騎士団が手を組み、神を落とすために共に戦う!そう!わたしのために!それこそ最高の美よ!」

 自己陶酔していた女性は呆然をしている獅苑に視線を向けて声をかけた。

「おまえはその中でも最高傑作という貴重な存在なのよ、ディオ。さあ、わたしのもとに帰ってきなさい」

 その声に獅苑が我に返る。黙って女性を見ていると頭の中で張りがある声が響いた。

『我々にとって死は恐れるものではない。主の命に従い、主を守る。その中で死んでいくことは名誉あることであり、誇りである。我々が恐れることは、ただ一つ。我々の崇高なる意志を踏みにじられながら生かされること。もし、そのようなことがあれば自ら死を選べ!我々の意志を汚すことは何人たりともできぬ!』

 金髪を短く刈り上げた美丈夫が白い鎧をまとい、紋章が描かれた旗を背に宣言していた。
 その演説に全員が呼応し、全力で戦った。時には森の中で、時には草原で馬にまたがって。ひたすら主のために。主に平穏を届けるために。

 獅苑は俯くと小さな声で呟いた。

「……違います……」

「ん?よく聞こえないわよ、ディオ」

 その言葉に獅苑は顔を上げた。黒いはずの左眼の中が金色に輝いている。

「違う!私達の命をもてあそぶ貴様など、主ではない!」

 獅苑の叫び声に、後ろにあった水槽が割れた。

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