語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

黒の回想2

 清水のような水色の髪の少女が情報端末を操作しながら、隣に座る黒髪の少年に声をかける。

「……で、こうすると自分がいる場所を地図で確認することが出来ます」

 少女が可愛らしく微笑む。白い肌の頬に薄っすらと赤みがあり、鼓動と温かみを感じる。

「わかりましたか?」

 少女の問いに少年は無表情のまま無言で頷いた。ラファエルが連れてきてから少年が感情を表したことはない。

 だが少女は気にする様子なく説明を続ける。

「居住区は先ほど案内した場所と、この地図に載っている青い区域内になります。それ以外は特別区、立ち入り禁止区になりますので入らないように気を付けて下さいね」

「特別区と立ち入り禁止区には何があるのですか?」

「特別区には研究施設が多いですね。研究施設の関係者しか入れないようになっています。あとは食料生産や資源生産などの工場もありますが、そちらは生産ロボットが管理していますのでヒトが入ることはありません。立ち入り禁止区は何があるのか不明です。調べることさえ禁止されています」

「そうですか。位置からして神に関する施設、ここを維持する施設があると推測され……」

 淡々と持論を展開していた少年の口を細い人差し指が塞ぐ。

「ここでは思っていても声に出さないほうが良いこともありますよ?」

 少女がにこりと微笑むと、少年は口を閉じて頷いた。その姿を見て少女が情報端末を操作すると、二人の間に銀色に輝く球体が現れた。

「ほとんどのヒトは神の中で生活しています。ここで衣食住に困ることは、まずありません」

「ほとんど、ということは、ここ以外で生活しているヒトがいるということですか?」

「はい。地上で生活しているヒトもいます。ただ地上で生活をする場合は衣食住や生きていくことに必要なことは全て自分でしなくてはいけません」

 銀色に輝く球体の下に緑にあふれた地上のホログラムが現れる。自然そのままの風景で人工物は一切ない。

「そのヒトたちは何故、地上で生活をしているのですか?」

「研究のため、趣味のため、あとは追放された方もいます」

「追放?」

「神への反逆を企てた時点でここを追放となり、ここには二度と戻れません」

「それだけですか?死刑にはならないのですか?」

「死刑!?」

 少女は思わず出た自身の声の大きさに驚き両手で口を押えた。そして顔を赤くしながら周囲を見た後、小声で少年に言った。

「それは異世界での制度ですよね?そのような制度はこの世界にはありません」

「異世界?」

「こことは異なる世界のことです。異世界の存在と移動方法が最近、偶然発見されまして研究が始まったばかりなのです。あなたがいた場所にあった本は全て異世界のものであったと聞いております」

「では、私があそこで読んだ本の知識は全て異世界のものということですか?」

「そうなりますね」

「と、いうことは私が当然だと思っていることが、ここでは非常識という可能性があるということですか?」

「その可能性はあります」

 少年は少し考えて情報端末を見た。

「この世界について学びたいのですが、どのようにすればできますか?」

 貪欲に知識を得ようとする少年に少女はどこか嬉しそうに微笑みながら頷いた。

「はい。では、知りたいこと、学びたいことをここに入力するか、もしくは訊ねて下さい。そうしましたら次に一覧が出ますので、そこから選択をして調べるか、他の言葉を入力して調べたいことを絞り込んで下さい」

「はい」

「わからないことがありましたら聞いて下さいね」

「はい」

 少年が情報端末を操作する。その手つきは初めて操作するとは思えないほど滑らかで手慣れていた。

 そんな少年を少女が笑顔で見守る。

 様々な色の髪と瞳を持つヒトがいるこの世界の中で、唯一存在しない色である漆黒の髪と瞳。
 ラファエル達は少年がどうやって生まれ、どこから来たのか調べているが、そんなことは少女には関係なかった。

 勉強熱心で素直にわからないことを聞いてくる。無表情で無愛想だが、とても純粋。
 かわいい弟が出来たようで、少女は純粋に喜んでいた。事情を知らないヒトが時折、少年に奇異の視線を向けてくるが少女は気にしない。

 自身の知的好奇心を満たすために情報端末を操作している少年を少女は飽きることなく見つめた。

 しばらくして少年が何かに気が付いたように手を止めて少女に視線を向ける。

「何かわからないことがありましたか?」

「いえ、操作に面倒なところがありましたので少し変更して使っていたのですが、勝手に変えてはいけなかったのでは、と思いまして……」

「え?確認させていただいてよろしいですか?」

 少年が気まずそうに情報端末を少女に渡した。情報端末を操作している少女の瞳がどんどん大きくなっていく。

「あの……本当にこれを操作するのは初めてですか?どこかでプログラムの本を読んだりしませんでしたか?」

「プログラム?」

 初めて聞く単語に少年が首を傾げる。

「あなたが変更したものをプログラムと言うのですが……その様子ですと本当に知らないようですね」

「あの……」

 心配そうな少年に少女が微笑む。

「大丈夫ですよ。使いやすくなって助かりました。ありがとうございます」

 少女に礼を言われて少年が恥ずかしそうに顔を背ける。

「少し休憩しましょうか?」

 少年がそのまま無言で頷く。少女はふんわりと微笑んだまま少年に声をかけた。

「獅苑という名前はラファエル博士がつけられたそうですが、とても綺麗な響きの名前ですよね。私のウォーターという名前もラファエル博士がつけて下さったのですよ」

 その言葉に獅苑の口が少し動いたが声が発せられることはなく、再び閉じられた。その様子にウォーターが少し首を傾げる。

「どうされました?」

「いえ……」

 俯く獅苑に、ウォーターが顔を逸らして今にも泣き出しそうな声で言った。

「ごめんなさい。私が気に障ることを言ってしまったのですね」

 ゆるいウェーブのかかった髪に顔が隠れる。獅苑は無表情のまま少し早口で否定した。

「そうではありません。ただ……」

「ただ?」

 水色の髪から表れたアクアブルーの瞳がまっすぐに獅苑を見つめる。その瞳に涙はなく、好奇心が溢れていた。

 そこで獅苑はあの声が演技であったことに気がついた。

「ただ、どうされたのですか?」

 穏やかに迫ってくるウォーターをかわすことができず、獅苑は観念して口を開いた。

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