語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

連行

 二人の間に入ったオーブが蘭雪の体を担ぎ上げて、茶髪の美しいヒトに視線を向ける。

「アーク、治療カプセルを出してくれ」

「はい」

 オーブが結界から出ると床から治療カプセルが現れた。

「今度は治療が終わるまで出てくるなよ」

 その言葉に返事はない。床に沈んでいく治療カプセルを見送ったオーブは軽くため息を吐くと朱羅を見た。

「任せるぞ」

「そっちは任せていいのか?」

「獅苑はおつかいに行かせたからな。しばらく時間はある」

「修理途中なのに、おつかいに行かせるとはヒト使いが荒いな」

「自分の身体ボディに使う資材は自分で調達してくるべきだろ」

「相変わらず、そういうところは厳しいな」

「自分の身体を大事にしないのが悪いんだよ」

「そうか」

 朱羅は軽く頷くと結界を抜けて紫依の前に歩いてきた。

 呆然としていた紫依が朱羅に気付いて顔を上げる。朱羅は紫依の正面に来ると片膝をついた。

「蘭雪のことは心配するな。いろいろなことがあって混乱しているだろうが、今はゆっくり休め」

「いえ、ですが……」

「休むことも重要だ」

 そう言うと朱羅は紫依の頭を軽く撫でて立ち上がった。自然と頭に触れられたことに呆然としながら紫依が朱羅を見つめる。

 だが朱羅は気にする様子なくオーブに声をかけた。

「オーブ、あとは頼む」

「頼まれた」

 朱羅が早足で部屋から出て行く。代わりにオーブが紫依の前に来て屈んだ。

「で、これからどうする?」

「これから……」

 紫依が再び俯く。

「いつまでも閉じこもっているのか?それとも、少しでも前に進むか?」

「前……に……」

 そう呟くと紫依は首を左右に振った。

「できない?」

「……また誰かを傷つけるかもしれません」

「要するに自分の力が怖いんだな」

 オーブは少し考えると軽く頷いた。

「紫依、ちょっと顔を上げろ」

「はい」

 紫依が言われるがまま顔を上げる。紫依の素直な反応にオーブは軽く笑いながら、右手に持っていた新しい銀色の首輪を紫依が付けていたものと素早く取り換えた。

「よし。じゃあ行くぞ」

「え?」

「アーク、あの場所に飛ばしてくれ」

 オーブの指示に茶髪の美しいヒトが確認をする。

「これからですか?よろしいのですか?」

「あぁ。今の紫依には、あそこが必要だ」

「わかりました。転送します」

 天井から降り注いできた橙色の光の輪がオーブと紫依を包む。

 周囲の景色が歪んだと思うと、冷たい空気が全身を斬り裂いた。

「ここは?」

 葉の代わりに雪を積もらせた木々と岩に囲まれ、目の前には湯気が出ている池がある。それは隠れ里にもあった温泉と同じものであった。

「ここはオレが生まれ変わる前に見つけていた秘密の場所なんだ。日本人はリラックスしたい時は温泉に浸かるんだろ?命の洗濯だっけ?」

「それは使いどころを間違えて……いえ、それより……」

 紫依の言葉を無視してオーブが説明を続ける。

「熱かったら、そこら辺の雪を入れて温度を調節してくれ。タオルはここに置いておく」

 オーブはそう言うと、どこに持っていたのかバスタオルの山を岩の上に置いた。

「今はお風呂に入っているような場合では……」

 否定する紫依にオーブが顔を近づける。

「いま、必要なんだよ。一回、頭を空っぽにして、ボーとする時間も必要だぞ。でないと、これからのことも考えられないだろ?」

「ですが……」

「ここなら誰も来ないし、ゆっくり出来るぞ。一時間後に迎えに来るから」

「ちょっと、私の話を……」

「じゃあ、一時間後な。しっかり頭を空っぽにするんだぞ」

 オーブが右手に付けているバンドを操作すると目前に橙色の光が現れた。このまま置いていかれると判断した紫依は慌てて近づこうとしたが、それより早くオーブが橙色の光の中に飛び込む。

「オーブ!」

 紫依の叫びを残してオーブは姿を消した。

「どうしましょう……」

 周囲を見回しても雪と木と岩以外は何もない。下手に動くと遭難する可能性が高いので、この場からは動けない。かと言って、氷点下の世界で寒さを防げるものは見当たらない。眼前の湯が沸き出ている温泉の中以外は。

 紫依は温泉に手を付けた後、覚悟を決めたように頷いた。

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