語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

予定外の交戦

 粉雪のように輝く白髪を風に揺らしながらアイスブルーの瞳は自分にむかってくる人物を眺めていた。

「武器も持たずにむかってくるとは」

 ルシファーは背中に大きな白い翼を羽ばたかせながら、呆れたように言った。右手にはしっかりと大剣を握っている。一方の紫依は手ぶらのままルシファーにむかって突進していた。

「何を考えているのでしょうねぇ」

 余裕の表情でルシファーが眺めていると、紫依の上昇速度が直前で増した。

「なっ!?」

 思わぬ事態にルシファーが慌てて大剣を構える。次の瞬間、大剣に鈍い衝撃が走り弾き飛ばされそうになった。

「なかなか面白いことを考えますね」

 ルシファーが顔を上げると、大鎌を持った紫依が急旋回をして突撃してきた。

「武器の具現化が出来ないと油断させて攻撃するとは。まあ、そんなことをしても意味はなかったようですけど」

 そう言いながら微笑むルシファーに紫依が無言で大鎌を振り下ろす。

ラファエルの残骸プログラムでは相手にもならないと前にも言ったでしょう?」

 ルシファーが大剣で大鎌を薙ぎ払い、紫依の体と大鎌が弾かれる。だが紫依は弾かれた勢いを利用して空中で一回転すると、そのままルシファーに大鎌をぶつけた。

「無駄なことを」

 軽く笑いながらルシファーが大鎌を受け流す。それでも紫依は手を止めることなく次々と攻撃をしかけた。それは、まるで輪舞を踊っているかのように優雅で、戦闘をしていることを忘れてしまうほどの美しい光景でもある。

 そんな芸術的な光景でも戦闘は戦闘であり、力のぶつかり合いはすざましい。大鎌と大剣から発せられる衝撃波が周囲に浮かんでいた黒い捕獲機を破壊していく。それは花火のように次々と爆発していった。




 衝撃波によって黒い物体が次々と爆発していく中、朱羅は二人に気づかれないように、そっと近づいていた。

 朱羅が手首に装着しているバンドを耳に当てて話しかける。

「あと、どれぐらいで来れそうだ?」

『待たせたな。すぐに行けるぞ』

「わかった」

 朱羅は大剣を握りしめると、二人の間に入るために慎重に間合いを取った。そして二人の動きを鋭く観察した。
 下手なタイミングで入れば自分だけでなく紫依も負傷してしまう。紫依を止めて、この場を離脱するにはタイミングが重要になる。

 朱羅が気配を殺して少しずつ距離をつめていくが、そのことに気が付いていない二人はお互いの動きだけに集中していた。

 疲労が出てきたのか紫依の動きが徐々に鈍くなってきている。そのことにルシファーが口角を上げて微笑む。

「力が弱くなっていますよ、ほら」

 ルシファーが大きく大剣を振り上げる。その攻撃を大鎌で受けた紫依が体ごと弾き飛ばされた。そのままルシファーが追って攻撃をしようとしたところで、朱羅が二人の間に入り大剣でルシファーを斬りつける。

 だが、ルシファーはあっさりとその攻撃を避けて言った。

「おや、あなたもいたのですか。ずいぶんと遅い登場ですね」

「黙れ」

 朱羅が立て続けに攻撃をしてルシファーを紫依から遠ざける。一方、弾き飛ばされた紫依が空中で体勢を立て直して顔を上げると、目の前には翼と両手を広げたオーブがいた。

「紫依、止まれ!ここは一旦、逃げるぞ」

 オーブの静止を無視して紫依がルシファーに突進しようとする。

「紫依!聞こえてないのか!?」

 思わず紫依の腕を掴んだオーブは紫依の瞳の色を見て絶句した。

「……ラファエルなのか?」

 紫水晶に輝く瞳の紫依はオーブが見えていないようにルシファーを攻撃しようと構える。その動きにオーブが大鎌の柄を掴んで紫依を抑えた。

「やめろ!ここは一度退くんだ!」

 オーブの切羽詰まった声に、ルシファーと激しく大剣の打ち合いをしている朱羅が指示を出した。

「説得できないなら気絶させろ!」

「簡単に言うなよ!」

 二人の怒鳴り声を聞いてルシファーが楽しそうに笑う。

「おや、仲間割れですか?」

「貴様には関係ない!」

 朱羅が一層激しく攻撃をするが、ルシファーは飄々ひょうひょうと避けていく。

 オーブは戦い合う二人の様子を横目で見ながら紫依をどうするか思案していた。少しでも隙を見せればルシファーに斬りかかる勢いだ。

「本気でいくしかないのか」

 覚悟を決めたオーブが紫依を突き放し、左手に黄金の弓を出して紫依と間合いをとった。

 ゆっくりと矢を引くオーブに紫依が大鎌を構える。次の瞬間、一瞬で放たれた矢が無数に分裂して四方から紫依を襲った。だが、紫依は大鎌を軽く振っただけで全ての矢を叩き落とした。

「まだ、まだ!」

 オーブが次々と矢を放つが、紫依にかすり傷一つ与えることもできない。

「くそっ!」

 次の矢を出して弓を引こうとした瞬間、紫依がオーブの頭上を飛び越えてルシファーへと向かって行った。

「しまった!」

 慌てて追いかけようとしたオーブの顔の横を黒い鞭がすり抜ける。そして大鎌を握りしめている紫依の右腕に絡みついた。

 オーブが振り返ると、そこには二対の翼を広げた蘭雪がいた。

「まったく、私の手まで煩わせないでよ」

 そう言った右手には黒い鞭が握られている。

「よし!そのまま捕まえといてくれよ!」

 オーブが急いで紫依に近づく。しかし紫依は無表情のまま大鎌を左手に持ちかえて振り上げていた。

 その行動にオーブが叫ぶ。

「やめろ!その力で武器を攻撃するな!」

 オーブの声で蘭雪は鞭を下げようとしたが間に合わず、大鎌は鞭を斬り裂いた。鞭が砂鉄のように崩れ落ち、蘭雪の体も脱力して落下していく。

「蘭雪!」

 オーブが急降下して蘭雪の体を受け止める。

「大丈夫か!?生きているか!?」

「……っだ、大丈夫よ。それより、紫依を」

 その言葉にオーブが紫依に視線を向ける。すると紫水晶になっていた紫依の瞳の中に深紅の色が浮かんでいた。

「私は……なに……を……?」

 いつもの無表情が崩れ、右手で頭を押さえた。左手に持っていた大鎌が半透明になり消えかかる。

「紫依!ここは一旦、退くぞ!こっちに来るんだ!」

 オーブの声に紫依の瞳が紫水晶に戻る。そして体を反転させると、色が戻った大鎌を握りしめてルシファーがいる方向に飛んで行った。

「紫依!」

 名前を呼ぶオーブの服を蘭雪が引っ張る。

「追いかけて」

「は?それより蘭雪は治療カプセルに……」

 言いかけてオーブは体を硬直させた。

「紫依の体を使って何をしたいのかは知らないけど……紫依にあんな顔をさせるなんて、許せない」

 力を具現化した武器を砕かれたことで自身の生命を削られている状況なのだが、蘭雪からはどす黒い何かが放出されていた。

「早く、追いかけ……て」

 声もかすれ生体機能が停止しかけているのに、得体の知れない力が蘭雪から溢れてきている。

「わ、わかった」

 蘭雪の言葉に脅さ……押されてオーブが舞い上がる。だが先に上昇していた紫依には追いつけそうにない。

「くそっ!あと少しなのに!」

 オーブが視線を蘭雪に向けると黒い瞳が霞んでいた。

「やっぱり治療カプセルにっ……」

「うる、さい……もう、少し近づい……て」

 蘭雪が左手で右腕を支えながら右手を伸ばす。

「ここで、わたしが……紫依を、とめないと……紫依は……ずっと、引きずられ、る」

 声を出すどころか息をするのも難しくなってきたが、蘭雪はまっすぐ紫依の背中を見つめた。

「紫依を……とめる力を!」

 蘭雪の右手に黒い霧が集まってくる。

「いけ!」

 霧は蘭雪の手に吸収され、黒い手袋となった。黒い指先から無数の糸が伸びて紫依の関節に巻き付き動きを止める。

「なんだ!?」

 驚くオーブの顎に両手が塞がっている蘭雪が頭突きをする。

「はや……く、紫依を」

「あ、あぁ」

 オーブが紫依を捕まえようとしたところで大きな黒鷲が飛び込んできた。

「あいつは!?」

 黒鷲が飛び去ったあとに紫依の姿はなくなっていた。

「朱羅!」

 オーブも声を残して黒鷲に飲み込まれる。その様子を横目で確認していた朱羅は大剣での打ち合いを止めて、素早くルシファーと距離を取った。そこに黒鷲が飛びかかり朱羅の姿が消える。そして、黒鷲は前方に現れた橙色の光の輪に飛び込んで姿を消した。

「あいかわらず逃げ足だけは鮮やかですね。まあ、今日はこれぐらいにしておきましょう」

 そう言うとルシファーは遥か上空で輝く神の元へと翼を動かした。


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